6.6.15 - 給仕長
翌日。
午前中は、おやしろの掃除。
久々に、布団を干す。
おやしろの中はずいぶん綺麗になった。
1階にあるのは、頑丈なテーブルとハンガーラックだけ。
2階は棚と机。それとベッドがあるだけ。
いまの問題は、外に山積みにしたガラクタと、いまにも壊れそうな階段。
ガラクタは、知らないうちに減っている。
村のダレかが、勝手に持って行っちゃったのかもしれないけど、それで構わない。残っているのは、素人目にもゴミと分かる物ばかりだった。
階段は、だれかに直してもらわないといけない。
ダストスさんに頼んだら、なおしてくれるかなぁ。
お昼前に、エレメント・ノードへ。
ルシアの敷地は完全に資材置き場になっている。
最初に設置した焚火は、調理場に姿を変えているが、ルシアのオンボロテントは、いつのまにか撤去されている。
寝るスペースは、なくもないが、わたしやルシアがそこで寝ることはなくなっていた。
いまは、大工さんが昼食をとったり、夜の遅くまで酒盛りをする場所になっている。
そこで寝るのは、帰るのが面倒な大工さんと、タデクだけだ。
わたしは、クララの案内で、建設中の住居へと案内された。
1階部分は、すでに壁と屋根に囲まれている。
ドア枠はついているが、まだドアがついていない。
窓枠もあるが、窓がなく、日光と風がそのまま部屋に入ってくる。
それでも、新築の樫の木の匂いに囲まれているので、雰囲気は良い。
夜はここで寝ることもできるので、レストランスタッフのテントもすでに撤去されていた。
ヴィクトリア朝のテーブルも、そこに移設されている。
今日のイベント関係者も、すでに、その部屋に集まっていた。
テーブルを囲んでいるのは、フリッツ、ミシェル、ハンナ。
そこにクララも加わった。
座っているのは、アルベールとルシア。
それと、見知らぬ女性。
わたしが近づくと、その女性だけが立ち上がった。
「お会いできて光栄です、マドモワゼル。ロズフィーヌ。ロズとお呼びください」
言葉はフランス語。
左手を胸にあてて、微笑みながらそう言った。
最初の印象は、スタイリッシュな女性。
若そうに見えるが、20代には見えない。
30代は過ぎていると思う。
佇まいは、背中に針金でも入っているのかのようにカッチリ。
背は私よりも20センチくらい高そうだが、太くも痩せてもいない。
顔と髪型は、ハリウッド女優のように整っている。
髪は細く緩いウェーブのブラウンヘアー。
お団子にして後ろ頭でまとめている。
クビに青いスカーフを撒いている。
ドレスはハイネックのミッドナイドブルー。
ほんのり緩いAラインのドレスを、腰のベルトでキュッと締めていた。
スカートの裾からでた足は、なんだか筋肉質。
靴は、カカトの低いパンプスを穿いている。
どこかの映画に出演していても、おかしくない外見。
全体的にスタイル抜群、かつ、エレガント。
「こんにちわ。みきです」
「可愛らしい、ギルドマスターですね」
フリッツが歩み寄り、椅子に手を掛けた。
ロズもまだ、席の横に立ったまま。
たぶんだけど、わたしが座るのを待っている。
この空気感にも、いいかげん慣れた。
周囲を待たせるというより、わたしのほうがされるがまま。
わたしが椅子に歩み寄り腰を下ろすと、ロズも座った。
正面で足を組むアルベールが口を開いた。
「彼は……私の古い友人でね。給仕長としてのセンスは申し分ない」
フランス語で言った。
「ふーん……」
彼?
アルベールは、失礼な単語を使ったと思うが、ロズはかまわず続けた。
「わたくしは、ラスベガスのカジノフロアで、ホールマネージャをしていました。お客様が何を求めているのか、言葉で聞く前に、すべてを引き出すのが、私の得意分野です」
すごそうなキャリアなのはわかる気がする。
わかるけど、わたしは、高2。働いたことがない。
そんなこと言われても、想像もつかない世界なのです。
だから今回も、採用の是非というより、確認をするだけ。
「でも、どうして、給仕長を? きっと大変なお仕事だと思うけど」
「いちばんの動機は、アルベールのお手伝いがしたかったこと……ですね」
「そっか。じゃあ、嫌々やるわけじゃないんだね」
「ええ、もちろんです。マドモワゼル」
「アルベールの友達なの? っていうか、アルベールに友達いたんだね」
「……私をなんだと思ってるんだ。友達くらいいる……少しはな」
「わたくしとアルベールはね、幼馴染なんですよ。ね?」
ロズがアルベールの方へ、微笑みながら顔を傾ける。
アルベールは目も合わせずに、顔を逸らした。
仲が良いのか悪いのか。よくわからない。
「フリッツは? いいの?」
「これほどの人物を招聘していただいたムッシュ・アルベールには、感謝の言葉しかございません」
「ルシアは?」
さっきから、ルシアは静かだ。
アルベールとロズのふたりを、観察するのに夢中だ。
「また、面白くなりそうで、わくわくが止まらないわ」
「余計な詮索はするなよ、ルシア」
「……体質でいろいろ気になっちゃうのよ。あきらめて」
ロズが言った。
「事前にひとつだけ、お伝えしておくことがあります」
「うん?」
「わたくしはドイツ語が話せません。英語とフランス語だけなので、そこだけご理解ください」
「みきは、フランス語とドイツ語わかるから、大丈夫だけど……」
そもそも、ドイツ人ってたぶん、クララとハンナちゃんだけなのに、共通語がドイツ語っておかしいよね。
フリッツがフランス語のまま言った。
「言葉が、かぶらないのは、ハンナだけでしょうか?」
ハンナちゃんがニコニコしながら、名前を呼んだフリッツの顔を見た。
そっか。タデクも、ヘタクソだけどフランス語喋れるね。
ハンナちゃんが喋れるのは、ドイツ語だけかも。
厨房とレストラン用語のフランス語はわかるみたいだけど、日常会話をスムーズにこなすのは、ハンナちゃんには難しいようだ。
「このさいですから、わたくしがドイツ語を学ぼうと思います。次のキャリアにも、活かせると思いますので」
「賢明なご判断ですが、ハンナもこの機会に、フランス語を習得してください」
「ウィ?」
フリッツが、ドイツ語で言いなおした。
「ハンナも、シェフパティシエールになりたいのなら、フランス語を学びなさい」
「ウィ、ムッシュ。いつかは越えねばならない壁……」
アルベールが、背もたれに寄りかかりながら言った。
「これでようやく、人事の基盤が揃ったか」
「ウィ、ムッシュ。ギルドメンバーとしての人員は、これで充分でしょう」
「うん? 他の従業員は、ギルドメンバーにはしないの?」
わたしの質問に、アルベールが答えた。
「給仕係りや皿洗いは、外部の者を使うつもりだ。聞けば、レストランの隣にできるのは、人材派遣ギルドらしい。そこから派遣させれば面倒が少なくて済む」
「ふーん……」
この世界にも、人材派遣とかあるのか……
夢の仮想世界なのに……ね。
面談はそれで終わった。
アルベールは用事があると言って、またどこかへ消えた。
フリッツとロズは、ルシアも交えて人事周りの相談事を始めている。
なにげにルシアも、レストラン幹部としての立ち位置におさまりつつある。
タデクはといえば、この場に姿も見せず、楽しそうに建築チームに激を飛ばしていた。
みんな忙しそうだ。
わたしは、することがない。




