6.6.18
牛車の荷台は、おやしろにあったガラクタで満載。
乗るところがなくなったので、乗れとも言われなくなった。
すでに陽が暮れかけているというのに、ノロノロと牛のペースで、わたしたち3人は、カタセ村を出た。
村の外に出るのは、最初の日以来だ。
まだ、陽は出ている。
村をでてすぐの丘を登り、アロハやハセと出会った林を過ぎた。
そのあと南へ。
あたりは、ほぼ真っ暗だった。
「ヒメ様、足元に注意してくだせぇよ」
「うん。でも夜道も慣れてるからへーきだよ」
「嬢ちゃんと歩くのは、いつも夜道だなぁ」
「そういやヒメ様。夜道がよく見える魔法は、使えないんでやすか」
「あれはね、回数に制限あるから。オオカミに襲われそうなときに使う」
「へぇ。縁起でもねぇけど、そりゃ頼もしい」
「群れに襲われたら、夜道が見えたところで皆殺しじゃねぇのか」
「コワ。大丈夫? わたしは逃げられるけど」
「ヒメ様だけは、この命に代えてもお守りいたしやすよ」
「うあー、重い。それ重いよ」
「いやまぁ、襲われたらどのみち死ぬんで、言ってみただけです」
「あははは」
「音が聞こえてきたぞ」
「うん? なんの音?」
って、わたしにも聞こえた。
風の音にまじる、川の流れる音。
「灯巫女川です。ヒメ様」
暗くて、よく見えない。
でも、なんだか不思議な感じ。
懐かしいような。安心するような。
暗闇から聞えてくるのは、そんな川の音だった。
「音を頼りに、もう少し下ったところで、野営しやしょう」
「うん。でも見えるの?」
「もう、なんども通った場所でやすからね。それに、あっしらに見えずとも、牛が知ってます」
「牛が?」
「荷車の縁を掴んで、離さねぇでくだせぇよ」
「うん」
それから、小一時間。
いよいよ、真っ暗になっていた。
夜空の星は見えるけど、なんにも見えない。
周囲になにがあるのかも、わからなくなっていた。
わかるのは、川の音、荷車の車輪の音。
牛の匂いと、右手でつかむ、台車の縁。
台車から手を離したら、たぶんこの真っ暗闇においていかれる。
それを気にしてか、ジンゲやグックが、暗闇から、なんども無駄に話しかけきた。
「ありやした。ここです」
ジンゲが、カチカチと火花を飛ばした。
火口から、枯れ葉へ。枯れ葉から拾った枝へと火を移していく。
照らされたのは、焚火の跡。
周囲には、枯れ木も積まれている。
「すごーい。なんで? どうしてわかったの?」
「ここらにはよ、牛が好む草がたくさん生えてんだよ。川もあって水もある。腹を減らした牛なら、匂いだけで探り当てちまう」
「なるほど。牛もハラペコなんだね」
「あっしらも、メシの準備を始めやしょう」
「ところで、ヒメ様、メシどうすんだ。俺たちの野営料理は、牛も逃げ出そうとするくらい不味いぞ」
「うーん……なんか、もらってこようかな」
「もらってくる? こんな夜中に、どっから?」
「わたしびとの国。ふたりもパンとか食べる?」
「もしかして、記憶の回廊の先ですかい」
「そうそれ。ちょっと行ってくるね」
「おう。嬢ちゃんひとりで大丈夫か。夜中だ。気をつけろよ」
「えへへ。大丈夫だよ。ありがとうグック」
ゲートを呼び出し、噴水広場へ。
メモリアは、陽が暮れると夜中だけど、ここはまだたくさんの焚火が揺らめいている。
建築の音も少しだけ聞こえるけど、談笑する声と、酒盛りをする騒ぎ声。
とにかく賑やかだ。
建築が進んで、歩く場所がなくなるのではと心配もしたけど。
そうでもない。正面に見えるルシアの敷地までは歩きやすい。
左右に建設中の建物はあるけど、道が引かれたように草原が剥き出しになっている。
「おぅ、ミキ。お帰り。メシ食いにきたのか」
焚火の周りでは、タデクと大工さんたちが、酒盛りをしていた。
どう見ても酔っている。
給料がもらえるようになってからは、毎晩だ。
タデクは知らないけど、大工さんたちは、エレメント・ノードの優秀な経済の歯車になっていた。
お酒臭いので、適当にはぐらかす。
川を渡って、住居の場所へ。
ユラユラと灯りが漏れている。
ドア枠があるが、扉はない。
中に入ると、ミシェルたちがテーブルで、食事を摂っていた。
わたしに気がついたミシェルが立ち上がった。
「あっ、マドモワゼル。おかえりなさい。お食事なさいますか?」
「あのね。パンとかでいいんだけど、残り物ある?」
「かしこまりした。えーっと」
向かいに座っていた、クララが言った。
「あ……今日はもう、ないかも」
ミシェルが、額に手を乗せた。
「あー……そうだった」
「ええっ。なんにもない?」
「材料はあるんですが、調理されてないのです」
ハンナが言った。
「オート麦で作ったパンケーキの山ならあるよ。ちょっと固いけど」
「それでいい! 少しもらっていい?」
「うわー、食べきれなかったから助かるー。どのくらい食べられる?」
「うーん……と」
わたしはざっくり、今の状況をハンナちゃんに伝えた。
「じゃあこれと、これとこれもあげる」
ハンナちゃんは、カゴにミニパンケーキの束と紙に包んだバター。それと、シードル(リンゴ酒)の瓶を入れてくれた。
「それで足りる?」
「うん、バッチリ。みんなも喜ぶかも」
「あ、それとねミキちゃん。明日からいよいよオーブンが使えるの!」
「オーブン……って、よくいままでオーブン無しでやってたね」
「だよねー。だいぶ楽になるよー。レシピの幅も広がるし、たくさん作れるようになる」
「うんうん」
「でね。明日の夕方は、ローストとか、タルトとか。ピザも焼いてみるかも。いろいろ試してオーブンの具合をチェックするんだけど、食べきれないから、ミキちゃんも食べに来てね。明日はオーブン祭りだよ」
オーブン祭り……
絶対にこなくては!
ハンナちゃんにお礼を言って、噴水広場まで戻り、野営地に渡った。
メモリアに出ると、エレメント・ノードの喧騒が、ウソのように静かになる。
焚火の炎が、ゆらゆらと燃えているけど、グックとジンゲが見当たらない。
ガラクタを積んだ荷車はそのままだけど、牛が繋がれていない。
水でも飲ませにいったのだろうか。
とにかく静かだった。
リーリーと、どこからともなく聞こえる虫の鳴き声。
パチパチと焚火の爆ぜる音。それと川の水音。
それと……なんだろう……?
耳を澄ませると、微かに聞こえる。
リンリンと、鈴のような音。
不思議な音だけど、なんだか懐かしくも感じる。
なんだろ、この音?




