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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
537/557

6.5.25


 はぁ……


 食事が終わった。

 テーブルに残っているのは、チコリコーヒーのカップだけ。

 苦味のある野草の香りが、口に残った甘ったるさを中和している。


 座っているのは、わたしとルシアとディルの3人。

 アルベールだけ席を離れ、焚火の方で、フリッツたちと会話している。


 夜空を眺めるルシアが口を開いた。

「すごいことになっちゃったわね」

「そうですわね。これから毎日、こんななのかしら」

「さすがに、毎日高級フレンチは飽きるわね。たまに食べるからいいのよ」


 たしかに、毎日フレンチはキツイかも……でも。

「デザートは、毎日でもいいよ」

「そうね。ハンナが来てくれてよかったわ」

「あはは、みきもハンナちゃんが好き」

「ここなら太っても、元に戻りますしね」

「そうね。甘いものをどれだけ食べても、ログアウトで元にもどるわ。最高かしらここ」


 カップを抱えるディルが言った。

「チコリコーヒーも美味しいですわ」

 ルシアがディルに顔を向けた。

「ディルって、イスタンブールなんでしょ。コーヒーってよく飲むの?」

「ほぼ毎日のように飲みますわよ」


「それって、トルココーヒーってやつね?」

「コーヒーはコーヒーですわ。外国からそう呼ばれているのかしら?」


 わたしはもう、なんだか眠い。

「みき、眠くなってきた。もう寝る……」

「そうね。私も眠いわ。なんか忘れてる気がするけど」

「あら、なにかお忘れ物?」

「……なんだったっけ?」




 おやしろに戻って、寝ることにした。

 寝る前にログイン時間を確認する。


 『ELAPSED 01:17』


 まだ予定の半分だ。

 でも、評議員のおじさんとのディナーが終わったら、ログアウトしようかと思ってる。


 眠いのを我慢して、ふらふらとメモリアに戻る。


 真っ暗な道の真ん中だった。


 そうだった。忘れてた。

 ここ、レクサムコンフィの家の前……

 泊めてもらおうかと左右の家に視線を向けたけど真っ暗。

 酒場以外で夜更かしする村人なんていない。

 いたとしたら、盗賊くらいだ。


 あまりの眠さに、もうここでいいやと思いかけたけど。

 オオカミに食べられちゃうかもしれないから、やめておく。

 そんな姿をシチリちゃん見せたら、一生のトラウマになってしまう。



 噴水広場に戻って、フリッツに相談。

 野営には慣れている。

 どこでも眠れるからと伝えると、フリッツは毛布を1枚と、大きな亜麻布を貸してくれた。


「現時点では、こちらがスイートルームでございます」

 

 フリッツが、ヴィクトリア朝のテーブルクロスの裾をもちあげる。

 狭いけど、イイ感じ。

 毎日、フリッツが拭いているので、テーブル自体はとても清潔。


「いいかも……」

「じつは、私も、たまにここで寝ています」

「フリッツはいいの?」

「今夜は、メモリアに戻ります。おやすみなさいませ、マドモワゼル」


 地面に亜麻布を敷き、マントの上から毛布に包まって目を閉じた。

 まだ、ちょっとだけ、辺りはガヤガヤとウルサイ。

 でも目を閉じたらすぐに吸い込まれてく……

 ホコリっぽくもないし、なんだかいい匂いもする。

 狭くて落ち着く空間だ。


 ……




 翌朝。

 目を覚まして、テーブルの裾から這い出ると、忘れ物が発覚した。


 まばらな人だかりが、死体があるとざわついていた。

 場所は、川のすぐ近く。



 立て掛けたままのイーゼル。

 その下にモサっと転がる、ボロボロのローブに包まれた物体。


 あれは、もしかして……


 ピエール……カ?



 だれもが、その男性に近づいていく。

 そして、だれもが、ピエールに歩み寄る前に、脚を止めてしまった。


 イーゼルに掛かっていたもの。

 そのキャンバスに、映し出されていたもの。


 空を見上げる、乳白色と桃色の少女。

 ふれれば、プルンと跳ね返されそうな、少女のほっぺ、くちびる。

 朝の陽ざしを吸い込んだ栗色の毛先が、水色のケープの肩に流れている。

 影の色はどこにもないのに、いますぐこちらを向いてきそうな、少女の輪郭。


 左うしろには、泥のような茶色から黄緑色に変化していくモヤ。


 右のうしろはオレンジ色? それともクリーム色?

 金色でもなく、肌色でもないような。

 ぼやっとした灯りが、少女の背後で揺らいでいた。


 これが、ピエールが描いた家族……なのだろうか。

 力強さと優しさを背に、自然な微笑を見せる少女の姿だった。



 なぜか、その場で、へたりこんでしまった。

 あれは……わたしなの?


 ピエールが見た、わたし?

 美化しすぎじゃないかな。



「ミキ? どうしたの? 大丈夫?」

「ルシア……」


 振り返ると、フリッツの姿もある。

「なんの騒ぎでしょうか?」



「あれ」


 指先を向けると、ルシアとタデクも視線を向けた。


「うわぁ……」

「ほう、これは……」


「ピエールが描いたのかしら」

「だと思うけど」


「……あのネクラ、もしかしてスゴイ画家だったのかしら」

「そのつもりで、連れて来たとおっしゃっていませんでしたか」

「フリッツ、感想を聞かせなさい」


「そうですね……

 印象派の作品としては、風変りですが……

 心を揺さぶられるものを感じますね。

 時間と空間。それだけではなく、意識と心を切り取ったような。

 この世界でしか生み出せないような色彩。

 言葉で表すとしたら、それが限界です」



 意識と心を切り取った……?

 わたしもそんな気がする。

 だって、あれは、なんだか。

 リュウタの意識を通して感じる、魂の色のような。


 でも、そんなことより。


「ねぇルシア。ピエール、動かないよ?」

「死んでるのかしらね……あれ、遺作?」


 フリッツが、スタスタと、ピエールに歩み寄る。

 手は触れずに、汚いものを見るようにのぞき込む。


「ご安心ください。寝ているだけのようです」


「ねぇ、ルシア。食べ物とかもっていってあげたの?」

「すっかり忘れていたわね」


「……もしかして、ずっと飲まず食わず? 1日以上経ってるよね」

「見たところ、だいぶやつれておられますね」



 もしかしたら、本当に死んでたかもしれない。

 悪いのは、全面的にルシアだと思うけど。


「目覚めたら召し上がれるように、お粥でも用意しておきましょうか」


「大丈夫よフリッツ」

「そうですか? 死んでしまいますよ?」


「たまには、わたしとミキで作りましょう。お粥」

「あ、いいね。そうしよう。ピエールにお礼してあげよう」

「ご褒美って言ってあげなさい。そのほうがピエールもきっと喜ぶわ」

「ええ……なんか、キモ……」



「それでは、せめて、材料の手配だけさせていだたいてもよろしいですか」



「メルシィ、フリッツ」




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