6.5.24 - ハンナとショコラ
野菜の冷製ポタージュは美味しい。
ポタージュっていうよりスープだけど、爽やかな塩を含んだソラ豆の香り。
沈んでいるのはキャベツとカブ。そしてホウレンソウ。
スープの中にも、カタセ村の素材が入っていた。
バターやミルクのようなゴテゴテとした風味がない。
フレンチっぽくないかもだけど、飲みやすくて美味しい。
白身魚のソテーは微妙だったけど、みんなは美味しそうに食べていた。
「少し雑味はあるが、野戦病院のような調理場を考慮するなら、上出来だな」
アルベールの評価もまずますだ。
「おそれいります。ムッシュ・アルベール」
フリッツは、僅かに頭を傾けただけ。
「ウィルツのディナー当日も、魚を出すのか」
「肉料理を予定しております」
「なんの肉だ?」
「ヤマシギの予定ですが……」
「ヤマシギか。よくみつけたな」
「はい」
「何羽捕まえたんだ?」
「実は、いまだに確保できておりません」
「……もう明後日だぞ。間に合うのか」
「念のため、タデク様にアカジカを用意していただきました。間に合わなければ、明日の夜には、試作と仕込みを始めるつもりでございます」
「なら、まぁ、問題はないのか」
お皿に残ったのがソースだけになった頃。
ハンナが次のお皿を運んできた。
「それでは、本日のメインでーす!」
「メイン? 魚じゃなかったのか?」
「こらっ、ハンナ……」
漂ってくるのは、濃厚なクリームと、フルーツの香り。
ハンナが皿を置きながら言った。
「アルベール伯爵さま。こちらが今夜のデザートです」
「ほう?」
ハンナが皿を並べていく。
「モモのソテーと穀物のクランブル。
クレーム・シャンティといっしょに、お召し上がりください!」
円形に散りばめられた、モモの切り身。
その上に、グラノーラのようなシリアルフレーク。
中央にもっさりと、泡のようなホイップクリーム。
クリームからは、バニラが香っている。
そのビジュアルは、お皿に盛られた、ピーチパフェ。
「ふあぁ、トロボォン!」
最初にルシアのギャル声。
「まぁ、なんて可愛らしいのでしょう」
ディルのお上品な感想。
「ハンナちゃん、すごーい」
わたしの雑な称賛。
女子3人が、歓声を上げる横で、アルベールだけが顔をしかめてのけ反った。
「甘そうだな……」
「こちらもどうぞ、ムッシュ・アルベール」
クララが運んだのは、木でできたコーヒーカップ。
中身は黒に近いこげ茶色。
チコリ焙煎のコーヒーだろうか。
そしてその横に、サイコロのような物体。
粉をまぶしたような、四角い……ショコラ?
さすがのアルベールも、目を近づけた。
「これは?」
「チコリ・ショコラでございます。ムッシュ・アルベール」
「ふむ……食べてみよう」
ルシアとディルは、パフェをほじくり、わたしとアルベールは、ショコラを摘まむ。
食感はほぼ、生チョコ。
でも味は、コーヒーに近い。
でも、食感はチョコ。甘い。とろける。
チョコと錯覚するけど、味はたぶんコーヒーだ。
「ハンナちゃん……これなに? チョコ?」
「えへへー。美味しい?」
「うん。チョコみたいな、コーヒーみたいな。でもチョコみたいな」
「チョコが手に入らないっていうからね、作っちゃった」
「どうやって作った?」
アルベールは、ハンナに尋ねながら、チコリコーヒーのカップを口に運ぶ。
「食感はショコラ、風味はコーヒー。素材はそのコーヒーと同じ、アンディーブ(チコリ)の根っこですよ」
「なるほど。ウィルツは、ウィスキーを飲みながらチョコも食べる。あの男も気に入るかもしれない」
「じゃあ、当日も、食後のチコリコーヒーといっしょに、お出ししますね」
「もう少し甘みを抑えることはできるか? ウィルツは老人だ」
「かしこまりました。調整してみまーす」
「コーヒーだけでも驚きなのに、ショコラか。大したものだ」
「えへへ。ありがとうございまーす」
「だが、ハンナと言ったか」
「はい?」
「皿は出してもいいが、おまえは、呼ばれたとき以外では、客の前に出るな」
「えーっ!」
「フリッツ」
「ウィ、ムッシュ」
「全体的に悪くない。高品質だ。これならウィルツも首を縦に振るだろう」
「恐れ入ります。ムッシュ・アルベール」
「みきちゃん、モモも早めに食べて。まだちょっと固かったけど、ソテーして柔らかくしたから、甘くておいしいよ」
「うん」
フォークでモモを摘まんで、クリームをつけて口に入れた。
冷たい。クリームが冷たい。
ふわトロなのに、バニラアイスのような口当たり。
噛むと、じゅわっと広がるジューシーなモモの果汁。
それが、ふわトロのクリームに染み込んでいく。
ルシアが言った。
「もう、なんなのこれ。トロボォンでは言い表せないわ」
ディルは少し涙目だ。
「わたくしね……生まれて初めてです。こんなデザート食べたの」
わたしも同じように思った。
お魚のソテーはいまいちだったけど、野菜のスープは飲みやすかった。
でも、ショコラに驚いたあとのこの衝撃。
「アルベール。食べないなら、私がもらうわよ」
アルベールは、ひと切れだけモモを摘まんで口に入れたあと、皿をルシアの前へ押し出した。
「ミキ、ディル。おかわりあるわよ」
「いただきますわ……」
「みきも食べる!」
ハンナちゃんが、冗談めかしていった言葉。
このデザートが、本日のメイン。
わたしもそれに、激しく同意する。




