6.6.01 - あの世界の色
学校は魔境だ。
生と死がすぐ近くにある世界のほうが、まだマシだと思う。
あの世界の住人は、自分の死だってすぐ近くにあるのに。
それすらも当然のことのように、日々を懸命に生きている。
その瞬間が訪れるまで、ダレかのためにあろうと、足掻いている。
わたしにはなぜか、死が身近にある場所ほど、生きる姿が眩しく見えた。
わたしは、あの世界で、それを体験し続けてきた。
ニフィル・ロードとはそんな世界だ。
だからこそ、学校という場所が、魔境に感じる。
ここには、生も死もない。
あるのは、退屈と抑制。
常識と非常識。
そして敵と味方。
この魔境に潜んでいるのは、ヒトの心に寄生する悪魔。
そんな魔境で、わたしは、みんなと仲良くしている。
常識と非常識の狭間で、敵を作らずに生活している。
そのほうが楽だから。安全だから。
ダレかに寄り添うふりをすればいい。
すると、べつのダレかが孤独になる。
ダレかを擁護すれば、べつのダレかが追い詰められる。
どうでもいい。
わたしも、悪魔のひとりで、もしかしたら、最悪の悪魔だ。
だって、この世界の住人は、ダレもカレもが、灰色にしか見えないのだから。
わたしは毎日、その曇った目で、この世界を眺めている。
家で。電車で。商店街で。学校で。
練習した笑顔を浮かべて、安全な場所から眺めているだけ。
だれかが傷ついても、どうでもいい。
わたしが傷つけたわけじゃない。
わたしが泣かせたわけじゃない。
ぜんぶどうでもいい。
それでも、マレに。
色のついた人間を見つけることがある。
身近なところだと、おにいちゃん。
それと、まゆさん。
パパとママもそうだった。
おにいちゃんは、パパとママと同じで。
物心ついたときから、色がついていた。
まゆさんは、最初は灰色だったけど、途中から色がついた。
ヒトが多いところへ行くと、それ以外にも見かけることがある。
ほんとうに、極僅かだけど、色のついたヒトが歩いている。
男のヒトもいれば、女のヒトもいる。
でも、ぜんぜん知らないヒト。
大抵は、歳をとったヒト。
色のついた若いヒトは、めったに見ない。
色のあるなしの理由は、なんだろう。
ニフィル・ロードに参加しているからだと思っていた。
でも、スカイツリーで見たソフィアは、灰色だった。
この世界で見たルシアも、灰色。
だから、わからなくなっていた。
まゆさんに相談してみようと思ったこともあるけど。
まだ、言えてない。
だって、世界が灰色だなんて。
ダレにも言えないよ。
放課後。
先生からの頼み事を引き受け、わたしは段ボール箱を抱えて歩いていた。
理科室の教材を職員室へ届ける。それだけのこと。
体育館へと続く渡り廊下に出て、近道だからと、中庭を横切り校舎の裏へ。
地面の大部分はコンクリート。
それでも、隅っこにハルジオンのお花が咲いている。
色がついて見えるのは、ソレだけ。
あとはぜんぶ、灰色の世界だ。
そこでわたしは、イヤなものを視界に映した。
とはいえ、よくある光景。
学校は魔境だ。
複数の女子生徒が、ダレかを囲んでいる。
女子は見たことがある。
同学年だ。たしか隣か、その隣のクラスの女子生徒。
不必要に関わるつもりもない。関わりたくない。
別の道を行こうとして、向きを変えたら、ドンとぶつかった。
段ボール箱を落として、中の教材をぶちまけた。
どこかの野原の、どこかの白黒写真。その表紙がついた冊子が、バサバサと地面に落ちる音。
「あ、ごめんなさい」
とりあえず、先に謝る。
それも、魔境で生きるためのコツのひとつ。
顔を上げると、ふたりの女子生徒。
同学年だ。たしか隣か、その隣のクラスの女子生徒。
「あ、えっと……みきさんだっけ? 大丈夫だよ。こっちこそ、ごめんね」
「うん」
教材を拾い集めて、段ボール箱に戻す。
ぶつかった女の子もその友達も、しゃがんで拾うのを手伝ってくれた。
「あいつね、SNSで、悪口言ってたんだって」
「ふーん。それはイヤだね。ヒドイね」
たぶん、あっちで繰り広げられている、修羅場のことだろう。
この子たちも、まざるつもりなのだろうか。
わたしには、親切にしてくれる。
でも、道を外したダレかまで、親切にしたりはしない。
「ありがと」
この子、名前なんだったっけ。
段ボール箱を抱えなおし、歩きだそうとしたところで、女の子が言った。
「職員室でしょ? こっちのほうが近いよ?」
「あ、うん。そだね」
いや、たしかに近いけど……そっちは遠い。
近寄りたくない。
でも、ここで引き返したら、なにを言われるか。
だから、校舎裏の道を辿る。
これも、魔境で生きるコツのひとつ……
取り囲んでいるのは、何人だろう。
見るつもりはなくとも、視界に入る。
4人か5人。ふたり増えて、7人くらい。
真ん中にいるのは。
男子生徒だった。
知らない生徒だ。
地面の上で、正座している。
わたしは、立ち止まった。
段ボール箱を抱えたまま、その男子生徒を見た。
目が離せなかった。
泣いているわけではない。
暴力を振るわれたような形跡もない。
制服も汚れていない。
でも、問題は、そこじゃない。
色が……
ついていた。




