3.5.10
オレは、ガスコスの治療をしている床屋を訪ねた。
血染めのサインポールは、今日も、入り口に突き刺さっている。
床屋の裏口へと回り、ドアをノックする。
「おう、開いてるぞー」
中から、シラス声。
「おまえ達はここで待ってろ」
モトとヤマに告げる。
オレはドアを開けて、床屋の厨房に入る。
いままで血塗れで寝かされていたテーブルに、ガスコスの姿がない。
「ガスコスは?」
「ベッドに移した。峠はもう超えた。ガスコスは助かるぞ」
「そうか。ありがとうシラス。会えるか?」
「おう。こっちだ」
シラスは、以前に支払いの話をした寝室に、オレを案内した。
「よう、ソウジ。なんだ、シケたつらしてんなぁ」
ガスコスだ。
髭に覆われていて、目と鼻くらいしか見えないが、顔色はまだ青白い。
「気分はどうだ」
「最悪だ。死んだオヤジが、今も隣で寝てるよ」
ガスコスの青白い顔は、栄養の不足というよりも、この数日間の疲労のように見えた。
「辛かったら、ひと思いに殺してやるが」
ハッハッハと、ガスコスには似合わない、薄ら笑いを見せた。
「殺せねぇくせになにいってんだ」
オレが殺せなかった盗賊に、ガスコスは後ろから斬りつけられて、生死の境を彷徨った。
動物なら殺せる。
だが、オレはまだ、ニフィル・ロードで人を殺せていない。
殺せるのか?
オレに?
「次は努力するよ」
「そうか、まだしばらくお守が必要みてぇだな」
殺さなければ死ぬ。
オレじゃなくても、誰かがこうなる。
それはわかっている。
「ガスコス」
「なんだ」
「すまなかったな」
「気持ちわりぃから、あっちいってろ」
他に、話すこともない。
「また来るよ」
「待て、ソウジ。頼みがある」
「なんだ?」
「川原に置いたままの鍋だ。
明日でも明後日でもいいんだが、回収してきてくれねぇか?あれ、持って帰らねぇと、かあちゃんにどやされちまう」
そういえば、葦の茂みに隠したままだ。
あの小汚い鉄の鍋が、そんなに大事なのか。
「なら近いうちに、取りにいこう」
「たのんだぜ。盗賊から奪ったベストとか鉈もな。貴重な収入源だ」
「わかったよ」
盗賊気質の抜けないガスコスの部屋を出た。
シラスが厨房で、湯を沸かしながら何かをしている。
「アロハは?」
「来てない。ガスコスも落ち着いたしな。今日は休みだ」
「水は必要か?」
「おお、汲んできてくれるか?」
オレは、外で待っていたモトとヤマを、シラスに会わせた。
シラスは初顔合わせだったが、少年達はシラスを知っていた。
元兵士で床屋のシラスは、子供の憧れらしい。
ふたりに桶を持たせ、修行だと言って、川まで水を汲みにいかせた。
「治療代は、いつ払えばいい?」
「物騒な金貨じゃなければ、いつでもいいが」
「近いうちに、スピカという街へ行くかもしれない。そこで、両替してこよう」
「スピカか。結構遠いぞ。独りで行くのはやめとけ。だれか同行者を探せ」
「同行してくれそうなヤツに、心当たりはないか」
「どうだろうなぁ。村の連中は、食い扶持の仕事で手一杯だろうしな」
クラゲでも誘ってみるか。
などと考えていたら、モトとヤマが息を荒げて戻ってきた。
水が注がれた桶を両手に持っている。
「わたしびと様! 水を運んできました!」
そのふたりを見て、思ったことをそのままシラスに言った。
「今日は、雑用係は必要か?」
「タダ働きなら、いつだって歓迎だ」
「おまえ達。今日の修行の場所はここだ。シラスの言うことを聞いて、シラスを手伝え。夕方になったら、真っ直ぐ家に帰れ」
シラスが顔を逸らして笑っている。
「え、シラスさんとですか! はい! お願いします!」
「ああ、それと……
奥で寝てる男は元盗賊だ。あいつからも、戦い方を教わっとけ」
「わかりました!」
オレは床屋を出た。
面倒ごとが幾つか片付いたが、また増えたな。
ガスコスの鍋の回収。
まぁ、近日でいいだろう。
空を見上げると、だいぶ陽が傾いている。
あと少しで夕方だろう。
酒場に行こう。




