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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
539/559

6.5.27 - 推しは二次元


 時間は、お昼ごろだ。


 周囲の建築の音も、この時間は静かになる。

 大工さんたちも、昼食を食べる時間。


 静かになると、何羽かの青い小鳥が、小川の周囲に降りてくる。

 たぶんカワセミ。ピッピッと、端切れのよい鳴き声。

 けっこう近くで鳴いているからよく見える。

 お腹はもさっとオレンジ色。


 ……かわいい。




 ピエールは座ったまま、絵画を見上げている。


 言っていることは、とぎれとぎれ。

 しかも小声で、フランス語。

 よくわからない。


「ぼくは……恋、を、し……た」

「恋って、まさか、ウチの姫じゃないわよね」


「人間には興味は……ない」

「はい?」


「恋をしたのは、絵の……女性……ダ」

「なに、実物じゃないの? 絵の方?」


「人間はどうでも……いい。

 愛とか、恋とか、友情とか。

 バカバカしい……

 そんなの、重いし……苦しいし……」


「そうかもしれないけれど……」


「絵なら、ずっと同じ……まま。

 美しいまま……輝くまま……

 永遠に、ぼくが想い……えがいた……まま」



「ねぇ、ピエール」

 わたしが呼ぶと、のっそりと顔を向ける。


「この絵には、なにを描いてくれたの?」


「家族……の絵。

 後ろのふたりは……

 描く意味が……なかった

 彼女にとって……家族ではな……い。

 彼女の色は、孤独と……悲しみ。

 たぶん、ぼくと同じ……」



 なんだ? この男?

 心をえぐられる。


 なにを見た? なにを描いた?


 ルシアも、タデクも、家族みたいだとは思うけど。

 文字通りの家族ではない。

 おままごとと同じだ。


 現実世界のお父さん、お母さんと同じ。

 友達も、学校の先生もみんな同じ。

 いい子にしてさえいれば、やさしくして、親切にしてくれる他人。

 みきにとっての、パパでもないし、ママでもない。 

 そう。みんな他人。

 いい子にしてさえいれば、安全な他人。



 わたしの困惑は無視して、ピエールは言葉を続けた。


「でも、ふたりが放つ色は……家族のような……」


 え……?


「だから……光だけを……書いた」


「そう。そっか……そうよね。わかってる。知ってるわ」

「え、ちょ……ちょっとルシア」

「いいのよミキ。ミキがどんなに深いところにいようとも、お姉ちゃんがいつか、引っ張り上げるんだからね」


 なに……なんなの……

 ちょっと、ストップ。ヤメて、ヤメて。

 ルシアの言葉も、綺麗ごとにしか聞こえない。

 なんなの、もう、ヤメて。

 ヤメて、ヤメて……


「だから、ボクは、恋を……し……た」

「もう、なんなの! わけがわかんない。泣くよ!」

「え、ちょっ、ミキ?」


「彼女は……闇の底……だ

 なのに、溢れてくるのは……

 光ばかり……?

 彼女が……暗闇の底から……

 放ち続けて……いる……色は?

 この光は、なに……?

 どうして、輝いていられる……」



 ヤメて。

 ヤメて、ヤメて、ヤメて……


 それはきっとウソ。

 みきが放つ光は、ウソの光。


 みきはただ……いい子になろうとしているだけ。

 もうあの闇には、沈みたくないだけ。


「闇の中にいるのは……ダレ……ダ?

 ぼくは……ダレを、描いたん……ダ?」



 ……ダレ?

 ピエールは、ダレを描いたの?

 わたし、じゃないの?


 ……わたし?



 ……ああ、そうか。

 ……わかった。



 わかったぞ。



 なんだ、そういうことか……


 ピエールが見ていたのは。

 ピエールが描いたのは。


 みきじゃない。「わたし」だ


 あのキャンバスに映っているのは、みきの中にいる……



 わたし。



 だとしたら、コイツ……

 スゲェな……?




 ほんとうに、天才かもしれない。




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