6.5.26
ルシアとふたりで、久しぶりに焚火を囲む。
ピエールがいつ目を覚ますのか。
それは知らないけど、お粥なら先に作っておいても大丈夫だろう。
使い道の少ない、オート麦を使うことにした。
なんで、オート麦があるんだろう。
とりあえず、水でオート麦を煮込む。
煮込みながら、私はアンディーブとカブを刻む。
ルシアは、なぜかトマトを刻んでいる。
「トマト入れるの?」
「使うタイミングがなくて、ダメになりそうなんだって」
「ふーん」
「だったら、いれちゃいましょう。ラタトゥイユ風オート麦粥よ」
なんだか、字面だけは美味しそう。
鍋から、朝の給食センターで嗅いだような匂いがしてきていた。
そこに刻んだアンディーブと、カブを沈めていく。
入れると、なんだか、すごく青臭い。
ひさしぶりに嗅ぐ野営料理の匂いだった。
ぐつぐつと煮立ってるけど、火加減とかいいのかな。
「ハーブとか入れる?」
「もう遅いんじゃないかしら。代わりにコレを入れましょう」
ルシアが手に取ったのは、白ワインビネガー……
「どのくらい?」
「適当でいいわよ。どうせお粥なんだし」
「ルシアって、料理するの?」
「うーん……数年ぶり?」
ルシアがどぼどぼと、ワインビネガーを注ぐ。
生ゴミのような匂いに変わった気がする。
わたしは、食べるのやめておこう。
また煮立ったところで、鍋を火から離した。
ルシアは最後に、刻んだだけの生のトマトを鍋に落とす。
これでは、ラタトゥイユからも程遠い。
食べ物の気がするけど、食べたいと思う匂いはしなかった。
「できたわ。
ミキとルシアの野菜のお粥~愛情たっぷり、トマトを添えて」
「え。フレンチ?」
「ミシェルに味見させる?」
「それは、やめたほうがいいと思う」
次は、わたしひとりで作ろうと思う。
鍋を抱え、川辺に戻る。
ピエールは、イーゼルの下で、変わらず眠っていた。
肖像画も、イーゼルに掛けられたままだ。
「私とタデクを描かなかったのは、どういう理由かしら」
「うーん……」
「やっぱり、描けなかったのかしらね」
「なんかね、みきには、ルシアもタデクも、すぐ傍にいるように見えるよ」
「あら、そう? じゃあ、この色味の背景が私とタデクなのかしらね」
「ねぇ、ルシア」
「なぁに、ミキ。お姉ちゃんになんでも質問して」
「ピエールは、なんで人物を描きたくないの?」
「それはねぇ……」
ルシアは、ちょっと考え事をしてから、また口を開いた。
「ピエールはね、パリ出身の労働者階級なんだって」
「労働者階級?」
「印刷工場で働いてるらしいんだけど、借家暮らしで、食事と寝る時間以外の大半は工場で仕事。給金も安くて生きていくだけで精一杯。それでも夜のわずかな合間だけ、こっちにきて絵を描いているらしいわ」
「なんか、生活してるだけで病気になりそうだね」
「病気になったら、仕事ができなくなって、そのまま飢え死によ」
「ふーん……」
すごい生活だなぁ。
「そのピエールがログインしているのは、1947年。どんな時代かわかる?」
「うーん?」
「ピエールはね、ドイツ占領下のパリで家族を見失ってから、いちども再会したことがないんだってさ」
「え……」
「人物が描けないのは、たぶんソレが原因」
「そうなんだ……そんなツライ過去があるのに……」
この絵を描いてくれたんだね。
「やっぱり、家族は、描けないのかしらね」
「描いた。家族……ボクは家族を描い……た」
「え?」
「あら、起きたのピエール。お腹空いてるでしょ? ご飯食べる」
ピエールが起きた。
半身を起こし、最初はぼーっとしていたけど。
ルシアが、鍋からお粥をよそうと、それをもさもさと食べ始めた。
「おいしいかしら、ピエール?」
「……マズ……い」
「あら、おかしいわね。私とミキの愛情たっぷりのはずよ?」
「ミキ……もつくった? の?」
「そうよ。ね?」
「うーん。野菜切っただけ」
「野菜……」
ピエールが、アンディーブを口にいれる。
その次にカブ。
「お……いしい」
次にトマト。
「なんで、生のトマ……ト?」
「それは、みきじゃないからね」
作ったお粥は、3人分くらいあったと思うけど。
ピエールは、時間をかけつつも、そのお粥をすべて平らげた。
美味しそうに食べていたように思う。
ピエールがボウルを置くと、座ったまま、自分で描いたとおぼしき絵画を見上げた。
「恋を、し……た」
「え……?」




