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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
538/577

6.5.26


 ルシアとふたりで、久しぶりに焚火を囲む。



 ピエールがいつ目を覚ますのか。

 それは知らないけど、お粥なら先に作っておいても大丈夫だろう。


 使い道の少ない、オート麦を使うことにした。

 なんで、オート麦があるんだろう。


 とりあえず、水でオート麦を煮込む。

 煮込みながら、私はアンディーブとカブを刻む。

 ルシアは、なぜかトマトを刻んでいる。


「トマト入れるの?」

「使うタイミングがなくて、ダメになりそうなんだって」

「ふーん」

「だったら、いれちゃいましょう。ラタトゥイユ風オート麦粥よ」


 なんだか、字面だけは美味しそう。


 鍋から、朝の給食センターで嗅いだような匂いがしてきていた。

 そこに刻んだアンディーブと、カブを沈めていく。


 入れると、なんだか、すごく青臭い。

 ひさしぶりに嗅ぐ野営料理の匂いだった。


 ぐつぐつと煮立ってるけど、火加減とかいいのかな。


「ハーブとか入れる?」

「もう遅いんじゃないかしら。代わりにコレを入れましょう」


 ルシアが手に取ったのは、白ワインビネガー……


「どのくらい?」

「適当でいいわよ。どうせお粥なんだし」

「ルシアって、料理するの?」

「うーん……数年ぶり?」


 ルシアがどぼどぼと、ワインビネガーを注ぐ。

 生ゴミのような匂いに変わった気がする。


 わたしは、食べるのやめておこう。


 また煮立ったところで、鍋を火から離した。

 ルシアは最後に、刻んだだけの生のトマトを鍋に落とす。

 これでは、ラタトゥイユからも程遠い。

 食べ物の気がするけど、食べたいと思う匂いはしなかった。


「できたわ。

 ミキとルシアの野菜のお粥~愛情たっぷり、トマトを添えて」


「え。フレンチ?」

「ミシェルに味見させる?」

「それは、やめたほうがいいと思う」


 次は、わたしひとりで作ろうと思う。




 鍋を抱え、川辺に戻る。

 ピエールは、イーゼルの下で、変わらず眠っていた。

 肖像画も、イーゼルに掛けられたままだ。


「私とタデクを描かなかったのは、どういう理由かしら」

「うーん……」

「やっぱり、描けなかったのかしらね」

「なんかね、みきには、ルシアもタデクも、すぐ傍にいるように見えるよ」

「あら、そう? じゃあ、この色味の背景が私とタデクなのかしらね」

「ねぇ、ルシア」

「なぁに、ミキ。お姉ちゃんになんでも質問して」

「ピエールは、なんで人物を描きたくないの?」

「それはねぇ……」


 ルシアは、ちょっと考え事をしてから、また口を開いた。


「ピエールはね、パリ出身の労働者階級なんだって」

「労働者階級?」

「印刷工場で働いてるらしいんだけど、借家暮らしで、食事と寝る時間以外の大半は工場で仕事。給金も安くて生きていくだけで精一杯。それでも夜のわずかな合間だけ、こっちにきて絵を描いているらしいわ」


「なんか、生活してるだけで病気になりそうだね」

「病気になったら、仕事ができなくなって、そのまま飢え死によ」

「ふーん……」


 すごい生活だなぁ。


「そのピエールがログインしているのは、1947年。どんな時代かわかる?」

「うーん?」


「ピエールはね、ドイツ占領下のパリで家族を見失ってから、いちども再会したことがないんだってさ」


「え……」


「人物が描けないのは、たぶんソレが原因」

「そうなんだ……そんなツライ過去があるのに……」


 この絵を描いてくれたんだね。


「やっぱり、家族は、描けないのかしらね」



「描いた。家族……ボクは家族を描い……た」

「え?」

「あら、起きたのピエール。お腹空いてるでしょ? ご飯食べる」


 ピエールが起きた。

 半身を起こし、最初はぼーっとしていたけど。

 ルシアが、鍋からお粥をよそうと、それをもさもさと食べ始めた。


「おいしいかしら、ピエール?」

「……マズ……い」


「あら、おかしいわね。私とミキの愛情たっぷりのはずよ?」

「ミキ……もつくった? の?」

「そうよ。ね?」

「うーん。野菜切っただけ」

「野菜……」


 ピエールが、アンディーブを口にいれる。

 その次にカブ。


「お……いしい」


 次にトマト。


「なんで、生のトマ……ト?」

「それは、みきじゃないからね」


 作ったお粥は、3人分くらいあったと思うけど。

 ピエールは、時間をかけつつも、そのお粥をすべて平らげた。

 美味しそうに食べていたように思う。


 ピエールがボウルを置くと、座ったまま、自分で描いたとおぼしき絵画を見上げた。


「恋を、し……た」



「え……?」




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