6.5.25
はぁ……
食事が終わった。
テーブルに残っているのは、チコリコーヒーのカップだけ。
苦味のある野草の香りが、口に残った甘ったるさを中和している。
座っているのは、わたしとルシアとディルの3人。
アルベールだけ席を離れ、焚火の方で、フリッツたちと会話している。
夜空を眺めるルシアが口を開いた。
「すごいことになっちゃったわね」
「そうですわね。これから毎日、こんななのかしら」
「さすがに、毎日高級フレンチは飽きるわね。たまに食べるからいいのよ」
たしかに、毎日フレンチはキツイかも……でも。
「デザートは、毎日でもいいよ」
「そうね。ハンナが来てくれてよかったわ」
「あはは、みきもハンナちゃんが好き」
「ここなら太っても、元に戻りますしね」
「そうね。甘いものをどれだけ食べても、ログアウトで元にもどるわ。最高かしらここ」
カップを抱えるディルが言った。
「チコリコーヒーも美味しいですわ」
ルシアがディルに顔を向けた。
「ディルって、イスタンブールなんでしょ。コーヒーってよく飲むの?」
「ほぼ毎日のように飲みますわよ」
「それって、トルココーヒーってやつね?」
「コーヒーはコーヒーですわ。外国からそう呼ばれているのかしら?」
わたしはもう、なんだか眠い。
「みき、眠くなってきた。もう寝る……」
「そうね。私も眠いわ。なんか忘れてる気がするけど」
「あら、なにかお忘れ物?」
「……なんだったっけ?」
おやしろに戻って、寝ることにした。
寝る前にログイン時間を確認する。
『ELAPSED 01:17』
まだ予定の半分だ。
でも、評議員のおじさんとのディナーが終わったら、ログアウトしようかと思ってる。
眠いのを我慢して、ふらふらとメモリアに戻る。
真っ暗な道の真ん中だった。
そうだった。忘れてた。
ここ、レクサムコンフィの家の前……
泊めてもらおうかと左右の家に視線を向けたけど真っ暗。
酒場以外で夜更かしする村人なんていない。
いたとしたら、盗賊くらいだ。
あまりの眠さに、もうここでいいやと思いかけたけど。
オオカミに食べられちゃうかもしれないから、やめておく。
そんな姿をシチリちゃん見せたら、一生のトラウマになってしまう。
噴水広場に戻って、フリッツに相談。
野営には慣れている。
どこでも眠れるからと伝えると、フリッツは毛布を1枚と、大きな亜麻布を貸してくれた。
「現時点では、こちらがスイートルームでございます」
フリッツが、ヴィクトリア朝のテーブルクロスの裾をもちあげる。
狭いけど、イイ感じ。
毎日、フリッツが拭いているので、テーブル自体はとても清潔。
「いいかも……」
「じつは、私も、たまにここで寝ています」
「フリッツはいいの?」
「今夜は、メモリアに戻ります。おやすみなさいませ、マドモワゼル」
地面に亜麻布を敷き、マントの上から毛布に包まって目を閉じた。
まだ、ちょっとだけ、辺りはガヤガヤとウルサイ。
でも目を閉じたらすぐに吸い込まれてく……
ホコリっぽくもないし、なんだかいい匂いもする。
狭くて落ち着く空間だ。
……
翌朝。
目を覚まして、テーブルの裾から這い出ると、忘れ物が発覚した。
まばらな人だかりが、死体があるとざわついていた。
場所は、川のすぐ近く。
立て掛けたままのイーゼル。
その下にモサっと転がる、ボロボロのローブに包まれた物体。
あれは、もしかして……
ピエール……カ?
だれもが、その男性に近づいていく。
そして、だれもが、ピエールに歩み寄る前に、脚を止めてしまった。
イーゼルに掛かっていたもの。
そのキャンバスに、映し出されていたもの。
空を見上げる、乳白色と桃色の少女。
ふれれば、プルンと跳ね返されそうな、少女のほっぺ、くちびる。
朝の陽ざしを吸い込んだ栗色の毛先が、水色のケープの肩に流れている。
影の色はどこにもないのに、いますぐこちらを向いてきそうな、少女の輪郭。
左うしろには、泥のような茶色から黄緑色に変化していくモヤ。
右のうしろはオレンジ色? それともクリーム色?
金色でもなく、肌色でもないような。
ぼやっとした灯りが、少女の背後で揺らいでいた。
これが、ピエールが描いた家族……なのだろうか。
力強さと優しさを背に、自然な微笑を見せる少女の姿だった。
なぜか、その場で、へたりこんでしまった。
あれは……わたしなの?
ピエールが見た、わたし?
美化しすぎじゃないかな。
「ミキ? どうしたの? 大丈夫?」
「ルシア……」
振り返ると、フリッツの姿もある。
「なんの騒ぎでしょうか?」
「あれ」
指先を向けると、ルシアとタデクも視線を向けた。
「うわぁ……」
「ほう、これは……」
「ピエールが描いたのかしら」
「だと思うけど」
「……あのネクラ、もしかしてスゴイ画家だったのかしら」
「そのつもりで、連れて来たとおっしゃっていませんでしたか」
「フリッツ、感想を聞かせなさい」
「そうですね……
印象派の作品としては、風変りですが……
心を揺さぶられるものを感じますね。
時間と空間。それだけではなく、意識と心を切り取ったような。
この世界でしか生み出せないような色彩。
言葉で表すとしたら、それが限界です」
意識と心を切り取った……?
わたしもそんな気がする。
だって、あれは、なんだか。
リュウタの意識を通して感じる、魂の色のような。
でも、そんなことより。
「ねぇルシア。ピエール、動かないよ?」
「死んでるのかしらね……あれ、遺作?」
フリッツが、スタスタと、ピエールに歩み寄る。
手は触れずに、汚いものを見るようにのぞき込む。
「ご安心ください。寝ているだけのようです」
「ねぇ、ルシア。食べ物とかもっていってあげたの?」
「すっかり忘れていたわね」
「……もしかして、ずっと飲まず食わず? 1日以上経ってるよね」
「見たところ、だいぶやつれておられますね」
もしかしたら、本当に死んでたかもしれない。
悪いのは、全面的にルシアだと思うけど。
「目覚めたら召し上がれるように、お粥でも用意しておきましょうか」
「大丈夫よフリッツ」
「そうですか? 死んでしまいますよ?」
「たまには、わたしとミキで作りましょう。お粥」
「あ、いいね。そうしよう。ピエールにお礼してあげよう」
「ご褒美って言ってあげなさい。そのほうがピエールもきっと喜ぶわ」
「ええ……なんか、キモ……」
「それでは、せめて、材料の手配だけさせていだたいてもよろしいですか」
「メルシィ、フリッツ」




