6.6.02
目の前の、色のついた男子生徒。
それが、イジメの標的になっている。
事情に介入するつもりはなかったが、色がついている理由が知りたい。
すぐに立ち去るよりも、その気持ちが勝っていた。
「ねぇ」
「あ、みきちゃん」
「悪口って、どんなこと?」
「さゆちゃんの、弟の悪口」
「弟……?」
「バカとか、嘘つきだとか、先週から何回もだよ」
「ふーん。SNSとか、やれないからわかんないけど」
「あ、みきちゃんて、親がうるさいんだっけ?」
「うん。毎日チェックされるから、SNSとかはやれない」
「うわぁ。きびしー。メールとかも見られる系?」
SNSは、やってないことにしている。
実際、メッセージのやりとりにしか使っていない。
こういうことに巻き込まれるのを避けるためだ。
お父さんが、わたしのSNSとかを、気にしているのもホントのこと。
警備会社で働いていると、そういうのが気になるらしい。
お父さんがわたしのスマホをチェックしたりはしないけど、お父さんに許可をもらって、そういうことにしている。
わたしも言い訳できるし、お父さんも安心だから、いいアイデアだった。
この男子生徒は、どうなんだろうか。
心が抜け落ちたような印象だけど、SNSで悪口とかするんだろうか。
っていうか……この男子。
学年章が、1年生だった。
体格は、どっちかっていうとやせ型。
言ってしまえば、パっとしない、量産型の男子。
その1年生を捕まえて、2年生の女子生徒が寄ってたかって……
ヒドイのはいったい、どっちなんだ。
それにしても、ずいぶん落ち着いた顔をしている。
ぼーっとしているというか、心ここにあらずというか。
その表情が、女子生徒の感情を、ますます逆撫でしているようにも見える。
でも、この男子。
どうして色がついているんだろう。
知りたい。聞きたい。
この男子も、もしかして……ニフィル・ロードに?
気になる。
でも、ここで聞くのは論外だ。
かといって、助けてあげることもできない。
その勇気も、気概も、わたしにはない。
そもそも、どちらにも加担したくない。
真ん中の女子生徒が、男子に言った。
「せがわっ、スマホ出しなよ。触りたくないから、自分で出してよ」
「だから、ぼくは……スマホは、持っていません」
その男子の口調は、教科書を朗読しているかのようだった。
「マジで言ってんの? どうする? 服全部脱がす? 触りたくないけど」
「ほんとうです。頭が痛くなるので、スマホは持っていません」
『せがわ』が、この男子の名前なのかな。
やはり、ずいぶん落ち着いてる。
イジメられているというより、先生の話を聞いているような顔。
せがわ君を見る限り、ほっといても大丈夫そうな気がした。
まさか、2年生の女子が、1年生の男子に暴力を振るったりもしないだろう。
「みきちゃん、それ重くない?」
「あ……うん。重い」
「置いてきたら?」
「うん。そうする。じゃね」
ごめんね。せがわ君。
わたしには、君を助けることができない。
それも、この魔境で、いい子を続けるためのコツ。
代わりに、先生を呼んできてあげるから。
もう少し、がまんしててね。
でも、わたしが呼んできたってバレないように、工夫はする。
今日は書道部がある。
職員室には直行せずに、途中で校舎へ。
美術室のドアを静かに開けると、教壇に顧問の姿。
おじいさんの、古文の先生。
わたしは、段ボール箱の中の冊子を1冊取り出し、美術室の中へ。
突然入ってきたわたしに、先生が視線を向た。
書道部員はみんな真剣に、筆を動かしている。
わたしに気付いたのは、たぶん先生だけだ。
先生に、冊子を見せる。見せただけ。
この先生には、なんの関係もない、理科の課題本。
「どうした? なんだいこれ」
「あのね……」
小声で、手短に、先生に事情を話す。
先生はすぐに教室を出て、現場へ向かってくれた。
これでいい。
わたしは職員室へと向かい、部屋に入って、段ボール箱を教員机の脇に置く。
隣で座っていた女性の先生に言伝を残し、わたしは職員室を出た。
あとは家に帰るだけ。
教室にカバンを取りに行く前に、さっきの校舎裏へ寄ったが、もうダレもいなかった。
せがわ君の姿もない。
明日、探してみよう。
いまのところ、色のついたヒトは、他にだれもいない。
簡単に見つけ出せる。




