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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
546/558

6.5.34


 ファルは、向かって右側。

 ウィルツは、左側の椅子に座った。


 それから、ゴトゴトと木製の台車を押す音。

 クララが現れた。


「これは驚いた。令嬢が抱える使用人は、美女ばかりだね」


 ずっと、この調子なのだろうか。

 クララが使用人だなんて、思ったことはいちどもない。

 あ……でも、やってもらっていることは使用人かも……


 クララは無言で、3人の右横に、透明なワイングラスを置いていく。

 そのあと、薄くオレンジ色に歪むボトルをナプキン越しに掴み取る。


 最初にウィルツに。

 そのあとファルのグラスへと、順に中の液体を注いでいく。


 ウィルツが尋ねた。

「これは?」

「軽めの白ワインでございます」

「ほう」


 そのあとわたしのところへ。

 カートに乗せていた、別のボトルに持ち替える。

「姫殿下には、青りんごのクリアジュースをご用意しました」

「わぁ、ありがとう」


 注ぐ液体は、ウィルツらに注いだワインと、まったく同じ色味。

 注ぎ終わると、ウィルツがグラスを持ち上げた。


「それでは、今夜の料理と、ご令嬢の未来に」


 ずいぶん適当だなと思いつつ、わたしもグラスを持ち上げる。

 寄せて打ち鳴らすことはせず、互いに傾けるだけ。


 わたしも、グラスを傾ける。

 わたしに向いたファルの視線が、歪んだグラスに映っていた。



 あぁ、でもおいしい。

 普通に、純粋な青りんごのジュース。

 さすがクララだ。わかってる。

 いっき飲みしたい衝動をこらえて、ちょっとひとくち湿らせただけ。


 3人がグラスを置いたタイミングで、今度は、フリッツとミシェルが姿を見せた。

 フリッツは両手に。ミシェルは片手に、お皿を持っている。


 ミシェルがわたしの飾り皿の上に、小ぶりだが底の深いお皿を乗せた。

 フリッツも、ウィルツとファルの前にそれを置く。


「ラディッシュとカブのブレゼでございます」

 いつもの口調で、料理の名前を告げる。

 お皿を運び終えると、クララを残し、フリッツとミシェルはテントから出て行った。


 お皿には、ほんのちょっとしか乗ってない。

 ラディッシュが3切れ、カブが2切れ。

 その上に零れた緑色のピュレ。

 香るのは、複数のハーブと微かなバター。

 

 口に入れてみると、おでんのように、何時間も煮込まれたらしきカブと大根。

 ぐずぐずではなく、シャキッとした歯ごたえを残したまま、口の中で柔らかく崩れていく。

 最初はおでんかと思ったけど、味付けは、フレンチだ。

 うーん……

 わたしの味覚にはあんまり……

 もしかして、白ワインに合わせてあるのかもと、リンゴジュースを口に含むと……


 うん。よく馴染む。

 リンゴの酸味が、口の中の繊維に染み込んでいく。

 おでんの姿は最初から微塵もない。

 やわらかな野菜の食感で味わう、フルーティーなサラダ。

 さすがだ。さすがクララだ。そして、さすがミシェルだ。

 あのふたり、いったいどんな関係なんだ。

 そんな勘ぐりが浮かんでしまうほどの、サラダと青りんごの共演。


 ふと、思い出して視線を上げた。

 そうだ、ここ。いつもの拠点じゃないんだった。


 ウィルツは、上品に食べている。

 ワインとサラダを交互に口に運びながら、うんうんと頷いている。

 たぶん、美味しいんだろう。


「どうかね、ファーリス。味の感想は」


 ファルのお皿は、すでにカラだった。

 ワイングラスもカラになっていた。


「うーん。庶民の食べ物にしては、いい味かなぁ……あ、ワインは美味しいですね。もう少し辛口がよかったですけど。ソムリエの君、もう1杯もらえる」


「かしこまりました」


 庶民の……食べ物?

 これ、庶民の食べ物なの?

 じゃあ、どうすれば、上流階級の食べ物になるんだ。

 金粉でもかけるのかな。


「ありがとう、フロイライン」


 ファルが、じろじろとクララを眺めている。

 でも、クララのベストアングルは、その角度じゃない。

 なにもわかってないな、ファル。

 ワインが美味しく感じるのも、サラダが美味しいから。

 きっとそうだ。

 そんなこともわからないのか、このバカ息子。



「ところで、ご令嬢」


 ファルが、わたしに話しかけた。

 返事はせずに、にこやかな顔だけを向ける。


「ご令嬢は、フランス語も話せるらしいと聞いたんだけど?」

「うん。ファルさんもですか?」

「ぼくは、フランス語、ドイツ語。それとオランダ語」


 わたしは、フランス語で返答した。

「じゃあ、イケメンさん、ワインの味はどう?」

( Alors, BG, il te plaît, ce vin ? )


 ファルは、困惑した顔を浮かべて、フランス語で尋ねた。

「うん? ベージェ(BG)? なにそれ?」


 あ、やべ……


「えーと……ボーゴス( beau gosse )の略で、最近、社交界で流行っている言葉なんだけど。えへへ」


「へぇ。知らなかった。じゃあ今度、ギルドの女性たちにも使ってみるよ」

「あー……えっと、知ってるヒトは、少ないかなぁ~なんて……」


 だって、現代のSNSとかで流行ってる言葉だし……

 まぁいいや。

 同じ時代のフランス人女性くらい、いるよね?


「フランス語は、美しいよね。貴族の言葉だからね」

「そう? なの?」


 わたしの身近にあるフランス語は、野暮ったいルシアのフランス語と、最近だと、ホームレスみたいなピエールのフランス語。

 あれが貴族?


「ドイツ語なんて、使用人が使う言葉だからね」

「え……ふーん。そうかなぁ?」


 え……と……?

 それって、大丈夫なの?


 わたしはちらっと、グラスの反射越しに、ウィルツの顔を観察した。

 とくに、怒ってはいないようだ。

 さきほどと変わらないまま、ワインを口に運んでいる。



 なんだか、気まずさを感じたところで、次のサーブが始まった。

 ナイスだ。フリッツ。さすがだ。


「アンディーブの舟と、そら豆のムスリーヌでございます」


 お皿の中央に浮かぶ、2枚のアンディーブの葉。

 その舟の中に、ハーブの香りを放つソラ豆のクリームが詰め込まれていた。




 見た目は、食べ物というより、芸術作品だ。




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