↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
548/558

6.5.36 - デザートが来る前に


 ルシアの笑みは、夕凪のようだった。


 たとえるなら、ホテルのフロントスタッフ。

 当たり障りのない表情。

 仏頂面でも、ヘラヘラ顔でもない。

 相手にどんな事情があろうと、なんとも思われない平坦な顔。


 困惑しているのは、おそらくファルだけ。


「ルシアだっけ。いまなんと言った? 美女だからと、使用人がつけあがるなよ?」


 ファルは、だんだんと状況を理解しながら、ついでに怒りを覚えていくようだった。

 ファルとしては、たんに親切にしようとしただけだ。

 なんでそんなこと言われるんだって、思っているのかもしれない。


「あのぅ、ファルさん。ご親切はうれしいけど、タデクもルシアも、大切な友人なので、そっとしておいてほしいな」


「それはもうどうでもいい。そのオンナに謝罪させるか、ここから摘まみだせ。ワインが不味くなったよ」


 なんかわたし。

 蜘蛛の巣に絡めとられたような気分。

 最初から、楽しいディナーは期待していなかったけど、こんなことになっちゃうんなんて。


 もう、帰りたい。

 そうだ、帰ろう。


「ウィルツさん」

「なにかな、ご令嬢」

「今後も、お友達として、ときどき会いにきてもいい?」

「もちろんだ。いつでも構わないよ」


「じゃあ、今夜は帰るね。ファルさんの気分を害したようだし」

「そうか。残念だが、仕方ないな」

「あ、でもデザートはおいしいから、食べてね」

「ほう、それは楽しみだ」

「いっしょに食べたかったね」

「この世界なら、またいつでも機会はある」


 また、ファルが声を荒げた。

「勝手に話を進められては困ります閣下。ご令嬢が、そのオンナやスラブの飼い主だというのなら、代わって令嬢から謝罪をもらえるだろうか」


 130年前のヒトの価値観て、こういうものなのかな。

 タデクはどうなのかと視線を向けたけど、タデクは、変わらず無表情だ。

 怒っているようにも見えない。


「タデク、いい?」

「どうかわたしのことはお構いなく。姫殿下」


 でも、鞘を支える手に、ものすごいチカラが入っているのがわかる。

 あのままじゃ、鞘ごと剣がひん曲がっちゃいそう。


「聞いておられるのか、ご令嬢?」

「えっと、ファルさんは、どうしてほしいの?」

「謝罪だ。それができなというのなら、そうだ。貴様ら3人、ぼくの配下になれ」


「そんなこと……するわけないじゃん」

「なぜ? 令嬢の待遇は、悪いようにはしない。使用人ふたりに関しては、さきほどの条件はすべて撤回し、奴隷だ」


 ダメだ、このヒト……

 もう、どうにもならない。

 帰ろう。逃げよう。


 わたしは、椅子から立ち上がる。

 デザートは、帰ってから、ハンナちゃんに作ってもらおう。


「ウィルツさん」

「うむ」


 スカートの端をつまんで、軽く頭を下げた。


「今夜は、帰るね」

「ではまた後日、仕切りなおそうか」

「はい」


 やっぱり、教頭先生は、いいヒトだよ。

 アルベールは、最悪な人物だと言っていたけど、そうは思えない。


 背を向けて、テントの出口へと向かう。

 そのまま帰してくれれば、よかったのに。

 ファルがまた邪魔をした。


 背後で大きな足音と、ガラスの割れる音。

 驚いて振り向くと、私の顔の前にタデクの左手。

 そのあと、ファルの声。


「謝罪もせずに、帰れると思っているのか。世間知らずのご令嬢だ。本当に貴族なのか?」


 タデクの左手が、赤い液体にまみれている。

 滴り落ちる雫を目で追うと、地面には割れたワイングラス。

 液体が、血なのか、ワインなのか。

 見分けがつかない。


 ファルに視線を向けると、彼も席から立ち上がっていた。

 テーブルの上に、彼のワイングラスはない。


「タデク?」

「姫殿下。お怪我はございませんか」

「みきもドレスも、なんともないよ。ありがとね」


 ファルが怒鳴り声をあげた。

「おい! 聞いているのか!」


「姫殿下」

「うん?」

 タデクはファルに視線を向けたまま、片膝をついた。

「抜刀の許可をいただけますか?」


 もう、どうして、こんなことになっちゃうの?

 これはそう、きっと罠だ。

 まさか、教頭先生が仕組んだ罠?

 だから、あんなの連れてきたの?


 ルシアが英語で言った。

「アルベール呼ぶ?」

「うーん……」


 ファルを見ると、わたしを睨みつけている。

 ウィルツは、ワインのグラスを揺すっている。

 関わるつもりがないようだ。

 おじさんにとっては、些細なことなのだろうか。

 それとも、わたしがどうするのか。試そうとしているのだろうか。


「ねぇ、ファルさん、このまま帰してもらえないの?」

「当然だ。謝罪をしろ」

「どうして?」

「ぼくを侮辱した」

「みきや、みきの友達は、侮辱されていないの?」

「使用人と、スラブになんの価値がある?」

「ファルさん自身には、どれだけの価値があるの?」

「その言葉が、ぼくへの侮辱だということが、まだわからないのか?」


 話しにならない……

 なんなの、このバカ。


「タデク」

「姫殿下」

「いいよ。ここは、みきにまかせて」

 タデクが掴む、ブルームシードのヒルトに右手を滑り込ませた。

「ちょ……姫殿下?」

 そのまま、引き抜く。

 そしてタデクをすり抜けて、前に出た。


「ご令嬢。剣を抜いてしまったら、謝罪では済まされないぞ。決闘でもするつもりか?」

「これはね、剣じゃなくて、杖だよ」

「はぁ?」


 最近覚えた新しい魔法を、また試そう。

 あのときは、尖った矢だったから、オオカミに致命傷を与えちゃったけど。

 これなら、どうだろう?


 わたしは、左手で髪飾りに触れた。

 今夜のこのしぐさは、不届き者を排除するサイン。

 カモミールの花を、ひとつもぎ取る。


 剣を持ち上げ、ヒルトを鼻の先に。

 垂れ下がる灰色の房飾りの先に、ファルが立っている。

 わたしは、そのまま目を閉じた。


(リュウタ。噛み殺しちゃダメだからね。ちょっと脅かすだけだよ)


 左手のカモミールの花を口元へ。

 そして、指から離し、ふっと息を吹く……


 目を開けると、カモミールの花が、歪みながら宙を舞っていた。

 何が起こるのか、わたしにもわからない。

 なにもイメージしてないからね。

 ただ、リュウタに、お願いしただけ。


 あとは、リュウタに任せよう。


 光を放ちながら、ひどく歪むカモミールのお花。

 ほんの2~3秒の出来事だった。

 テーブルの上のブーケも、下から吹き上げられたかのように、宙に舞った。

 プリムローズと、スミレの花。


 複数の花が、引き延ばされたように大きく歪む。

 タオルくらいの大きさになっていた。

 するとその空中のタオルから、突如、成獣の灰色オオカミが出現した。


 カモミールはリュウタの姿に。

 テーブルの周囲にも、4匹のオオカミ。

 みたことのある気がする2匹と、みたことのない2匹。


 リュウタを含めた5匹のオオカミが、肉球の音を立てて地面に着地すると、その勢いのまま、一斉にファルに襲いかかった。


 ルシアも、タデクも。ウィルツも。

 驚いた顔で、オオカミを目で追っている。

 ファルだけが、悲鳴を上げる。


「ひっ……っひぃ!!」


 ファルは逃げることもできず、その場で腰を抜かした。

 へたり込むファルに、5匹のオオカミが飛びかかる。


 リュウタは喉元へ。

 他の4匹は、両手、両足へ。

「うわあぁぁぁぁ、うわあぁ、わぁぁぁ!」

 群がるオオカミの背中とお尻の向こう側から、ファルの絶叫。


「ぎゃあああああ」

 その絶叫を最後に、静かになった。

 オオカミたちの動きもとまった。


 リュウタが、首だけ動かして、わたしに視線を向けた。

 匂いを嗅ぐようなしぐさで、鼻を持ち上げる。

 そして、すぅーっと、消えてしまった。


 口を開けて白目を剥いたファルだけが地面に残っていた。

 そのファルの上で、ふわふわとお花が舞い、服の上に落ちていく。


「タデク」

「お……おう……天使さん」


 言いながら、右手で十字を切るタデク。

 わたしは、タデクが支える鞘の中へ、剣を戻した。

 そりゃ驚くよね。

 わたしも、驚いた。なんで5匹も?

 リュウタも、怒ってたのかな。

 にしても、ちょっとやりすぎ。


 ウィルツはというと、いまだに椅子に座ったまま。

 視線をワインに戻し、笑みを浮かべながらまたグラスを傾けた。


 わたしは、寝そべるファルに近づいた。

 ファルは気絶していた。


 もう、このヒト。ホント、めんどくさい。

 わたしは、ファルの左腕をつかんで、ファルの頬っぺたを3回叩く。

 違ったので、次は右手を3回。

 出て来たログインデバイスを、ファルの左手で操作し、ファルをログアウトさせた。

 とりあえず、これで、6時間は安心だ。

 もう、ログインしてきてほしくもないけど。

 でも次会ったとき、驚かせたことは謝らないとね。


 立ち上がって、ウィルツの方を向く。

「ウィルツさん。お騒がせしました」

 ペコっと、お辞儀。

「ッハハハハ。構わないとも。いい余興を見せてもらった」


 散らばったお花を拾い集めて、カモミールといっしょに花瓶に戻した。

 悲鳴を聞いて駆け込んできたのか、テントの入り口にアルベールの姿。

 ふだんと変わらない無表情。


「閣下、なにか粗相がございましたか?」

「余興だ。気にすることではない」

「余興?」


 ウィルツは、グラスをテーブルに置き、パンパンと手を2回叩く。

 以前にも見た女性が、部屋に現れた。


「衛兵を呼べ。そこで寝てる男を、外に放り出せ」

「かしこまりました」



「さて、ご令嬢」

「うん? えっと?」

「ディナーを再開したいのだが、構わないかね?」

「えっ……えぇ?」


「アルベール」

「はい」

「客がひとり減ったんだが、代わりに君を招待しても構わないか?」

「はい。では、お言葉に甘えて」


「なら、ディナーを再開しよう。次はデザートだったか?」



 えーと……?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。