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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
571/586

6.6.22


 何時間か、川沿いを下流へと歩いた。


 途中から川を離れ、牛車を囲みながら森沿いを進む。

 どこに目印があったのかわからないが、先頭を行くジンゲが、森の方へ角度を変えた。

 森に近づき、そのまま森の獣道へと踏み込んでいく。


 グックとジンゲの目つきが変わった。

 ジンゲだけ、20歩くらい離れた先頭を歩き、牛車の横をわたしとグックが歩いていた。


 牛車が通れる横幅の獣道が、森の奥へと続いてた。

 あちこちから、いろんな鳥の鳴き声がする。

 ときおり吹き抜ける緩い風が枝を揺らし、木漏れ日の合間を縫って、羽ばたく小鳥の姿も見える。

 森の中は薄暗いが、普通にのどかで清々しい雰囲気だった。

 でも、前を歩くジンゲは、やたらと周囲を警戒していた。


「この森、気持ちいいね。マイナスイオンいっぱいだ」

「いおん? なんだそりゃ? どうでもいいけど、ヒメ様ひとりでウロウロすんのはヤメとけよ。生きて帰れなくなるぞ」


「帰りもちゃんと送ってくれるよね?」

「帰りもかよ。めんどくせぇなぁ」

「えー、そんなこと言わないでよー」

「ッカカ。冗談だよ、ヒメ様。ッカカカカ」


「ジンゲは何してるの?」

「たまに、クマに襲われるやつがいるからよ。念のため、見える範囲を広げてんだ」

「クマ……クマってやっぱ、人を襲うんだね」

「機嫌が悪かったり、タイミングが悪いときに近寄るとな。遠くからでも襲ってくるぜ」


「襲ってきたらどうするの? 勝てるの? 殺しちゃうの?」

「襲われないように先に見つけて、怒らせないように静かに逃げる」

「だよね。そうだね。クマ強いもんね」


「強いのもあるが、間違って人間が食われちまうと、また人間を襲うようになるんだ。そうなるとよ、そのクマの親子を討伐しなきゃならねぇ」


「人食いグマ……コワ」

「でもよぉ、クマは殺しちゃいけねぇ。クマは森の農夫、森のお医者様だからよ」


「農夫? お医者様?」


「俺たちには、森の治療はできねぇが、クマの仕事は毎日ソレだ。クマが元気な森は、歳を取らねぇ。森が何百年経っても健康でいられるのは、クマのおかげなんだぜ」


「ふーん」

 どうやって治療してるんだろ。

 なんだか、お医者さんコスプレの、クマの姿が頭に浮かぶ。


「まぁとにかく、もちつもたれつだ。ホントは俺たちも、もっと仲良くしてぇんだけどよ。ひょっこり近づき過ぎると、喰われちまうからよ。お互いに距離を保つのが大事だな」


「今日は大丈夫そう?」

「牛もいるからな。この巨体とケンカしたがるクマは、滅多にいねぇよ」


「え、じゃあ……マレに向かってくるクマもいるの?」

「まぁ、マレにな。だが、今日じゃなかったみてぇだ」

「え、なんで?」

「隠れ家が見えてきた」


 グックが指さす先。くねくねと蛇行する獣道を、ジンゲが歩いている。

 どこを向いても苔むした岩か茂み、それ以外はぜんぶ木。


「どこ?」

「あれだよ」

「え?」

「ほら、そこ」

「ええ……?」

「見えねぇか? そこだよそこ」


 先頭を歩いていたジンゲが立ち止まり、こちらを振り向いた。

 わたしとグックがジンゲに追いつくと、獣道は辿らず、左に逸れる。

 よく見ると細く狭いが、踏み固められたような道。

 石畳ではなく土だが、獣道とも様子が違う。


 ジンゲが、牛の頭のくつわを掴み、強引に向きを変えた。

 そのまま細い道へと、誘導していく。

 まっすぐではなく、クネクネと。


 ようやくわかった。

 木々の隙間から見えた、矢倉のような木造建築。


 ジンゲが、矢倉に向かって行った。

「ハドルェラ」

 ウガーラ語かな。

「ハドォルェーラ」

 矢倉からも、似たような声。

 最後にグックが、矢倉に向かって言った。

「今日は、ヒメ様もいっしょだ。ッカカカ」

「おう、ヒメ様かぁ。いらっしゃい。よく来たなこんな森ん中によ」


 矢倉のヒトが顔を出した。

 黄色い歯抜けの口を開けて、中年のおじさんが笑顔を向けていた。

 ちなみに、中年以下のウガーラ族は、まだ見たことがない。


 矢倉を通り過ぎてしばらく歩くと、草木で隠ぺいされた木製のゲート。

 ゲートの左右に延びる、黒く塗られた丸太をつなげた壁。

 壁は、わたしの身長の2倍くらいの高さがある。

 近づくと妙に炭臭い。


 そのゲートを抜けると、急に森が開けた。

 草野球場かそれよりも狭そうな広さ。


 真ん中に井戸。それを遠巻きに囲むオンボロの民家が6軒。

 奥には畑があり、数人のおじさんが鍬を振るっていた。


「そんじゃ改めて、ヒメ様」


 右横から、グックの声。

 顔を向けると、右手を開いて、井戸の方へ向けた。


「ようこそ、ウガーラ族のアジトへ。ッへへへ」



「隠れ家じゃなかったっけ」

「おう、そだった。隠れ家な。ッカカカカ!」



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