6.6.22
何時間か、川沿いを下流へと歩いた。
途中から川を離れ、牛車を囲みながら森沿いを進む。
どこに目印があったのかわからないが、先頭を行くジンゲが、森の方へ角度を変えた。
森に近づき、そのまま森の獣道へと踏み込んでいく。
グックとジンゲの目つきが変わった。
ジンゲだけ、20歩くらい離れた先頭を歩き、牛車の横をわたしとグックが歩いていた。
牛車が通れる横幅の獣道が、森の奥へと続いてた。
あちこちから、いろんな鳥の鳴き声がする。
ときおり吹き抜ける緩い風が枝を揺らし、木漏れ日の合間を縫って、羽ばたく小鳥の姿も見える。
森の中は薄暗いが、普通にのどかで清々しい雰囲気だった。
でも、前を歩くジンゲは、やたらと周囲を警戒していた。
「この森、気持ちいいね。マイナスイオンいっぱいだ」
「いおん? なんだそりゃ? どうでもいいけど、ヒメ様ひとりでウロウロすんのはヤメとけよ。生きて帰れなくなるぞ」
「帰りもちゃんと送ってくれるよね?」
「帰りもかよ。めんどくせぇなぁ」
「えー、そんなこと言わないでよー」
「ッカカ。冗談だよ、ヒメ様。ッカカカカ」
「ジンゲは何してるの?」
「たまに、クマに襲われるやつがいるからよ。念のため、見える範囲を広げてんだ」
「クマ……クマってやっぱ、人を襲うんだね」
「機嫌が悪かったり、タイミングが悪いときに近寄るとな。遠くからでも襲ってくるぜ」
「襲ってきたらどうするの? 勝てるの? 殺しちゃうの?」
「襲われないように先に見つけて、怒らせないように静かに逃げる」
「だよね。そうだね。クマ強いもんね」
「強いのもあるが、間違って人間が食われちまうと、また人間を襲うようになるんだ。そうなるとよ、そのクマの親子を討伐しなきゃならねぇ」
「人食いグマ……コワ」
「でもよぉ、クマは殺しちゃいけねぇ。クマは森の農夫、森のお医者様だからよ」
「農夫? お医者様?」
「俺たちには、森の治療はできねぇが、クマの仕事は毎日ソレだ。クマが元気な森は、歳を取らねぇ。森が何百年経っても健康でいられるのは、クマのおかげなんだぜ」
「ふーん」
どうやって治療してるんだろ。
なんだか、お医者さんコスプレの、クマの姿が頭に浮かぶ。
「まぁとにかく、もちつもたれつだ。ホントは俺たちも、もっと仲良くしてぇんだけどよ。ひょっこり近づき過ぎると、喰われちまうからよ。お互いに距離を保つのが大事だな」
「今日は大丈夫そう?」
「牛もいるからな。この巨体とケンカしたがるクマは、滅多にいねぇよ」
「え、じゃあ……マレに向かってくるクマもいるの?」
「まぁ、マレにな。だが、今日じゃなかったみてぇだ」
「え、なんで?」
「隠れ家が見えてきた」
グックが指さす先。くねくねと蛇行する獣道を、ジンゲが歩いている。
どこを向いても苔むした岩か茂み、それ以外はぜんぶ木。
「どこ?」
「あれだよ」
「え?」
「ほら、そこ」
「ええ……?」
「見えねぇか? そこだよそこ」
先頭を歩いていたジンゲが立ち止まり、こちらを振り向いた。
わたしとグックがジンゲに追いつくと、獣道は辿らず、左に逸れる。
よく見ると細く狭いが、踏み固められたような道。
石畳ではなく土だが、獣道とも様子が違う。
ジンゲが、牛の頭のくつわを掴み、強引に向きを変えた。
そのまま細い道へと、誘導していく。
まっすぐではなく、クネクネと。
ようやくわかった。
木々の隙間から見えた、矢倉のような木造建築。
ジンゲが、矢倉に向かって行った。
「ハドルェラ」
ウガーラ語かな。
「ハドォルェーラ」
矢倉からも、似たような声。
最後にグックが、矢倉に向かって言った。
「今日は、ヒメ様もいっしょだ。ッカカカ」
「おう、ヒメ様かぁ。いらっしゃい。よく来たなこんな森ん中によ」
矢倉のヒトが顔を出した。
黄色い歯抜けの口を開けて、中年のおじさんが笑顔を向けていた。
ちなみに、中年以下のウガーラ族は、まだ見たことがない。
矢倉を通り過ぎてしばらく歩くと、草木で隠ぺいされた木製のゲート。
ゲートの左右に延びる、黒く塗られた丸太をつなげた壁。
壁は、わたしの身長の2倍くらいの高さがある。
近づくと妙に炭臭い。
そのゲートを抜けると、急に森が開けた。
草野球場かそれよりも狭そうな広さ。
真ん中に井戸。それを遠巻きに囲むオンボロの民家が6軒。
奥には畑があり、数人のおじさんが鍬を振るっていた。
「そんじゃ改めて、ヒメ様」
右横から、グックの声。
顔を向けると、右手を開いて、井戸の方へ向けた。
「ようこそ、ウガーラ族のアジトへ。ッへへへ」
「隠れ家じゃなかったっけ」
「おう、そだった。隠れ家な。ッカカカカ!」




