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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
567/586

6.6.18


 牛車の荷台は、おやしろにあったガラクタで満載。

 乗るところがなくなったので、乗れとも言われなくなった。


 すでに陽が暮れかけているというのに、ノロノロと牛のペースで、わたしたち3人は、カタセ村を出た。


 村の外に出るのは、最初の日以来だ。


 まだ、陽は出ている。

 村をでてすぐの丘を登り、アロハやハセと出会った林を過ぎた。


 そのあと南へ。


 あたりは、ほぼ真っ暗だった。


「ヒメ様、足元に注意してくだせぇよ」

「うん。でも夜道も慣れてるからへーきだよ」


「嬢ちゃんと歩くのは、いつも夜道だなぁ」

「そういやヒメ様。夜道がよく見える魔法は、使えないんでやすか」

「あれはね、回数に制限あるから。オオカミに襲われそうなときに使う」

「へぇ。縁起でもねぇけど、そりゃ頼もしい」


「群れに襲われたら、夜道が見えたところで皆殺しじゃねぇのか」

「コワ。大丈夫? わたしは逃げられるけど」

「ヒメ様だけは、この命に代えてもお守りいたしやすよ」

「うあー、重い。それ重いよ」

「いやまぁ、襲われたらどのみち死ぬんで、言ってみただけです」

「あははは」


「音が聞こえてきたぞ」

「うん? なんの音?」


 って、わたしにも聞こえた。

 風の音にまじる、川の流れる音。


「灯巫女川(あかりみこがわ)です。ヒメ様」


 暗くて、よく見えない。

 でも、なんだか不思議な感じ。


 懐かしいような。安心するような。

 暗闇から聞えてくるのは、そんな川の音だった。


「音を頼りに、もう少し下ったところで、野営しやしょう」

「うん。でも見えるの?」

「もう、なんども通った場所でやすからね。それに、あっしらに見えずとも、牛が知ってます」

「牛が?」

「荷車の縁を掴んで、離さねぇでくだせぇよ」

「うん」


 それから、小一時間。

 いよいよ、真っ暗になっていた。

 夜空の星は見えるけど、なんにも見えない。

 周囲になにがあるのかも、わからなくなっていた。


 わかるのは、川の音、荷車の車輪の音。

 牛の匂いと、右手でつかむ、台車の縁。

 台車から手を離したら、たぶんこの真っ暗闇においていかれる。

 それを気にしてか、ジンゲやグックが、暗闇から、なんども無駄に話しかけきた。



「ありやした。ここです」


 ジンゲが、カチカチと火花を飛ばした。

 火口から、枯れ葉へ。枯れ葉から拾った枝へと火を移していく。


 照らされたのは、焚火の跡。

 周囲には、枯れ木も積まれている。


「すごーい。なんで? どうしてわかったの?」

「ここらにはよ、牛が好む草がたくさん生えてんだよ。川もあって水もある。腹を減らした牛なら、匂いだけで探り当てちまう」

「なるほど。牛もハラペコなんだね」


「あっしらも、メシの準備を始めやしょう」

「ところで、ヒメ様、メシどうすんだ。俺たちの野営料理は、牛も逃げ出そうとするくらい不味いぞ」

「うーん……なんか、もらってこようかな」

「もらってくる? こんな夜中に、どっから?」

「わたしびとの国。ふたりもパンとか食べる?」

「もしかして、記憶の回廊の先ですかい」

「そうそれ。ちょっと行ってくるね」


「おう。嬢ちゃんひとりで大丈夫か。夜中だ。気をつけろよ」

「えへへ。大丈夫だよ。ありがとうグック」



 ゲートを呼び出し、噴水広場へ。

 メモリアは、陽が暮れると夜中だけど、ここはまだたくさんの焚火が揺らめいている。

 建築の音も少しだけ聞こえるけど、談笑する声と、酒盛りをする騒ぎ声。

 とにかく賑やかだ。


 建築が進んで、歩く場所がなくなるのではと心配もしたけど。

 そうでもない。正面に見えるルシアの敷地までは歩きやすい。

 左右に建設中の建物はあるけど、道が引かれたように草原が剥き出しになっている。


「おぅ、ミキ。お帰り。メシ食いにきたのか」

 焚火の周りでは、タデクと大工さんたちが、酒盛りをしていた。

 どう見ても酔っている。

 給料がもらえるようになってからは、毎晩だ。

 タデクは知らないけど、大工さんたちは、エレメント・ノードの優秀な経済の歯車になっていた。

 お酒臭いので、適当にはぐらかす。


 川を渡って、住居の場所へ。

 ユラユラと灯りが漏れている。

 ドア枠があるが、扉はない。

 中に入ると、ミシェルたちがテーブルで、食事を摂っていた。


 わたしに気がついたミシェルが立ち上がった。

「あっ、マドモワゼル。おかえりなさい。お食事なさいますか?」

「あのね。パンとかでいいんだけど、残り物ある?」

「かしこまりした。えーっと」

 向かいに座っていた、クララが言った。

「あ……今日はもう、ないかも」

 ミシェルが、額に手を乗せた。

「あー……そうだった」

「ええっ。なんにもない?」

「材料はあるんですが、調理されてないのです」


 ハンナが言った。

「オート麦で作ったパンケーキの山ならあるよ。ちょっと固いけど」

「それでいい! 少しもらっていい?」

「うわー、食べきれなかったから助かるー。どのくらい食べられる?」

「うーん……と」


 わたしはざっくり、今の状況をハンナちゃんに伝えた。


「じゃあこれと、これとこれもあげる」


 ハンナちゃんは、カゴにミニパンケーキの束と紙に包んだバター。それと、シードル(リンゴ酒)の瓶を入れてくれた。


「それで足りる?」

「うん、バッチリ。みんなも喜ぶかも」


「あ、それとねミキちゃん。明日からいよいよオーブンが使えるの!」

「オーブン……って、よくいままでオーブン無しでやってたね」

「だよねー。だいぶ楽になるよー。レシピの幅も広がるし、たくさん作れるようになる」

「うんうん」

「でね。明日の夕方は、ローストとか、タルトとか。ピザも焼いてみるかも。いろいろ試してオーブンの具合をチェックするんだけど、食べきれないから、ミキちゃんも食べに来てね。明日はオーブン祭りだよ」


 オーブン祭り……

 絶対にこなくては!



 ハンナちゃんにお礼を言って、噴水広場まで戻り、野営地に渡った。


 メモリアに出ると、エレメント・ノードの喧騒が、ウソのように静かになる。

 焚火の炎が、ゆらゆらと燃えているけど、グックとジンゲが見当たらない。

 ガラクタを積んだ荷車はそのままだけど、牛が繋がれていない。

 水でも飲ませにいったのだろうか。


 とにかく静かだった。

 リーリーと、どこからともなく聞こえる虫の鳴き声。

 パチパチと焚火の爆ぜる音。それと川の水音。



 それと……なんだろう……?


 耳を澄ませると、微かに聞こえる。


 リンリンと、鈴のような音。

 不思議な音だけど、なんだか懐かしくも感じる。



 なんだろ、この音?



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