6.5.37 - ご令嬢の利用価値
ウィルツおじさんは、衛兵と言ったが。
入ってきたのは、薄汚れたチュニックと革ズボン姿のふたりの男性。
そのふたりが、ファルを引きずり、テントの外に出て行った。
わたしは、椅子に戻る。
ファルが座っていた椅子に、アルベールが座る。
ルシアと、タデクも、元の位置に戻っている。
フリッツもテントの中へ。
アルベールの前のお皿とカトラリーを、すべて新しいものと交換した。
「ファーリスには、私も少々、頭を悩ませていたところだ」
「ふーん?」
「彼が知人の息子だというのは本当だ。知人はいま、ベルギー領コンゴに単身で派遣されている最中でな。ブリュッセルに残した息子の面倒を見てくれと頼まれている。だがあの性格だ。どうしょうもない」
「コンゴ?」……どこ?
「知人は元軍人だが、派遣先で莫大な富を築いている。私もその資金洗浄に協力している。そしてファーリスは、その父親が稼いだ資金を、好き勝手に浪費しているだけのバカ息子だ」
「お金持ちなんだね」
「父親も含めて、カネ以外に価値のないクズだがな。しかしカネはある。利用価値はそれだけだ」
アルベールに、最悪だと言われるウィルツおじさん。
そのウィルツに、クズだと言い捨てられるファルさん。
目くそ鼻くそという汚い言葉が、脳裏に浮かぶ。
「ご令嬢に、こっぴどく叱られて、少しはマシになってくれるといいんだがな」
「えー、もう、やだよそんな役」
「ッハハハ。いや、しかしアルベール」
「はい」
「貴様が見つけてきたご令嬢。たいしたものだ。ッハハハ」
「いや閣下。どうか、お手柔らかにお願いしたい」
「そうか。やりすぎたか。ッハハハハ」
テントの幕が開く。
入ってきたのは、カートを押すクララ。
「お飲み物をお持ちしました」
クララはワイングラスを下げ、アルベールとウィルツの右横に、タンブラーを置く。
それから、角ばったボトルを掴み、コルクを抜いた。
「青りんごのスコッチです」
クララがトポトポと、琥珀色の液体を注ぐ。
ボトルはアルベールとウィルツの間に置いた。
「ワインの時間は終わりか」
アルベールが言葉を返した。
「ファーリス坊やも退席しましたので、ワインは不要でしょう」
「ご令嬢は?」
その問いには、クララが答えた。
「姫殿下にはこちらの、チコリ・カフェラテを」
「うん。ありがと」
わたしだけ、木のコーヒーカップ。
湯気が立っている。
またテントの幕があがり、フリッツと、ハンナちゃんが入ってきた。
手にはお皿。
喋るのは、フリッツだ。
「チコリショコラのガナッシュと、モモのソテーでございます。
オーツ麦のガレットも、お好みでお召し上がりください」
「ほう。チョコレートかね?」
「チョコレートに似た菓子でございます」
「ほうほう」
今夜、初めて、教頭先生がほほ笑んだ。
あんな騒動のあとだというのに、作り笑いではなく、本当に喜んでいるように見える。
ハンナちゃんが、わたしのお皿を置いてくれた。
ヤバい。見た目だけで、もうめちゃくちゃ美味しそう。
ガナッシュは、トロトロのチョコのソース。
ガレットは、クッキーのような形をしている。
(みきちゃんのだけ、ちょっと甘くした。チョコいっぱいつけて)
(わかったっ。フフフッ)
フリッツだけ部屋の右端に残り、ハンナちゃんとクララはテントから出て行った。
ウィルツは、ウィスキーの入ったタンブラーを傾けたあと、チョコソースのついたモモのソテーをフォークで突き刺し、口に運ぶ。
うんうんと頷き、口の中をカラにしたあと、またタンブラーを傾ける。
「いかがですか、閣下」
「素晴らしい。このデザートもだが、今夜は、素晴らしい食事を堪能させてもらった。この世界で味わうことのできる、最高級の食事と言っていいだろう」
「それはよかったです」
アルベールも、タンブラーを口に運ぶ。
なんだか、ものすごくオッサンくさい。
もう、ここからは、オッサン同士のウィスキーの時間だ。
わたしはいよいよ、必要ないかもしれない。
「アルベール」
「はい」
「レストランなど、バカげた提案だと思ったが、隠れ蓑としては上出来だ」
「恐れ入ります」
「ご令嬢」
「うん?」
「アルベールを、かならず知恵に連れて行ってほしい。頼めるかな?」
「いっしょに来てくれるなら、みきもうれしいよ」
「うむ。では頼むよ」
「でもまだ先だよね。1年か、2年後?」
「ほう。ご令嬢はこの世界にも詳しいようだな。1年は難しい。2年以内を目指そう。それまではレストランで、美味い酒と食事を堪能すればいい」
2年かぁ……長いなぁ……
「アルベール」
「はい」
「400万ジェノだ。食事の出来栄えと、今夜のご令嬢へのお詫びも含めてな」
「ありがとうございます」
400万ジェノ……
日本円だと、4000万円……
やっぱ、このヒトたち。
庶民の敵だ。
おじさんふたりがタンブラーを傾ける脇で、わたしはデザートを堪能した。
モモ、美味しい。
チコリのガナッシュソースも、完全にチョコの味だった。
甘さ控えめなぶん、いくらでも食べられそうだ。
ふと、ルシアの視線を感じて顔を向けると、ものすごい形相で、わたしが動かすフォークを目で追っていた。
わたしは令嬢。お姫様。
自由にしていいんだよね?
このデザートの扱いも、いつもどおりでいいんだよね。
チョコをたっぷりつけた、モモ。
それをフォークに突き刺して、ルシアの方へ向ける。
「ルシア。はい、あーん」
「メルシィ! ミキー! じゃなくて、姫殿下~!」
たぶん、マナーとしては最悪だ。
でも、ウィルツも、ニコニコしながら眺めている。
っていうかもう、ただの酔っ払いのおじさんになっていた。
だから、問題無しだ。
タデクはと、視線を向けると、まったく興味無さそうだ。
タデクは、甘いものが苦手。
おにいちゃんと同じ。
最後に運ばれたのは、ハーブティーとライ麦パン。
どちらも、口につけるのはわたしだけだった。
そこからは、おっさん同士の接待飲み会。
途中まで話を聞いていたが、面白くもなんともない。
そして、眠い。
たまらなく眠い。
ふと気がつくと、あたりは真っ暗。
わたしは、タデクの背中の上だった。
横で、ルシアがワインをラッパ呑みしている。
「運転手さん……噴水広場まで」
「オレは、駅馬車か」
自分で歩く気力がわいてこない。
もう、このままでいい。
とぎれとぎれの意識。
そこで、ルシアとタデクの会話を聞いていた。
どうやら、ディナーすらも今夜の小道具。
ウィルツが知りたかったのは、わたしの度量と、存在の価値。
料理の味はそのついで。
そんな推測を、ふたりは交わしていた。
噴水広場で降ろしてもらう。
そのまま、ふらふらと、おやしろへ。
そして、ベッドにダイブ。
髪飾りをつけたまま。
ドレスは着たまま。
ブーツも履いたまま。
わたしは、ログアウトした。
ログイン時間は、1時間43分。




