6.6.14 - 白のフォリオ
今日は、店の名前を決める日だった。
わたしにも発言権はあったが、わたしはセンスが無い。
だから、ぜんぶお任せ。
最も、多くの意見を出したのはルシア。
最もダメ出しをしたのがフリッツ。
議論していたのも、ほぼ、このふたりだった。
わたしはただ座っていただけ。
ミシェルを含めた調理スタッフなどは、仕込みがあるからと途中で退席した。
タデクやディルは、最初から参加していない。
争点は、ギルド名をそのまま使うか否か。
ルシアはギルド名を譲らず、フリッツは異なる名称を推した。
要は、会社名と、店の名前を分離するかしないかという議論。
最終的に選ばれた折衷案は。
『 La Blanche de Folio 』
(ラ・ブロンシュ・ド・フォリオ)
「それじゃ、なんか本屋さんみたいじゃない!」
「この時代にはまだ、その本屋は存在していません」
言葉の響きはいい気がしなくもない。
なんか、パリとかに、実際にありそう。
「本屋さんなの? その店名の意味って?」
「……わたくし共が、お客様に提供するのは夢心地のディナー。アミューズの序幕から始まり、メイン料理のクライマックス。そして最後は、デザートというエピローグ。白いお皿の上で紡がれるのは喜劇そのもの。その想いを凝縮した言葉こそが、ラ・ブロンシュ・ド・フォリオ」
フリッツは、早口も得意だ。
「ふーん……そうなのルシア?」
「まぁ、そうね。悪くないわね」
「いつまでやってんだ。決まったのか店の名前は?」
タデクだ。汗臭い。
「決まったわよ」
「ああ? なんだぁ……?
ルァ・ブロァンシュドゥ・フォアレ?
( La Blanche de Folie )
狂った貴婦人か。いいじゃないか。気に入った」
「…………」
「失礼ですが、タデク様」
「あぁ?」
「くれぐれも、末尾の3文字はお間違えないように」
「なんだよ。ミキの嬢ちゃんを狂人扱いする店だろ。防犯も込みか」
「それでは風俗店になってしまいますよ……
狂った( Folie )貴婦人ではなく、
白い( Folio )貴婦人です……」
そこからまた、小一時間揉める。
ラ・ブロンシュ・ド・フォリオ。
お店の名前は、それで決定した。
わたしに異論はない。
末尾を3文字変えるだけで、狂った貴婦人。
間違ってはいない。
そこまで計算していたのだとしたら、さすがだ。フリッツ。
「ああ、それよりな、フリッツ」
「はい?」
「図面を確認したいんだが、ちょっといいか」
タデクは、実質、棟梁だ。
いつのまにか、30人の大工を威勢だけでまとめ上げ、建設現場全体を指揮っていた。
周辺からは、タデク騎士団などと呼ばれてもいるが、嘲笑混じりだ。
でもやはり、タデクは、騎士様だ。
いまは大工の棟梁だけど。
「わかりました。現場を見せてください」
「おう。頼む」
「マドモワゼル」
「うん?」
「明日、アルベール様と、給仕長の面談をお願いいたします。お昼でよろしいですか?」
それは確認するまでもない。
フリッツは、わたしがヒマだということを知っている。
お昼は、かならずここに来いと、それっぽく念押ししただけだ。
「うい、むっしゅ」
「よろしくお願いいたします」
タデクとフリッツが、建設現場へと向かった。
残ったのは、わたしとルシアだけだ。
「ねぇルシア」
「なぁに、ミキ。なんでもお姉ちゃんに聞きなさい」
「高校の友達が来るかもだから、来たらヨロシクね」
「あら、お友達って女の子?」
「ちがう。男の子」
「え……まさかカレシ? ダメよ。お姉ちゃんそんなの許さないわよ」
「違うよ。その男子ね。英語は読めるけど喋れないんだって。だから英会話とドイツ語会話を教えるから、ルシアも手伝って」
「ふーん。いいわ。オケィ。そういうの得意だからまかせて。ついでに私には日本語教えてね」
「いいけど。日本語って難しいよ。どうしてそんなに?」
「元々覚えたいとは思ってたんだけどね。なんかね、この次のカウントで、日本人の女の子に英語を教えるかもしれないんだって」
「この次って、カウント23?」
「そうよ」
「ダレに?」
「フフフフ……だれでしょー。ウフフッ」
「えーだれ?」
「もうね。お姉ちゃんね、いまからすっごい楽しみなの。飛び跳ねたいくらいよ」
「えーだれなの? みきの知ってるヒト? これから知るヒト?」
「まだヒミツよ。ッフフフ」
「えー! 気になる」
「とにかくね。絵もお店も、お店の名前も。わたしがずっと繋いでいくからね。だから日本語おしえてちょーだい」
「意味わかんない」
「そうよねぇ。実は私も、よくわかってないわ。未来の話だしね」
「ふーん……」
未来の話しか。
わたしにとって、それは未来なのか過去なのか。
どっちで考えたらいいのか。




