6.5.28
疲れた。
わたしは、疲れた。
ピエールの描いた絵が、傑作かもしれないことは、なんとなくわかった。
その本質を知るのは、おそらく、わたしと、ピエールだけだろう。
フリッツは、その絵を、レストランに飾ると約束したが、難航した。
フランス語しか喋らないピエールの、よくわからないフランス語。
「ピエール。この絵画、いかほどでお譲りいただけますか?」
「この絵は……売らない。売る絵では……ない」
「はて、困りましたね」
「飾るのは構わない……それでいい。そうして……ほしい」
「では、無償でお譲りいただけるのですか?」
「ボクも、レストランで……働く」
「はい?」
「皿洗いでも、ゴミ捨てでも、なんでもいい。この絵をレストランに飾るなら、ボクも近くに……いたい……」
フリッツは、わたしとルシアへ順番に視線を向けた。
そのあと、3人で顔を見合わせた。
「さて……どういたしましょうか」
フリッツはドイツ語で言った。
「労働者階級らしいから、仕事は熱心だと思うわよ」
フリッツとルシアは、ドイツ語で会話を続けた。
「ふむ……しかし、あれだけの画家を皿洗いに使うというのも……」
「なら、画家として雇う?」
「画家……というより、普通に、ギルドメンバーとして彼を迎えたらどうでしょうか」
「そうねぇ……そのほうが簡単で無難ね。ミキもそれでいい?」
「うーん……」
ピエールは、ただ不幸で、食べて生きていくためだけに仕事をして、純粋に絵を描く時間がほしいというだけの動機で、この世界に来ているんだろう。
悪い人間ではない……と思う。
純粋さで言えば、動物に近いとすら思える。
でも、わたしにとって、ピエールは不気味だった。
いまだかつてないくらいの不気味な人物。
正直、近くにいてほしくない。
絵から離れたくないと言うのなら、絵はあげるから、遠くに行ってほしい。
そう思ってしまう。
「ミキ」
「うん?」
「この絵さ、アイツに見せたいと思わない?」
「アイツ?」
「無口でネクラで、心を開ける人間なんて、世界でひとりくらいしかいない、無表情なアイツよ」
「……おにいちゃん?」
「あいつが、コレを見たら、なんていうかな?」
「うーん……」
おにいちゃんに、絵心があるとは思えないけど……
でも、なんて言うかな。
ドレスを着た、みきの皮をかぶった、わたしの肖像画。
「このカウントでは、お店に飾るけど……私がこの絵を、未来のあいつのことろへ持っていくわ。いつになるか、わからないけどね」
「……感想聞けるかな?」
「ボソッと、ふたこと、みことだろうけどね」
「あはは。そうだね。ヒドイこと言われたらどうしよ」
「そのときは、お姉ちゃんがぶん殴る」
「えー、あはははは」
「ピエール」
「……な……に」
ルシアが、ピエールの両腕を掴んだ。
何日か前の光景がフラッシュバックする。
ルシアが、フランス語でピエールに言った。
「これ1枚じゃね、ぜんぜん足りないわ。あなたは今日から、フォリオ・ノーメルシの仲間になって、絵を描き続けなさい。できるわね?」
「描いて……いいの?」
「最初に言ったでしょ。あなたはここに、パトロンつかまえにきたの。そして、あなたはつかまえたのよ、パトロンを」
ルシアは、ピエールの視線を追いかけるが、今回もピエール目は、その視線から逃げ続けている。
「パ……トロン?」
「ピエール・オルヴェーヌ。この世界では、あなた労働者ではなく、画家よ」
「画家……」
「それとね、そこに立ってるおじさん」
「私のことでございましょうか……?」
「次は、あのおじさんに実力を認めさせて、現実世界でも絵を描くことを生業にしなさい!」
「絵を描くだけで......生きていける……?」
「それでは、私が働くホテルに飾る絵画。それをいつか、ピエールに描いてもらいましょうか」
「ホテル……に?」
「ええ」
「ロビーにして……ほしい」
「出来栄え次第ですが」
「風景画でもいいの?」
「あなたの本領は、人物画だと思いますが」
「ボク、人物は苦手で……」
「どうやら、ピエールに描いてもらうには、ルシア様もセットということになりそうですね」
「それは……イヤ。この世界で徹底的に教育するわ」
「では、そのギャランティーも、絵画の代金と合わせてお支払いします。無論、出来栄え次第ですが」
「ピエール」
「はい……」
「人物画を描くわ。描きまくりなさい!」
「だから、ボク……人物画は苦手だと……」
「あなたね……それが画家なのよ。ルノワールが何の苦悩もなく絵を描いていたと思ってるの?」
「……ルノワール……」
わたしはイヤだけど……まぁいいか。
なんだか、みんな楽しそうだし。
とにかく、ピエール・オルヴェーヌ。
デパートの化粧品ショップ見たいな名前のフランス人。
その彼が。
新たに、フォリオ・ノーメルシに加わることになった。




