6.5.34
ファルは、向かって右側。
ウィルツは、左側の椅子に座った。
それから、ゴトゴトと木製の台車を押す音。
クララが現れた。
「これは驚いた。令嬢が抱える使用人は、美女ばかりだね」
ずっと、この調子なのだろうか。
クララが使用人だなんて、思ったことはいちどもない。
あ……でも、やってもらっていることは使用人かも……
クララは無言で、3人の右横に、透明なワイングラスを置いていく。
そのあと、薄くオレンジ色に歪むボトルをナプキン越しに掴み取る。
最初にウィルツに。
そのあとファルのグラスへと、順に中の液体を注いでいく。
ウィルツが尋ねた。
「これは?」
「軽めの白ワインでございます」
「ほう」
そのあとわたしのところへ。
カートに乗せていた、別のボトルに持ち替える。
「姫殿下には、青りんごのクリアジュースをご用意しました」
「わぁ、ありがとう」
注ぐ液体は、ウィルツらに注いだワインと、まったく同じ色味。
注ぎ終わると、ウィルツがグラスを持ち上げた。
「それでは、今夜の料理と、ご令嬢の未来に」
ずいぶん適当だなと思いつつ、わたしもグラスを持ち上げる。
寄せて打ち鳴らすことはせず、互いに傾けるだけ。
わたしも、グラスを傾ける。
わたしに向いたファルの視線が、歪んだグラスに映っていた。
あぁ、でもおいしい。
普通に、純粋な青りんごのジュース。
さすがクララだ。わかってる。
いっき飲みしたい衝動をこらえて、ちょっとひとくち湿らせただけ。
3人がグラスを置いたタイミングで、今度は、フリッツとミシェルが姿を見せた。
フリッツは両手に。ミシェルは片手に、お皿を持っている。
ミシェルがわたしの飾り皿の上に、小ぶりだが底の深いお皿を乗せた。
フリッツも、ウィルツとファルの前にそれを置く。
「ラディッシュとカブのブレゼでございます」
いつもの口調で、料理の名前を告げる。
お皿を運び終えると、クララを残し、フリッツとミシェルはテントから出て行った。
お皿には、ほんのちょっとしか乗ってない。
ラディッシュが3切れ、カブが2切れ。
その上に零れた緑色のピュレ。
香るのは、複数のハーブと微かなバター。
口に入れてみると、おでんのように、何時間も煮込まれたらしきカブと大根。
ぐずぐずではなく、シャキッとした歯ごたえを残したまま、口の中で柔らかく崩れていく。
最初はおでんかと思ったけど、味付けは、フレンチだ。
うーん……
わたしの味覚にはあんまり……
もしかして、白ワインに合わせてあるのかもと、リンゴジュースを口に含むと……
うん。よく馴染む。
リンゴの酸味が、口の中の繊維に染み込んでいく。
おでんの姿は最初から微塵もない。
やわらかな野菜の食感で味わう、フルーティーなサラダ。
さすがだ。さすがクララだ。そして、さすがミシェルだ。
あのふたり、いったいどんな関係なんだ。
そんな勘ぐりが浮かんでしまうほどの、サラダと青りんごの共演。
ふと、思い出して視線を上げた。
そうだ、ここ。いつもの拠点じゃないんだった。
ウィルツは、上品に食べている。
ワインとサラダを交互に口に運びながら、うんうんと頷いている。
たぶん、美味しいんだろう。
「どうかね、ファーリス。味の感想は」
ファルのお皿は、すでにカラだった。
ワイングラスもカラになっていた。
「うーん。庶民の食べ物にしては、いい味かなぁ……あ、ワインは美味しいですね。もう少し辛口がよかったですけど。ソムリエの君、もう1杯もらえる」
「かしこまりました」
庶民の……食べ物?
これ、庶民の食べ物なの?
じゃあ、どうすれば、上流階級の食べ物になるんだ。
金粉でもかけるのかな。
「ありがとう、フロイライン」
ファルが、じろじろとクララを眺めている。
でも、クララのベストアングルは、その角度じゃない。
なにもわかってないな、ファル。
ワインが美味しく感じるのも、サラダが美味しいから。
きっとそうだ。
そんなこともわからないのか、このバカ息子。
「ところで、ご令嬢」
ファルが、わたしに話しかけた。
返事はせずに、にこやかな顔だけを向ける。
「ご令嬢は、フランス語も話せるらしいと聞いたんだけど?」
「うん。ファルさんもですか?」
「ぼくは、フランス語、ドイツ語。それとオランダ語」
わたしは、フランス語で返答した。
「じゃあ、イケメンさん、ワインの味はどう?」
( Alors, BG, il te plaît, ce vin ? )
ファルは、困惑した顔を浮かべて、フランス語で尋ねた。
「うん? ベージェ(BG)? なにそれ?」
あ、やべ……
「えーと……ボーゴス( beau gosse )の略で、最近、社交界で流行っている言葉なんだけど。えへへ」
「へぇ。知らなかった。じゃあ今度、ギルドの女性たちにも使ってみるよ」
「あー……えっと、知ってるヒトは、少ないかなぁ~なんて……」
だって、現代のSNSとかで流行ってる言葉だし……
まぁいいや。
同じ時代のフランス人女性くらい、いるよね?
「フランス語は、美しいよね。貴族の言葉だからね」
「そう? なの?」
わたしの身近にあるフランス語は、野暮ったいルシアのフランス語と、最近だと、ホームレスみたいなピエールのフランス語。
あれが貴族?
「ドイツ語なんて、使用人が使う言葉だからね」
「え……ふーん。そうかなぁ?」
え……と……?
それって、大丈夫なの?
わたしはちらっと、グラスの反射越しに、ウィルツの顔を観察した。
とくに、怒ってはいないようだ。
さきほどと変わらないまま、ワインを口に運んでいる。
なんだか、気まずさを感じたところで、次のサーブが始まった。
ナイスだ。フリッツ。さすがだ。
「アンディーブの舟と、そら豆のムスリーヌでございます」
お皿の中央に浮かぶ、2枚のアンディーブの葉。
その舟の中に、ハーブの香りを放つソラ豆のクリームが詰め込まれていた。
見た目は、食べ物というより、芸術作品だ。




