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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
553/561

6.6.04


 4月19日。水曜日。

 今日は、さらに早く学校へいく。


 家を出る時間を30分早める。

 早起きして、手早く支度を済ませた。

 お母さんには、朝、係りの用事があるからと事前に告げている。


 お母さんも、30分早くおきて、お弁当を作ってくれた。

 ごめんさい。ありがとう。


 お弁当を受け取り、家を飛び出す。

 駅に辿り着く時間をさらに5分短縮。

 息を荒げて、汗ばみながら、電車に駆け込む。


 いつもより、3本早い電車に乗った。

 遅刻するわけでもないのに、とにかく急いだ。

 走り出す電車の中で、呼吸を整える。

 少し汗ばみ、髪も乱れている。

 ガラスにうつる自分を眺めながら、前髪の位置と、リボンの角度を調整した。


 え……?


 ガラスに並ぶ、肌色の顔がふたつ。

 顔を左に向けると、それに合わせて、顔を背けた男子生徒のうなじと右肩。


 せがわ君だ。

 間違いない。

 わたしのすぐ隣に立っていた。


 髪は短髪。

 身長は、わたしよりも10センチくらい高い。

 スリムを通り越した、やせ型。

 そして、不健康そうな白い肌。


 ふと気になって、同じ学校の生徒はと、周囲をみわたす。

 遠くにひとり。部活の朝練に向かうらしき、ジャージ姿の男子生徒が、スマホを眺めているだけだった。


 せがわ君は、わたしのすぐ隣にいる。

 距離は1メートルもない。


 周りからみたらこれは、たぶんきっとそう。


 違う。違うの。

 勘違いしないで。これはそういうのじゃないから。

 せがわ君に近寄りたかったけど、そういうんじゃない。


 でも、嬉しい。

 わたしは、嬉しかった。

 灰色の世界で見た、久しぶりの色のついたヒト。

 それが、こんな近くにいる。

 電車の窓に、ふたり並んで映っている。


 着ている服は灰色の制服だけど、顔や首、袖から見える手首の色は、肌色だ。


 色がついているのは、どうして? なんでなの?

 聞きたい。知りたい。


 カバンの中で、スマホが震えた。

 なんだろうと、取り出すと、まゆさんからのメッセージの着信。

 知らせたい。まゆさんにもおしえたい。


 でも、その前に!

 声をかけよう。勇気をだして。

 何語がいいかな。英語? ドイツ語? それともフランス語?

 挨拶だけなら、アラビア語と、ギリシャ語も覚えた。


 なに言ってるの。日本語でいいよそんなの。

 勘違いで気取った、アホの子だと思われちゃうかもしれない。


「せがわく……」


 いない……

 電車のドアが開いている。

 こんな駅で降りるヒトなんて、数人もいない。降りる理由がない。

 なのに、せがわ君は、その向こう。


 これはまた……逃げられる!


 わたしも電車から駆け降りた。


「せがわ君!」

 階段へと向かうせがわ君を呼び止める。

「待って、ちょっと待って! 逃げないで!」

 彼もようやく、足を止めた。

 やっとだ。やっとせがわ君に、声がとどいた。


「なんですか……なにかごようですか?」


 階段の上を向いたまま、せがわ君が答えた。

 声は普通だ。

 少し早口だけど、小さくも大きくもなく、よく聞き取れる。

 焦っているわけでも、怖がっているわけでもない。

 冷静で、淡々とした声。

 駅員さんに声をかけたのと、大して変わらない返答。


「えっと、あの……」


 なに。どうすればいいの。

 コクるの? わたしコクるの?

 ちがう。それは断じて違う。

 ああ、ルシア、ソフィア。おしえて。助けて。

 こういうとき、なんて言えばいい?

 そのまま聞けばいいの?


 わたしは思った単語を、そのまま口に出した。


「なんで、色がついてるの?」

「……はい?」


 横を向いたせがわ君が、顔だけこちらを向いた。

 どこからどうみても、普通の日本人。

 やせ型で、強風に飛ばされそうな体格。

 量産型の男子高校生。


 目が合ったが、せがわ君はすぐに目を逸らし、下を向いた。


 色の質問しても、無意味だ。

 それは、わたしにしかわからない領域だ。

 だから、質問を変えた。

 あの世界なら、だれでも知っている単語。


「ワールドカウント、いくつ?」

「えっ……」


 せがわ君は、メガネじゃなくて、コンタクトだ。

 瞳が、だぶついて見える。

 でもその周りの毛細血管の赤。

 瞳に映る駅の景色にも、色がついていた。

 この駅、こんな色だったんだ。知らなかった。


 わたしの質問は、届いたのだろうか。

 理解できたのだろうか?


 せがわ君が、答えた。


「にじゅう……いち」


 まだ足りない。

 実は、留年しまくって、21歳なのかもしれない。

 異様に若く見えるだけかもしれない。

 あとひとつ、あとひとつのキーワードを確認しよう。


「せがわ君のメモリアは、どんなところ?」


「あ、あの……」

「うん?」

「ここじゃちょっと……まずいかも」

「えぇ?」


 せがわ君が見上げる階段の先に、制服を着た男子高校生。

 同じ学校だ。


 たしかに、まずい。色々と。


 せがわ君は、その場でカバンを開けて、ペンとノートを取り出した。

 スラスラと何かを書いて、ノートを引きちぎる。


「これ」


 半分に折りたたんで、わたしに向ける。

 受け取るとすぐに、わたしから離れた。

 階段は昇らず、スタスタと早歩きで、ホームを歩いていく。


 紙を広げると、書かれていたのは、丁寧な文字。


 図書室。放課後。

 通路と、書架番号?

 『遺伝子の基礎原理』……50ページ。


 うん?

 放課後の待ち合わせの場所かなぁ?


 50ページで?



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