6.6.26 - ロスフィーヌ
アンティークチェアに腰を下ろす。
左にルシア。向かいにロズ。
ルシアはかなり酔っているように見えるけど、ロズは普通だ。
ルシアがフランス語で言った。
「ミキも来たことだし、そろそろ白状しなさいよロズ」
「なにをですか?」
「アルベールとの関係よ。あの偏屈おやじの恋人なの?」
「ッフフ、ちがいますわね。残念ながら」
「ホントぉ? 私にウソはつけないのよ。なにか隠してるのはわかってるのよ?」
わたしもそれは、ちょっと気になる。
「ロズとアルベールは、幼馴染って言ってたよね?」
「ええ。わたくしも、アルベールも同じフランス南部の出身なんです。子供の頃はよく遊んでました」
「え……すごっ、でもそれ、ここで話してもいいの?」
「あら……ミキさんは、話せないアルベールの過去を知ってらっしゃるのかしら?」
「あー、えーっと……」
ルシアが、テーブルに突っ伏した。
「いいわよミキ。知ってること全部喋っちゃいなさい。私はここで寝たフリするから、なにも聞いてないし、アルベールに命を狙われたりもしないわ」
ロズが言葉を英語に切り替えた。
「ミキさんは、英語もわかるのかしら?」
「うん」
そこからは英語で会話を続けた。
「彼は偽ることが仕事だからね。彼の過去を知ってる人物は、彼にとってみんな目の上のタンコブ。もしかしたら彼に殺された幼馴染も、いるかもしれないわね」
言ってることは穏やかじゃないが、ロズの口調が、急にフレンドリーになった。
わたしも、こっちのほうが話しやすい。
「……ロズは大丈夫なの?」
「わたくしは彼を知り過ぎているんで、簡単には殺せないのよ。わたしが変な死に方したら、彼も破滅するようにしてるからね。だからね、わたくしが死ぬときは彼も道連れよ。ウッフフフ」
「こわっ……」
「デッドマン・スイッチってやつね。ああ、私は寝言」
「でも、もちろんそんなことはしないわよ。わたくしはただ、彼の傍で彼を支えたいだけ」
「すっごい……純愛だ」
「でもねぇ、ぜんぜん相手にしてくれないのよ。しかも現実世界では、彼が世界のどこにいるのかもわからないわ。今回もようやく信頼のエレメントにいるらしいって情報を聞いて、やっとみつけたのよ」
「うん……? じゃあロズは、アルベールに連れてこられたんじゃなくて、自分からここに来たの?」
「そ。本人はイヤそうだったけどね。雑に扱う訳にもいかないから、仕方なくこのレストランの給仕長のポストに入れてくれたみたいね」
ロズは、笑いながら言葉を続けた。
「ヘタにうろうろされるより、目の届く場所に置いたほうが、彼も安心でしょ」
「そういんもんなの……?」
「そういうもんよ。ああでもね、カジノで働いてたのは、ホントだか安心してね。死にかけの貧乏人からキチガイの成金まで、お客さんの扱いには慣れてるわ」
「カジノかぁ……ロズさんて、美人だよねぇ。映画とか出てた?」
「声は掛けられたけど、そんなことしたら、アルベールに本気で嫌われちゃうから、そういう仕事はしないわ」
「ふーん……」
「それに、わたくしもけっこう複雑なのよ?」
「複雑?」
「わたくしと、アルベール。互いに本名を知ってるのは、世界でわたくしとアルベールだけなのよ。あとはみんな死んじゃったわ」
「え……」
ウォルターのこと……?
若干、身の危険を感じた。
ルシアには聞こえないように、ロズの耳元でささやく。
(それって、ウォルター?)
ロズが顔を離して、驚いた顔を向けた。
なんだか、アルベールのときと、反応が似てる。
「すごいわねミキ。アルベールが気にかける理由がちょっとわかったわ」
「本名?」
「残念ながらそれも違うわ。それはアメリカ国籍の名前ね」
「そっか。よかった……知ってたら、みきもキルリストに乗るところだった」
「ッフフ。大丈夫よ。そんなこと、もうわたくしもさせないから。アルベールの過去を知る秘密ギルド結成ね」
「ちょっとまってよ、ふたりだけの秘密なんてズルいわ。私にも教えてよ」
「えー、知ったら殺されちゃうよ、アルベールに」
「大丈夫よ。私たちの西暦なら、さすがのアルベールも、殺しにくることはできないわ」
「そうかなぁ……でも、みんな死んじゃったんでしょ。どうして? まさかアルベールが?」
「フフッ、ちがわよ。ちょっと嫌な過去があるだけ」
「ふーん……」
あんまり、触れないほうがよさそう。
突っ伏してたルシアが、顔を上げた。
「ねぇ、ところでロズ。ロスフィンも偽名なの?」
「そうですよ。本名は絶対に教えませんけどね」
「たしかに、珍しい名前よね」
「アメリカならロスフィン。フランスならロスフィーヌ。オランダならロスィネ。どれでも好きに呼んでくれていいけど、ロズでいいからね」
「珍しさで言ったら、ルシア(RLTHEA)も負けてないと思うけど」
「私のは、珍しいんじゃなくて、呪いだから」
「読みにくいわよね。ッルテェア?」
「ゥルセェアよ」
「ウルセェな?」
「……もうやめましょう、名前の話しは。ミキはいいわね。かわいくて」
ロズがフランス語で言った。
「そうですわね。ちょっと飲み過ぎましたわ。わたくしは帰って寝ますわ」
会話をフランス語に戻した。
「みきも眠いかも」
「ねぇ、ミキ、ひさびさにいっしょに寝る?」
「ええ、どこで?」
「この部屋よ」
「部屋って、まだドアも窓も、枠だけでついてないよ……」
しかもお酒臭い。
匂いだけで、明日の朝、二日酔いになりそう。
「私はだいたいココで寝てるし、毛布もあるわよ」
「ミシェルたちは?」
「ハンナがたまに、ここで寝てるけど。ミシェルとクララは自分のメモリアに帰ってるわよ」
「……みんな逞しい……ね」
ロズは帰ると言って、噴水広場へ向かった。
わたしはルシアと、部屋の床で寝ることになった。
メモリアに戻っても、いまはウガーラ族の隠れ家だ。
あっちはあっちで、お酒臭いだけでなく騒がしい。
こっちのほうが、まだマシかもしれない。
でも、毛布は1枚しかなくて、半分ずつだった。
横になってルシアと会話してたら、ハンナちゃんが毛布を貸してくれた。
「ありがとう。ハンナちゃんはいいの」
「うん。メモリアに戻って寝る。明日は朝食たべてく?」
「あー、明日は、日の出とともに出かける……かも」
「じゃあ、テーブルにパンケーキ置いとくから、持ってっていいよ」
「ありがと! ハンナちゃん大好き!」
「っへへー。おやすみ、みきちゃん」
「おやすみー」
ハンナちゃんが部屋から出ていくと、ルシアはすでに寝息をたてていた。
息がお酒臭い。
わたしも横になって、目を閉じることにした。
……




