6.5.30 - 魔女の壺
翌朝。
タデクが戻った。
マントやズボンに、細い枯れ葉をたくさんくっつけていた。
顔には、こびりついた乾いた泥。
おでこやほっぺに、小さな切り傷もできている。
「捕まえたのは、これだけだ」
タデクが腕を上げると、革紐にぶら下がっていたのは、茶色くてモサモサの2羽の野鳥。
クチバシがトゲのように長いところをのぞけば、見た目はウズラに似ている。
フリッツが残念そうに言った。
「よく、捕まえていただきました……が、
2羽では、足りませんね……肉質の確認もできません」
「そうかよ。オレはもう寝る」
「ありがとうございました、タデク様」
「支配人!」
「ウィ? ミシェル?」
「2羽で足ります。その2羽、使わせてください」
「ご予約は3名ですよミシェル。2羽ではとても足りませんし、品質も不明です」
「メインの肉料理は、アカジカのフィレとロースで決めましょう」
「ヤマシギはどうするのですか?」
「ソースにしましょう」
「……なるほど……それは、とんでもなく贅沢ですね」
「よいですか?」
「今夜のディナーに間に合うということで、いいのですね?」
「間に合います。すぐに仕込みを始めます」
「わかりました。念のため、ジュドセールも用意しておいてください」
「ウィ、ムッシュ」
なんだか、よくわからない。
今日は、クララも、ハンナも、朝から大忙しだった。
だからわたしも、お手伝いをする。
明らかに人手がたりなようなので、邪魔者扱いもされなかった。
フライパンや、鍋を洗ったり、片付けの補助をするだけなんだけど。
ジュドセールというのは、シカの骨でダシを取るソースらしい。
説明だけだと豚骨スープのようなイメージ。
でも、フレンチだ。
ワインやバターで煮込むので、フォンドボーに近い。
フォンドボーはウシの骨。
ジュドセールソースはシカの骨。
そして、タデクが獲ってきた2羽のヤマシギ。
今回、これで作るのは、ソースだけ。
サルミソースというらしい。
使う部位は、なんと内臓。
途中までは、見ててグロテスクだったけど、鍋から香る匂いは独特だった。
ハーブの束から香る、ワインとバターで煮詰めた獣臭。
鍋の中はドス黒く、その様相は、まるで魔女の壺。
たぶんヤマシギから見たら、ミシェルは悪魔そのものだろう。
煮込むのには、とにかく時間をかけたいらしい。
かけた時間だけ味の深度があがるらしい。
そもそも、今朝つかまえたばかりのヤマシギ。
食性も、肉質もわからない。
美味しくなるかどうかですらも、博打なのだとフリッツはボヤいた。
運がよければ、サルミソース。
だめだったら、ジュドセールソース。
ミシェルがそこまでこだわる、サルミソースとは。
いったい、どんな味なのか。
お昼のまかないは、ソースの味見。
ルシアとディルと、3人で食べた。
煮込まれ続けていた、トロトロのモモ肉に、昨日と同じソースがかかっている。
まかないの次元を超えている。
お肉はさらに柔らかく、ソースの深みも、昨日よりも増している。
わたしにいったい、なにを判断しろというのか。
なにを言ってほしいのか。
でてくる言葉は「美味しい」だけ。
すでに、その感覚すらも、麻痺し始めている。
「これもどうぞ、みきちゃん」
ハンナちゃんも、朝から、駆けずり回っている。
出してくれたのは、モモの切り身だった。
軽くバターで味付けしているだけのようだ。
ジューシーで、単純な甘さ。
口に入れると、やはり悶えるだけだった。
「マドモワゼル」
「はい……」
「お食事が終わりましたら、ディナーへのご出席の準備を始めましょう」
「準備?」
「お着替えの前に、ご入浴……と言いたいところですが、この場所にはシャワーもバスルームもありません。メモリアでそういったことができる場所はございますか?」
無い。
やるとしたら、バケツに水を汲んで、おやしろでカラダを拭くくらい。
想えば、今日で連続ログイン7日目。
体臭は魔法で消せるけど、汚れは落とせない。
昨日のうちに、ログアウトしておくべきだったかもしれない。
わたし……汚い……のかな……
それを聞くのは怖いので、ここは素直に返しておく。
「メモリアで水浴びしてくる」
「かしこまりました。それではタオルと、石鹸をご用意いたしますのでお待ちください」
石鹸……
フリッツは、小さなカゴを持って戻る。
たたまれた厚手のコットンタオルと、ローズマリーが香る黒々とした物体。
これが、石鹸なのか。
川から拾ってきた石ころみたいだ。
「いい香りですわね。ミキさん」
「ミキだけ、お姫様待遇なんてズルいわね」
わたしだって、こんなの渡されて困惑中なんだけど……
「ルシアとディルにも、あとで貸してあげる」
「マドモワゼル。これも、ギルドマスターの業務でございますので」
そうだった。
わたしはギルドマスター。
みんなの生活のために、わたしもがんばる!
「わかった。がんばる!」
「その意気でございます。マドモワゼル」
ギルドマスターが楽な仕事だなんて、嘘だ。




