6.5.29
昼を過ぎてから。
わたしは、メモリアへ行った。
すぐ近くの家に寄って、レクサムコンフィからモモを受け取る。
自分で選ぶかと聞かれたが、良し悪しなんて、見てもわからない。
兄弟に任せた。
今日も受け取ったのは10個のモモ。それと5個のレモン。
拠点に戻り、それをハンナとミシェルに手渡した。
昨日のモモも、まだいくつか残っている。
なので、切り分けて、大工さん達への差し入れ。
ムキマッチョの大工さんたちが、美味しそうにモモの切り身を口にいれていた。
その後は、川の水を汲んで野菜を洗ったり。
使い終わったナイフやボウルを洗ったり。
ミシェルたちのお手伝い。
今日は、邪魔者扱いされなかった。
なんだか、認められたような気がして、ちょっと嬉しい。
と思ったけど、たぶん違う。
フリッツもミシェルも、そこまで気が回らないようだ。
タデクが戻ってこないのだ。
タデクの心配をしているわけではない。
戻ってこないということは、ジビエのヤマシギの準備ができない。
下処理の準備時間を考えると、もう限界らしい。
しかたなく、ミシェルは、アカジカを使った下準備を始めた。
しばらくは、残念そうな顔をしていたが、それも数分だった。
アカジカの状態も悪くないらしく、いつのまにか、いつも以上に軽快にナイフを振るっていた。
ソースの確認が必要だというので、わたしも試食に呼ばれている。
部位は、そこそこ、いい部位で代用する。
二つ星レストランで注文したら、ふた桁に近い数万円だろう。
もちろん、明日の部位は、めちゃくちゃいい部位を使う。
まもなく香りだしたのは、頭がおかしくなりそうなほどの、ローストお肉のいい匂い。
その匂いにつられて、大勢の見知らぬプレイヤーが立ち止まり、焚火の調理場に目を向けてくる。
ミシェルは小太りのおじさん。
料理人の見た目はパっとしないけど、匂いは目立ち過ぎている。
でも、フリッツや、アルベールは気にしていないようだ。
むしろ、これでいいらしい。
周囲に垂れ流すこの匂いも、オープン前の宣伝になるらしい。
おかげで、わたしのおなかも、だいぶ前から鳴りっぱなしだ。
もう咳とかで誤魔化すのもヤメた。
この音も、シェフへの声援と催促だ。
呼ばれたのは、わたしとルシア。
ディルはと聞いたら、ログアウト中らしい。
代わりにフリッツが席に着く。
サーブするのは、ミシェル本人。
「モモ肉の串ロティ、アカジカのジュドセールソースです」
串は刺さっていない。
小ぶりとは言えないサイズのモモ肉が3切れ。
外側は樹木のように、黒ずんだ褐色。
内側は桜色に包まれた、鮮やかな朱色。
かけられたソースの見た目は、使い込まれた潤滑油が思い浮かぶ。
なのに、立ち昇る香りが、食欲の雪崩を引き起こしていた。
付け合わせの野菜は、ニンジンとホウレンソウ。
ここにも、肉汁とソースが、ねっとりと染み込んでいる。
フリッツが両手を広げ、わたしとルシアに、お先にどうぞと促した。
ナイフをあてると、スっと沈む。
ひと口サイズに切り分けて、フォークでつまんで口にいれる。
ジビエの臭みはまったく感じない。
弾力があるのに、少しの圧力で肉汁が染み出した。
少しムラのある焦げ付いた風味を感じるが、それがジビエらしさを、いっそう引き立てていた。
そのあとに数秒間だけ湧き上がる不安と罪悪感。
なぜわたしは、こんな美味しいものを食べているのか。
こんなものを食べてしまって、いいのだろうか。
どうして、こんなことになっているのか。
でも、ナイフとフォークの動きを止めることはできない。
残りのお肉を、次々と切り分け、口の中へと運んだ。
肉が消えると、バターが香るガルニチュール。
ニンジンとホウレンソウのソテー。
たまらなく美味しい。
ご飯がほしい。
このニンジンとホウレンソウだけで、ご飯が食べられる。
ルシアが言った。
「絶品……だわ」
ルシアのお皿は、ソースの残骸だけ。
「これなら、明日のディナーも、問題なさそうですね」
フリッツのお皿は、真っ白だった。
「マドモワゼル」
「うん?」
「ちょうどよい機会ですので、フォークとナイフの使い方をおさらいしておきましょう」
ああ……そうだった。
そんなこと言われていたのを思い出す。
食べるのも、食べ方を教わるのも、ギルドマスターの仕事。
それから、その夜は、眠くなるまでテーブルマナーのお勉強。
フリッツも忙しいだろうに。
ほっといてくれていいのに。
そして、今夜も、ホテル・フリッツのスィートルーム。
テーブルの下で、わたしは眠りにつく。




