6.5.32 - 舞台袖
評議会の場所に辿り着く。
ディナー会場のテントの脇に、仮設の調理場ができていた。
鉄板が架けられた焚火。それと調理台替わりのテーブル。
わたしたちの拠点にあったものを、そのまま移動させたような様相。
ミシェルもハンナも、忙しそうに動き回っている。
それにしても。
あんなものを、ミシェルとハンナちゃんが運んだの?
と、不思議に思ったが、そうではないようだ。
少し離れた場所に、木製の台車が2台。
その近くで、建設現場でたまに見る、4人のタンクトップのヒゲマッチョが、ワインを片手に談笑していた。
「ミキ」
名前を呼ばれて振り向くと、アルベールが歩いていた。
あいかわらずの無表情。
左手に、煮詰めたアズキのような色の布を持っている。
「ウィルツが連れてくる人物が判明した」
「えーっと? 3人目のヒト?」
「君なら問題はないと思うが、少し伝えておく」
「問題?」
「男の名は、ファーリス・ファン・デル・アンデリーセン」
アルベールは、噛まずに言った。
長すぎる。覚えられません。
「えっと、ファーリス……でいいのかな」
「周りからは、ファルと呼ばれているようだ」
「ファル。ファル……」
それなら、覚えられる。
「初対面でファルとは呼ぶなよ。あの男はギルドマスターだ」
「ふーん、ギルドマスター?」
「ラ・シュヴァルリー・ロワイヤル・ドゥ・ラ・ローズ・ブランシュ」
「長すぎ……」
……フランス語かな。
えーっと……白薔薇王立騎士団。かな。
どこかの王子?
なんか、キモ……
「すでに百人近い構成員がいるらしい。そして7割が女性だそうだ」
「うわぁ……ファルは男のヒト? だっけ?」
「そうだ」
「うわぁぁ。もうなんか、どんなヒトか見えてきたかも」
「ベルギー人のバカ息子だが、嫌な顔は見せるなよ」
「そういうのはね、みきは得意だよ」
「念のため言っておくが、誘惑されたりするんじゃないぞ」
「それは絶対にないから、大丈夫。自信ある」
「タデク」
「おう?」
「それとルシア」
「うん?」
「君達の職場も、今夜はテントの中だ。着替えろ」
「着替える?」
アルベールが、あずき色の布をタデクに渡した。
「着替えが済んだら、ハラの音がならないように、なにか食べておけ」
「へいへい。そんじゃ、そこらへんで着替えてきますよ」
「ちょっと、私はイヤよ、外で着替えるなんて」
「フリッツ!」
アルベールが、調理場でウロウロしていたフリッツを呼ぶ。
フリッツは、走らず、強歩でこちらに近づいた。
小走りのほうが、ぜったいに楽だ。
「サーブまであとどのくらいだ」
「30分ほど頂いております」
「ルシアとタデクの着替えのサポートを頼む」
「かしこまりました」
「ふたりの着替えを10分以内に終わらせて、調理場付近に戻せ」
「ウィ、ムッシュ・アルベール。では、おふたかた。こちらへ」
ルシアとタデクが、フリッツに連れられて離れていった。
「さて、姫殿下」
「うい。むっしゅ、アルベール」
「君は私と、テーブルマナーの確認だ」
「ういぃぇ~」
わたしとアルベールは、立ち話のまま、テーブルマナーの確認。
ナイフやフォークのカトラリーは、外側から。
それと、食事中の置き方。食後の置き方。
もうお腹いっぱいですの置き方。
でも、残さずぜんぶ食えと、アルベールに言われた。
前回みたく、ワインが飲みたくないからと言って、誰かに回すなと念を押された。
今夜のディナーは、楽しい夕食会ではないのだ。
教頭先生と、ナルシストのOBに笑顔を向けながら、お料理を流し込む試練。
ギルドマスターとしての、仕事なのだ。
戦いなのだ。
うん。もう、帰りたい。
10分後。
アルベールと、調理場付近へ。
ドレスを着ているわたしは座れない。
裾が地面に触れるのもイヤだから、姿勢を崩すこともできない。
すでに、背中と、ふとももが痛い。
先にタデクが姿を見せた。
あずき色の服に着替えている。
もっさりとふくらんだカボチャパンツ。
ひざ下までキュッと締まった、黒いブーツ。
シャツも、ヒジまでもっさり、袖はぴっちり。
胸元からお腹まで、ジッパーのように連なるボタン。
中世の兵隊さんが着る、オフィシャル普段着みたいな恰好だ
「タデク、かっこいいよ。教会の警備員さんみたい」
「オレは……アルベール教の私兵にさせられちまったのか……」
「おまえの上司は私ではなく、ミキ姫殿下だ。服の色は19世紀の日本の色だ」
「……へぇ。これがね」
ルシアは、5分遅刻。
ルシアにしては、早い。
「ねぇ、ちょっと!
わたし、メイドさんなんだけど!
どういうつもりかしらアルベール!」
ルシアは、エプロンドレス姿に変わっていた。
下地はほぼ紺色。エプロン部分は白。
焚火の灯りに照らされると、こちらもあずき色に変わる。
本人は不満そうだが、ルシアはなにを着ても似合う。
「その姿で紛れるのが今日の指令だ。あまりウィルツをじろじろ見るなよ」
「ふーん……迷彩服なのね」
「隠れるのは森や砂漠ではなく、ディナー会場だからな。それとタデク」
「ヘアァ、アルベール」
「おまえは、剣の持ち込みは禁止だ。ハンナにでも預けておけ」
「わかってますよ、司教猊下」
「あとは……匂いをどうにかしたいな。臭いぞタデク」
「そうか? 普通だと思うが、川で洗ってこようか?」
「もう、その時間はない」
「あ、それなら、みきに任せて」
「なんだ?」
「ちょうどいいものがあるし」
髪飾りのカモミールのお花。
そのひとつに触れて、わたしは、目を閉じた。
数秒後。
わたしも、タデクも。ルシアも。
アルベールさえも。
滲みだしたのは、ほのかなカモミールの香り。
「ムッシュ・アルベール」
フリッツが呼んだ。
「時間か?」
「はい。準備が整いました」
「では行ってこい」
「え、あれ、アルベールは?」
「私は招待されていない。入れるのはミキと、付き人のふたりだけだ」
「え……」
「ルシア。なにかあれば、私を呼びに来い」
「ウィ、ムッシュ・アルベール」
「そんじゃ、ミキ姫殿下」
タデクまでもが、ニヤニヤとした顔を向け、わたしを姫殿下と呼んだ。
「お腰の剣は、わたくしめが、お預りいたします」
ああ……なんだか、不安まみれだ。
とにかく、いよいよ、ディナーが始まるテントの中へ。
「ミキ、サインは覚えてるかしら?」
「うん」
髪飾りには……もう触らない……
なんだか。
舞台袖から、演劇のステージに向かう気分だった。




