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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
574/586

6.6.25


 胸元に、ピーチサイダーのボトルを抱えたまま。

 ようやく、タルトに歩み寄る。


 キングサイズのホールケーキのようなタルトだったけど。

 すでに、あちこちの角度から削り取られて、虫食いのような状態だ。


 テーブルはあるけど、椅子はないから、地べたに座って手を伸ばす。

 お皿はないので、ちぎって、そのまま口へ運ぶ。

 生地のさくさく。リンゴのシャキシャキ。モモのトロトロ。

 ほんのりベリーの酸味を含んだ、ふわふわのカスタード。


 いったい、なんだこれは!

 こんなタルト、食べたことない!


 自分のポーチから木のコップを取り出して、ピーチサイダーを注ぐ。

 そして、喉に流し込む。


 サイダーしゅわしゅわ。

 そして、冷たい。中身のサイダーもだけど、瓶も冷たい。

 事前に冷やしてくれたんだろう。


 これがソムリエの存在感なのか。

 クララすげぇ。

 ハンナちゃんすげぇ。

 タルトとピーチサイダーの相性、抜群だ。


 ねんのため、野菜も少し食べてみる。

 ポーチから自分のフォークを取り出して、口に運んだ。

 うん。美味しい。ごてごてしてなくて、すっきり、さっぱり。

 ミシェルもがんばった。

 でも、ひと口でいい。

 残りの胃袋は、すべてタルトで満たそう。

 このサイズなら、3人分くらい食べても、問題ない。



 クチをもぐもぐしながら、あたりを見渡した。

 もう、大宴会だ。

 声はほとんど怒鳴り声だった。

 ケンカしているわけでもないのに、ものすごく騒がしい。

 これが、盗賊の宴会なのか。

 地面にはイビキをかいているおじさんと、すでに飲みほしたらしき、ワインボトルが転がっていた。

 どこからともなく、誰かが唄い出すと、大合唱が始まった。

 もしここが居酒屋だったら、間違いなく次から出禁だ。


 唄はウガーラ語のようだ。

 まったくわからないけど、メロディーは普通に西洋の民謡っぽい。

 もしかしたら、この唄も、スコットランド民謡のパクリだったりして。


 ミラーさんとかなら、知ってたりして。

 もはや、だいぶ懐かしい。

 何十年も前のことのように感じる。

 てか、ウガーラ族って、雰囲気がミラーさんになんだか似てる。

 だから、ウガーラ族といっしょにいれば、ミラーさんのことも忘れないね。


 みんなの様子を眺めながら、次のタルトを引きちぎって口に入れた。

 そのとき、ふと思い出した。


 ダストスがいない。

 近くにいたおじさんに尋ねる。


「ねぇ、ダストスは?」

「おかしらぁ? さあなぁ? もう寝たんじゃねぇか?」


 グックはと首を回したら、すぐ近くにいた。

 井戸にもたれ掛かり、いびきをかいていた。


 ジンゲの背中に声を掛けた。

「ジンゲー!」

「おお? なんでやすかヒメ様。ワインいただいてやす、ごっそさんです」

「それはいいんだけど、ダストスは?」

「おかしらぁ? そういや見ませんねぇ」


 どこ行っちゃんたんだろ。


「探しにいきますかい、ヒメ様」

「どこ?」

「たぶん、矢倉にいると思いますよ」

「え、なんで?」

「ダレかが見張ってなきゃいけないですからね。こういうときはいつも、おかしらが見張りについてくれてるんですよ」

「そっかぁ。すごいなぁダストス」

「ただ……ワインボトル1本、そっくり持って行っちまいましたけどね」

「あははは」


 いいや。

 そっとしとこ。


「ジンゲ」

「へい。ヒメ様」

「またちょっと、出かけてくるね」

「わかりやした。ワインの追加ですかい?」

「あはは、足りなそう?」

「酒はいくらあっても、足りたためしがありやせん」

「あっはは。もらえるか聞いてみる。行ってくるね」

「へい。いってらっしゃい。ヒメ様」


 コップをポーチに戻し、ピーチサイダーの瓶を抱え直す。

 やっぱり、この世界のNPCは、みんなとてもいいヒトだな。



 ログインデバイスを出して、噴水広場へ渡った。

 ルシアはどこだろう。


 拠点に近づくと、ここでも大宴会だった。

 焚火の周りで、大工さんたちが大騒ぎしている。

 知らない通りすがりのようなオッサンもちらほら。

 タデクはなぜか、大工さんと殴り合っていた。


 ケンカしてるのかと思ったけど、違うのかもしれない。

 こういう光景にも、最近慣れた。ほっとこう。


 厨房にいくと、フリッツと調理人たちは、みんなそこにいた。

 石窯の火はすでに落ちていて、ミシェルたちもワイングラスを片手に、食事を楽しんでいるようだ。


 最初に声をかけてくれたのは、クララ。

「おかえりなさいませ、マドモワゼル」

 そのあとにフリッツ。

「出張フォリオは、いかがでございましか?」

「ありがとう。最高だったよ。みんな大喜び。みきも鼻高々だよ」

「それはよかった。お客様にお喜びいただけてなによりです」


「ルシアは?」

「おそらく、宿舎の方におられるかと」

「ありがと」


 建設現場を迂回して、宿舎へと向かう。

 壁の切れ目から、ロウソクの灯りが漏れていた。


 のぞき込むと、ルシアとロズが、テーブルで向かい合って座っていた。

「ル~シア」

「ミキー! オララ~!」


「なんか、ルシアも酔ってるね……ってか、この部屋お酒臭っ!」

「あらそんなことないわよ。アル中なんだから、酔ってるんじゃなくて、これが自然体なの」

「そんな自信満々にアル中って言われても……ディルは?」

「もう、テントに戻って寝ますわって」

「あはは。もしかしてディルも食べ過ぎ?」

「食べすぎ、呑みすぎね、あれは」

「ディルってなにげに、食べるの好きだよね」


「ッフフ。おふたりは仲良しなのですね」

 ロズの声。

「ルシアと、ロズさん、なんか新鮮なコンビだ」

「聞いて、ミキ」

「うん?」

「私とロズね、めちゃめちゃ気が合うわ」

「ふーん」

「とにかく、ミキも座って。呑みなおすわよ」

「みきはお酒呑まないからね。しかもこれ、ワインじゃないでしょ」

「ロズが持ってきたウィスキーよ」

「じゃあ、ピーチサイダーで割って呑んでみたら?」

「それ……ありだわ……」

「ありですわね」


 ロズも、ちょっとほろ酔いのようだ。

 ロウソクに照らされる、ほろ酔いロズの横顔。


 それは、ますます妖艶で、美しい。



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