6.6.09 - 楽なやつ
トレーにドリンクを乗せて、席に戻る。
わたしはミルクティー。
まゆさんはピーチティー。
世川君は、ほうじ茶。
席に向かうと、配膳ドローンとすれ違う。
わたしのケーキと、世川君のアイスが届いていた。
まゆさんをシートに押し込み、わたしも座る。
世川君は、下を向いている。
まずは、なにから始めようか。
なんで、わたしがこんなに気を使ってるんだろう。
いきなり、まゆさんと会わせるのは、失敗だったかもと思い始めている。
いやいや、世川君と、ふたりで会う方がダメだ。何言ってるんだ。
とにかく、喋ろう。
えーっと……
「アイス溶けちゃうよ?」
「あ、はい。食べます。ドリンクありがとうございます」
まゆさんは、チラチラと世川君を観察している。
なにか聞きたいことがあるのかもしれない。
なんだろう。いったいなんだ。
「世川君」
「はい」
「遺伝子とか好きなの?」
「はい。中3の頃から興味を持ち始めて、ネットとかで調べたりしてます」
「ふーん……」
遺伝子のことなんて、わたしは知らない。
だから、会話もすぐに終わった。
まゆさんも、興味を示さなかった。
まゆさんのグラタンが、テーブルに届いた。
スプーンですくいあげ、念入りに息を吹きかけてから口に運ぶ。
そこでようやく、まゆさんの表情が緩んだ。
そして喋った。
「ん。おいしい。やっぱり和食がいちばんだ」
「グラタンて、和食だっけ」
「この味付けは、日本じゃなきゃ食べられない。量も丁度いい」
「ふーん……」
「あ、あの……」
「うん?」
世川君が、まゆさんに視線を向けている。
「まゆさんは、アメリカに住んでいるのですか?」
「ん……留学中。っていうか、予定」
「留学? 大学生なんですか?」
「ん。ボストンの大学」
「あの……ボストンの大学って、もしかして?」
「ボストン工科大学。まだ入学してないけど」
「え、ええ……えぇぇぇ! あの、学科は?」
「なんだっけ……スペック・ソーシャル・サイエンス、だっけな」
「……そんな学科あるんですか」
「ん。エリート学科だから、普通は入れないし、見えないよ」
「見えない? まゆさんは、エリートなんですか?」
「んー……わかんない。まだ入学してないし」
「あの、ちょっと教えてほしいんですけど、もしわかるなら……」
世川君が、ナップザックのジッパーの音をたてて、中からタブレットを出した。
しばらく画面を操作してから、テーブルの上へ。
すべて英文。
挿絵は、どこにもない。
かろうじて、タイトルくらいは読める。
ARCのタンパク質構造。
読めるだけ。その意味はもちろん、その下の文章も、ちんぷんかんぷん。
まゆさんも、興味無さげに、画面に視線を向けていた。
「ん? なに?」
「この部分の意味がよくわからなくて……」
「ん……逆転写型RNA。これはね、エピジェネティック修飾って言って」
ふたりの会話は、まったくわからなかった。
わかるのは、まゆさんが、普通に喋っているということ。
とにかくこれで、まゆさんと、世川君の壁は、ひとつ突破した。
もう気をつかわなくていいのかもしれない。
「……変化したんじゃなくて、読み取り方が変わるってこと」
「なるほど。すごい……すごいです」
「ん。ボストンでは常識」
まゆさんは、どこの惑星のボストンの話をしてるんだろう。
「セガーだっけ」
「はい。せがわです」
「いま何歳?」
「15です。高校1年です」
「ん。もっと励め。ボストンに推薦してあげる」
「え、本当ですか」
「まだわたしも、入学してないけどね」
「みきさんと、まゆさんは、カウント22なんですか?」
「どこまで説明してるのみきさん?」
「まだなんにもだよ。これから」
「そっか。セガワは、カウント21だっけ?」
「はい」
「21が初めて?」
「そうです。カウント20は、父がやってました」
「じゃあ、お父さんのデバイスを貰ったの?」
「はい」
「21は楽しい?」
「エレメント・ノードまでは行きましたけど、英会話ができないので、メモリアにこもってます」
「読み書きはできるの?」
「英語の読み書きは覚えました」
「ん。じゃあ、死のう」
「え?」
「死ね」
「はい?」
「死んでカウント22でリスタートして、みきさんを助けてあげて」
「ぶっ……あははッ、あははは」
なんだかわからないけど、笑いがこみあげた。
「セガワ」
「はい」
「カウント22なら、みきさんがいる。日本語で会話もできる。ついでに英会話も覚えよう。ボストンに行きたいなら、それも必須課題だよ」
カウント22では、英会話はほとんどしていない。
共通語は、ドイツ語なんだけど。
それは、いまは、どうでもいいね。
「わ……わかりま……した?」
「魔法は使えるの?」
「使えません。どうしたら使えるんですか?」
「わかった。それも教える。ボストンに行きたいなら、魔法も必須課題」
「えっと……大学の課題なんですか?」
「セガワも科学者を目指すなら、感覚ではなく理屈で魔法を理解しろ。実践ではなく、紙とペンで魔法を覚えろ」
「はぁ……できるんですか、そんなこと?」
「っふふ、なんか面白い」
「セガワも、みきさんといっしょの方が、楽しいでしょ?」
「それは……わかりませんけど、メモリアでもNPCの友達とかいませんし」
「ん。わたしと同じだ。才能ある」
「なんの才能かなそれ?」
「みきさんのカウント22は、何日進んでるんだっけ」
「えーっと……20日くらいかなぁ」
「まだ、そんなもんなんだ。じゃあぜんぜん間に合うね」
「合流はしやすいと思うけど」
「みきさん、ギルドマスターなんでしょ」
「そうみたい」
「ギルマス? すごいですね、みきさん」
「でも、10人くらいだよ」
「10人も……すごいです。ぼくには、絶対に無理ですそんなの」
「セガワは、なるはやで、カウント22のみきさんと合流しろ」
「やってみますけど……あの、死ぬんですよね、ぼく?」
「次ログインしたら、崖から飛んでみよう」
「それは……ちょっと怖いです」
「じゃあ、楽なやつを考えよう」
「……はい」
それから、ふたりは、ファミレスで妙な相談を始めた。
平たく言えば、カウント21から楽に退場する方法。
その楽なやつを考えている。
だから、それってつまり……
「あのね、世川君」
「はい?」
「来てくれたら、みきも嬉しいけど、ムリしなくていいからね?」
「いえ。すぐにみきさんのところへ行きます。がんばります」
「ん。どうせなら、メモリアの英雄としてライフを使おう。その方がいい」
「はい!」
ライフ。ライフね。
弾に当たったら、HPが減るやつ。
「じゃあさ、セガワのメモリアには、伝説の魔獣とかいる?」
「えっと……NPCともあんまり会話してないので……わかりません」
そうだ。そうだよ。
ゲーム的に考えよう。
そうだこれは! リスポーンだ!
「あ、そうだ、世川君」
「はい。みきさん」
「どうせなら、ワインを保管してから退場してみて」
「……はい?」
これでわたしも、25年物ワインが手に入る!
わたしは呑まないけどね。




