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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
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6.6.24 - 出張オーブン祭り


 言われた通り、噴水広場で待つ。


 最初に歩いてきたのは、マンホールの蓋のようなものを両手に乗せたタデク。

 フリッツも、その後ろを歩いていた。


 近づくと、それはマンホールの蓋ではなく、ピザだった。

 デカすぎる。

 1メートルくらいあるかもしれない。


 まだ、ジュウジュウとチーズが煮立つ音。

 トッピングのメインは、ローストしたらしき鶏肉がゴロっと載っている。

 それと、玉ねぎ、トマト、よくわからないキノコのスライス。

 見た目はピザだけど、香りはフレンチ。

 細かく刻んで散りばめられた葉の切れ端から、ハーブの香りも昇って来る。


 フリッツが言った。

「本日のメイン、ロティチキンの特大ガレットでございます」


「いきなりメイン! ピザじゃなくて、ガレットなの」

「ピザではありません。フレンチ・ガレットでございます」

「うん。そうだね」


「お好みで、こちらのソースを付けてお召し上がりください」

「あ……はい」

「ほぃ、嬢ちゃん持てるか」


 タデクは、マンホールピザを、軽々と持っている。

 見た目より、重くなさそうに見えた。

 丁度よいサイズのベニヤ板の上に乗せられ、ほくほくと湯気を上げている。


 腕を伸ばし、タデクの外側から、ベニヤ板の底を支える。

 タデクが力を抜いた。


「う……ちょ、ちょっとちょっと、まってストップ! ストーップ!」

「どうした?」

「重い! 何キロあるのコレ!」

「板込みで、10キロくらいじゃねぇか」

「10キロのピザって……」

「ピザ自体は8キロくらいだろ」

「うーん……」

「いけるか。いってくんなきゃ、困るぞ」

「こんなの持ったら、みき、腰悪くするかも」

「その場合は、寝る前にログアウトなさればよろしいかと……」

「ああ、はい。うん。そうだね……」


 フリッツは、合理的で明確で、そして完璧だ。

 知ってた。


「ソースは、ちょっとまって。先にピザだけ運ぶから」

「ウィ、マドモワゼル。ガレットでございます」


 マドモワゼルに、こんな重たいピザを運ばせるのか。

 とにかく、いちど呼吸を整える。


「タデク」

「おう」

「先に、ログインデバイスでゲートを呼ぶから、ゲートが出たらみきの腕に、ピザを載せてくれる」

「おう。任せろ。気合いれろよ」

「うい……」


 ログインデバイスを出し、ゲートを呼ぶ。

「タデク!」

「ヤァクッ!」

 なんで、ポーランド語!

 笑わせないで! わざとやったよねいま!


 両腕に、10キロのピザがのしかかった。

 大丈夫。いける。いけそうだ。

 歯を食いしばって、ゲートに呑み込まれるまでの時間を耐えるだけ。

 記憶の回廊に入り、すぐにピザを床に降ろした。


 支えていたのは、4秒か5秒くらい。

 腕がジンジンする。たぶん明日は筋肉痛だ。


 ゲートはあと1回。

 座ったまま、先にゲートを呼び出す。

 ゲートが動き出し、わたしはベニヤ板を持ち上げた。


 座ったままの状態でメモリアに出て、すぐに叫んだ。

「ダレかこれ持ってー!」

「おぉお、なんだ! どうした! え、えぇぇぇなんだこりゃあ!」

 いちばん近くにいたのは、グック。

 すぐに、ピザの板を支えてくれた。


「なんだこりゃ! 旨そうな匂いだなおい!」

「ピザ、じゃなくてガレット。どっちでもいいや。鶏肉ロースト特大ピザ」

「なんだかわかんねぇが、食っていいのかこれ?」

「うん、まだ持ってくるから、みんなで先に食べてて。20人分あるよ!」

「ホントかよ。おーいおかしらぁ!」

「次持ってくるから、だれかここで待たせてて」

「おう、わかった。おーい! おかしらぁあ!」


 ログインデバイスを出して、また噴水広場へ。

 別の料理を持った、タデクとフリッツ。

 フリッツは、両手にソースの瓶を持っている。


 フリッツが料理名を告げた。

「5つの世界のロティ野菜でございます」

 鉄製の容器に山盛りの野菜炒め。

「5つの世界?」

「リーキ、ラディッシュ、アンディーブ、玉ねぎ、にんじん。すべて異なるメモリアから取り寄せました。無論、最高品質でございます」

「それはスゴイ……ホントにスゴイ」

「恐れ入ります。お好みで、こちらのソースをかけてお召し上がりください」


「ごめん、フリッツ、ソースの瓶は次の便で……」

「ウィ、ウィ、マドモワゼル」


 タデクが言った。

「うし、じゃ行くか。さっきよりは軽いぜ。7キロくらいだ」


 たしかにさっきより軽い。

 それでも、両手の自由は完全に奪われた。

 さっきの疲労込みなので、さっきよりキツイ。

 メモリアに渡り、待っていたジンゲに手渡す。


「野菜ですか。あっしは野菜がどーもにが……」


 言葉の途中で、また噴水広場へ。


「リンゴと桃のタルトでございます」

「デカっ……いけど、これは食べたーい!」


 ハンナちゃんのデザートだ。

 すんごく、甘そうな匂い。

 そしてそこいらのホールケーキよりも巨大だ。


「ソースはないの?」

「デザートにソースはございません。ガレットとオードブルのソースは、また次の便になさいますか?」

「うん」


 タデクが言った。

「いちばん軽いぞ。5キロくらいだ」

 5キロのタルト……



 タルトを、グックに手渡し、また戻る。


 タデクがいない。

 瓶を2本抱えた、フリッツが佇んでいるだけだった。


「これで終わり?」

「クララと、ルシア様が、まもなくワインを運んでまいります」

「うぃ……ソース運んできます」


 メモリアにソースの瓶をふたつ持っていく。

 そこではすでに、大宴会が始まっていた。

 井戸の近くに、切り株のような大きなテーブル。

 その上に、わたしが運んだ皿が置かれていた。

 隠れ家の住人、ほぼ全員が集まっての大騒ぎだった。


「ヒメ様ぁなんだよコレぇ! めちゃくちゃうめぇぞッダッハハハハ!」

 すでに、自前のエールを傾けていた。

 酔い始めている。


「あのね、このソースをつけて食べてっていわたんだけど……」


 ピザのソースだけど、ピザはすでに、半分以上なくなっていた。

 野菜はまだだいぶ残っている。

 タルトもまだ大丈夫だ。

 とりあえず、瓶を手前のおじさんに手渡した。


「なんだ、酒かこりゃ?」

「だからソースだってば!」

「ソース? なんだそりゃ?」


「お酒はこれから、ワイン持ってくるから、ちょっとまってて」


 手前にいた、5~6人が、会話をやめて視線を向けた。


「……ワイン……だと?」


「うん。もう腕疲れた」

「なんだからわからねぇが、手伝うぞ、なんでも言ってくれ!」

「じゃあ、そこで待ってて」

「おぅ! じゃあ、喰いながら待ってるぜぇ!」

 それ、手伝ってるって言える?



 噴水広場に戻ると、ルシアとクララがいた。


「私もいっしょに行きたいわー!」

「もう、なんでこんなことになっちゃったの」

「支配人は、いつでも最高のおもてなしをするのがモットーでございます」

「うん……そうだね。さすがフリッツだ。みんなすごく喜んでるよ」

「それは、よかったです」

 でもわたしの腕はもう、シオシオだった。


「あとはワイン?」

「はい、こちらが、ピザのペアリングとなる赤ワイン。こちらは、タルトのペアリングとなる白ワインです」


 もうピザ、半分以上ないし……

 そもそも、赤も白も関係ない気がする。


「それとね、ミキにはこれ。ピーチソーダ」

「わ、これは美味しそう!」

「美味しかったわよ。ちょっと飲んじゃった」

「あはは。半分残してくるから、あとでいっしょに飲もうルシア」

「うん。じゃあ待ってるわ」


「でも、これ……ぜんぶで11本あるんだけど……」



 わたしはワインを、4本づつ運んだ。

 3往復して、ようやく、食べ物の運搬が終わる。



 ピザはすでに、無くなっていた……




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