6.6.20
おかえり?
「おっ……おい、ヒメ様っ。どうした!」
グックの声が聞こえたのとほぼ同時。
鈴の音が、上から引っ張られたかのように、一斉に闇に吸い込まれた。
光の粒もすべて消えてしまった。
あっというまに、闇夜の川辺になっていた。
「グック……」
「なんだよ、いまの。まさか灯巫女か? いやいや、あんなにたくさん? いやいやいや、信じられねぇ」
「いまね、すっごい邪魔したと思う」
「はぁ?」
「うーん……まぁいいや。ご飯たべよう」
「お、おう」
焚火に戻ると、薪木を抱えたジンゲもいた。
わたしが持ってきたカゴを眺めている。
「ヒメ様、これ、あっしらに差し入れですかい?」
「うん。パンケーキ8枚もあるから、グックとジンゲにも2枚づつあげるね。あとこれも、みきは1杯だけでいいよ」
「もしかしてこれ、酒ですかい?」
「うん。シードル」
「シードル?」
そのまま3人で、ささやかな宴。
グックとジンゲは、シードルのボトルを奪い合いながら回し飲み。
バターは3等分して、パンケーキにつけて食べる。
「バターをつけて、こんなフカフカなパンを食うなんて。生まれて始めてだ」
もう50を過ぎているだろう、グックがそう言った。
オート麦だからだろうか。
フカフカではない。
外はパサパサ。
でも噛むと、クセになりそうなモチモチ食感。
「リンゴ酒も美味いですぜ。安物のアップルワインよりも断然うめぇ」
パンケーキよりも、シードルの方が、ふたりは気に入ったようだ。
2人が作ったのは、雑草と黒パンのシチュー。
ライ麦でも大麦でもなさそうな、ちょっと青臭い香りのパン。
その鍋にエールをかけて出来上がりらしい。
匂いはほぼエール。
わたしも、ひとくち……
幼稚園でつくった泥団子を煮て食べたら、こんな味かもしれない。
「さっきのは、灯巫女だよなヒメ様。俺も初めて見たぜ」
「あかりみこ?」
「あれ、知らねぇのか?」
「うーん、聞いたことあるような……」
「灯巫女がでてくるんじゃあ、この辺りは安全だ。夜も安心して眠れるぜ」
「へー。なんかお守りみたいな小人さんだね」
「ジンゲんとこの娘も、小さい頃に見たつってたよなぁ?」
「ホントかどうかは知らねぇですが、そう言ってやすね」
「子供のところには出てくるの?」
「夜中に迷子になった子供の近く出てきて、助けられたって話が、この辺りにはたくさんあるんですよ」
「そうなんだー。やさしいんだね、灯巫女って」
「どうだかなぁ。そのまんま森に誘い込まれて、帰ってこなかった……なぁんてハナシもある」
「そうそう。大昔は、妖し巫女とも呼ばれてたらしいですぜ」
「あやしみこ……急にコワ」
「って言っても、カタセ村ができる前は、この辺りにはだーれも住んじゃいませんでやしたから。ホントかどうか。それこそ妖しい話です」
「にしても、あんなにたくさん出て来るなんてなぁ。
あのまま、ヒメ様が引きずり込まれちまうんじゃねぇかと思ったぜ。なにしてたんだい?」
「うーん、お話?」
「お話って……大丈夫かい、ヒメ様?」
「うん。あのまま連れ去られてたのかなぁ」
「どんな話をしてたんでやすか? 灯巫女と会話したなんて、子供の与太話でしか、聞いたことありやせんぜ」
「おかえりって、言われたと思う」
「へぇ……なんかおっかねぇな……やっぱり引きずり込もうとしてたんでやすかね」
「ヒメ様はもしかしたら、灯巫女に好かれる体質なのかもな。ッカカカ」
「体質?」
「どんな体質ですかい?」
「そんなもん、俺が知るかよ。言ってみただけだ」
妖しい感じなんて、ぜんぜんしなかった。
どっちかと言えば、パパとママに似たような、懐かしい感じ。
もういちど会ってみたいなぁ。
ん?
ふと、小川のほうに視線を向けると、遠く対岸に3つの小さな灯り。
ヒト魂とは違う。
羽虫が発光しているような、ぼんやりとした小さな光が、ふわふわと浮かんでいた。
「ねぇ、あれだよね?」
「え?」
ジンゲとグックが、視線を向けると、またふっと、消えてしまった。
「あ、消えちゃった」
「ホントに……大丈夫かい、ヒメ様?」
「なんで、みきのところには、出てきてくれたんだろう」
「さぁな。子供と間違えられたんじゃねぇか」
「ムムム。怒るところ?」
「ヒメ様はいま、いくつなんですか?」
「じゅうろくだよ」
「へぇ。じゃあ、ガロムのひとつ下か」
「え……っ」
「ガロムはいまたしか、17じゃねぇか」
「えーっ! ガロムちゃん、みきより年上なの?」
「おぅ。おかしらが脱走してきたのが24年前。生まれたのはその7年後だからな。17で間違いねぇ」
「ガロムちゃん、見た目より、だいぶ年長だった」
「そうだなぁ。おかしらも、小さい頃は童顔だったからよ。でも、おかしらの若い頃に、よく似てる。っつーかそっくりだぜ」
「えーと……まって、それ。それは、みきが聞いてよかったこと?」
「あれ、俺いま、なんつった?」
まぁでも。だいたい予想はしていた。
ガロムちゃんは、やっぱり、ダストスさんの娘なんだね。
だって、ぜんぜんマスターと奥さんには似てないもん。
それよりも。
13歳くらいだと思ってたガロムちゃんが、わたしより年上だったというほうが驚いた。
「すまねぇ、ヒメ様。このことは黙っといてくれ」
「うん。もちろん。ダレにも言わないよ。ガロムちゃんにもね」
「ああ。頼むよ。ヒメ様」
ダストスは、王国から指名手配されている、ウガーラ族の族長の娘。
ガロムちゃんが、そのダストスの娘だと知れたら……
捕まったら、どうなっちゃうのか。
カタセ村には住めなくなるかもしれない。
処刑なんてことになったら、わたしが絶対助けに行く。
だから、そんなの怖いから、ダレにも言わない。
でも、そっかぁ。
ガロムちゃんは、ウガーラ族の次の族長なんだね。
ダレにも言わないけどね。




