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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
557/578

6.6.08


 4月23日。日曜日。


 時間はお昼過ぎ。

 信じられないことに、雨が降り出していた。

 だから待ち合わせ場所を、駅の中に変更した。


 世川君にも、変更の連絡を送ったけど、返事もなければ既読もつかない。

 そういえば、スマホ持ってないって言ってたっけ?

 大丈夫かな。


 わたしが着いたのは、待ち合わせの5分前。

 すでにまゆさんは、そこで待っていた。

 すごく久しぶりに感じたけど、よく考えたらまだ3週間も経っていない。


 今日も家着みたいなパーカーと、同じ色味のスウェットパンツ。

 ちょっとコンビニではなく、もっと近くの自販機へ行くような服装。

 フードを被り、背中にナップザックを背負っている。

 地味すぎだ。

 帰国した女子大生予備軍のコーデではない。


 それでも、衝動が湧き上がる。

 ルシアが、頻繁にわたしにハグを求める理由が少しわかった気がする。

 わたしは我慢するつもりだったけど。

 手を振りながら駆け寄ると、まゆさんもわたしも、お互いに我慢できなかった。

 わたしと、まゆさんは、10秒くらい無言でハグした。


「まゆさん、かわんないね」

「ん、でもなんか、1年ぶりくらいな気がする」

「ずっとひとり暮らしだもんね」

「ん……それはこっちと、あんまり変わんないけど。やっぱ生活はぜんぜん違う」

「そうだよね。わたしには想像つかないなぁ」

「知らないヒトばかりのところって、ツラいよね」

「あー……それはキツイ……知ってる」

「ん。ムリ」


「今日、どうしよっか。なんにも決めてないんだけど」

「みきさん、ごはんたべた?」

「たべてきたけど」

「わたし、まだだから、ファミレス行きたい」

「ファミレスでいいの?」

「日本のファミレスは、めちゃくちゃ美味しいってことを痛感した」

「そうなの?」

「とにかく行こう。駅ビルのやつでいいよ」

「うん!」


 って……忘れてる。


「まって、まゆさん。待ち合わせしてるから!」

「あ、そっか。なんだっけ。セガールだっけ」

「世川君だよ!」


「あの……こんにちわ……世川です」

「あ、いた」


 世川君が来たのは、待ち合わせ時間ピッタリ。

 たぶん、数秒しかズレていない。


 雨だろうか。少し肩が濡れている。

 世川君は、グレーのジップパーカーだった。

 その下にも、グレーのシャツを着ている。

 そして、服よりも地味な、ナップザックを右手に提げている。


「世川君、待ち合わせ場所変更したのわかった?」

「いえ……知りません。でも外は雨だし、みきさんの姿が見えたので」

「そっか、よかった」


 色があるのに、色がないのと変わらないくらい地味だ。


「あ、それでね、この子が友達のまゆさん」

「……まゆ……です」


 ああ……まゆさん。

 コミュ障全開だ。

 さっきまでの勢いはどこ。


「と、とにかく行こ。世川君はお昼食べた?」

「はい。食べてきました」

「じゃあ、ケーキかアイスでも食べに行こっか」

「は……はい」


 駅ビルの中に入り、エレベーターへと向かう。

 まゆさんは、わたしの左腕を掴み、びったりと後ろを歩いた。

 数歩遅れて、世川君もついてくる。


 エレベータに乗り、ボタンを押してファミレスのあるフロアへ。


 まゆさんは、わたしの影と同化した。

 世川君とは、狭いエレベータの端と端。

 その距離は、無関係に居合わせたヒトと変わらない。

 ダレも、ひとことも喋らない。


 なんなの、この空間。気まずい。


 とにかくファミレスへ。

 千円くらいしかもってないわたしが、3人ですと告げて、席に案内された。


 わたしとまゆさんは、隣り合って座り、世川君はその向かい。

 壁際のメニューを拾って、まゆさんの前に広げた。


 まゆさんが、なにか言ってる。

「え? なに?」

「……が、……すから……」

「え? から揚げたべるの?」

「わたしが……出すから、好きに食べて」


「えー!」


 実はわたし。

 まゆさんが、おカネを払ったところを、まだ見たことがない。

 以前は、おにいちゃんが払っていたし。いないときは、おにいちゃんからもらったおカネで、わたしが払っていた。

 まゆさんは、大金持ちのご令嬢なのに、おカネを払わない!

 って言うかたぶん、おカネというものを知らなかった!


「まゆさん、おカネの存在を、やっと理解したんだね。すごい!」

「ん……ボストンでは、それが普通」

「いや、日本でも同じだから!」


 まゆさんが奢ってくれるというので、わたしはプリンとチーズケーキのセット。

 世川君は、アイスクリームのセット。

 まゆさんは、グラタンとサラダ。

 せっかく日本に帰ってきたのに、それでいいのか。

 とりあえず、注文を済ませた。


 ドリンクバーへ行こうと立ち上がると、左腕にしがみついたまゆさんの重み。


「世川君は、なに飲む?」

「あ、あのじゃ、ほうじ茶で」


 まゆさんを引っ張り上げて、ドリンクバーへ向かった。


「まゆさん、コミュ障、改善したんでしょ」

「ん……日本人相手はまだ慣れてなかった」

「ここも、ニフィル・ロードだと思えばいいじゃん」

「ん、そうか。セガ君も、デバイス持ってるんだよね」

「それを聞きにきたんでしょ今日。あと世川君ね」


「ん……善処する」


 もう。

 ホントに女子大生なのかな。

 ぜんぜん変わってないよ。


 まぁいいケド。

 まゆさんも、世川君も。

 服装も存在も地味だけど。


 この世界で数人しかいない、カラフルなふたりだ。




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