6.5.20 - 蜂蜜ショック
おやしろを出て、カタセ村の酒場へ。
手には、風呂敷状態の亜麻布。
中には、ライ麦パンと、蜂蜜が入った瓶。
まずは酒場に寄って、マスターに半分わけてあげよう。
日頃のお礼だ。
酒場につくと、すぐにガロムちゃんを見つけた。
「ガロムちゃん、おはよう」
「あっ、みきだ、おはよう、もうすぐお昼だけど」
「あはは。そっか。そうかも」
「それは?」
「へへー、これはねぇ。デザート」
「デザート?」
「マスターいる?」
「中にいるよ」
「お仕事忙しい?」
「いまは、お昼ご飯の準備してる。みきもいっしょに食べよ」
「みきはいいよう。食べて来た」
「そうなの?」
「それよりコレ。半分あげるから」
「うん?」
ガロムちゃんとお店の中へ。
いらないと言ったのに、ナギサは、わたしのスープも用意した。
ひさしぶりに、酒場の家族と食事。
ナギサとガロムちゃん。
それと、大男のマスター。
今日はナギサが、あかちゃんのスバナを抱っこしていた。
「で、なんか用か? 嬢ちゃん」
「うん、これ。マスターに半分あげる」
「あぁ?」
亜麻布風呂敷を広げて、蜂蜜の瓶を出す。
それと、ライ麦パンを3切れ。
マスターが、瓶の蓋をあけて、匂いを嗅いだ。
「これ……蜂蜜か?」
「うん?」
「半分くれるって?」
「うん。いらない?」
「いるに決まってるだろ……ほんとにくれるのか」
「え?」
「蜜なんてよ、この村じゃヒースの花からとれるごく少量の蜜だけだ。村全体で1カ月かけても、せいぜい200gだ」
「ふーん」
「わかってねぇな嬢ちゃん。この瓶に入ってる蜂蜜は、この村1カ月分以上の消費量ってことだ」
「えっと……?」
「半分だけ買い取るとして、最低でもコイン5~60枚。農民の稼ぎひと月分だ」
「えーっ……」
「しかもこの蜂蜜の香り、澄んだ色味……王都でもなきゃ見かけね品質だぞ」
「えっと、とりあえず、食べてみる?」
「食べる? どうやって?」
「パンにつけて」
「はぁ……?」
マスターが、お笑い芸人のツッコミ担当みたいな表情のまま固まった。
「パンも3切れあげる。3人で食べて」
「あのな……村に蜂蜜を持ち込んだとしても、食べるなんてとんでもねぇ。アロハみてぇな薬剤師が、万能薬を作るための貴重な材料だ。それをパンにつけて食べるだと? 不老不死でも目指すのか?」
「もう、難しく考えすぎ!」
「……んで、残りはどこに持っていくんだ?」
「レクサムコンフィのとこだよ」
「まさか……タダでやっちまうのか?」
「桃10個と交換してもらう」
「10個……? おい、ちょっとマテ」
「え?」
「だったらその蜂蜜、全部、俺が買い取る」
「マスターには半分あげるってば。日頃のお礼。あとの半分はね、シチリちゃんとニシカタくんにね、蜂蜜パン食べさせてあげたいの」
「あのガキに……そんな贅沢させんじゃねぇよ……」
「えー、いいじゃん。喜ぶとこ見たいよぉ」
マスターとの押し問答の結果。
とにかく半分の150gは、酒場においていく。
代金は取らない。
日頃のお礼だと言い続けて、マスターはしぶしぶ了承した。
ライ麦パン3切れは、3人で食べてくれた。
マスターはライ麦パンにすら、目を細めてしまった。
「このパンも、街ならひと切れでコイン3枚は取られそうだが……うちの店で出してもダレも買えねぇな」
蜂蜜をつけて食べてはくれなかった。
ややこしく考えすぎだよもう。
だから、ガロムちゃんも食べられてない。
次はこっそり、ガロムちゃんにだけ持ってこよう……
「じゃあ、みきは、レクサムコンフィのとこ行ってくるね。スープ美味しかった。ごちそうさま」
「まて、嬢ちゃん。いいか、蜂蜜10gで、最低でもモモ10個だ。150gで10個なんて寝ぼけたこと言うじゃねぇぞ」
「うーん……わかった」
なんだかわからないけど、マスターの心配そうな表情を振り切り、酒場を離れた。
そんなこと言ったら、100gで、モモ100個?
そんなに持って帰れるわけないじゃんね。
歩いて十数分。
3日ぶりの、レクサムコンフィの畑。
道の先に、向かい合わせの2件の農家。
どっちがレクサムで、コンフィなのか。
もう覚える気はない。
近づくと、家の前でふたりの奥さんが立ち話をしていた。
「こんにちは」
「あらまぁ、ヒメ様」
もう訂正するのも疲れたから、なんでもいい。
ニフィル・ロードで、わたしのことを「みき」と呼んでくれるヒトは貴重だということ。
最近それを理解しつつある。
「レクサムとコンフィは?」
「畑で柵を建ててるわよ」
呼んでくるかと聞かれたけど、またややこしくなりそうだから、あとでいい。
家に上がらせてもらって、先にシチリちゃんとニシカタくんに会う。
まだちょっと早いかもしれないけど、3時のおやつ。
パンはあと2枚しかないから、大人の分は無し。
どこからともなく現れた、シチリちゃんとニシカタくん。
ふたりとも泥だらけだったので、とにかく手を洗ってきてもらう。
酒場に半分置いてきたので、瓶の蜂蜜は残り150gくらい。
スーパーで売ってる小瓶くらいの量が残っている。
わたしは、2枚のライ麦パンにたっぷりを蜂蜜つけて、シチリちゃんとニシカタくんの手に持たせた。
奥さんふたりが不思議そうな顔をしているけど、毒じゃないから安心してね。
ニシカタくんとシチリちゃんが、ほぼ同時に口をあけてパンをほうばった。
ふたりの顔が、しわくちゃになる。
口の周りを、蜂蜜でベタベタにしながら、満面の笑みを浮かべた。
つられてわたしの口元とほっぺたも、緩みまくった。
「おいしい?」
シチリちゃんが、笑顔のまま、頭をコクリと縦に振る。
ニシカタくんは、夢中でパンをほうばり、あっというまに食べ終えてしまった。
「えへへへ。よかったぁ。また持ってくるからね」
シチリちゃんは、半分まで食べ終えると、残りの半分を、さらに半分にちぎった。
「ママぁ、あまい」
シチリちゃんは、ふたりのママに、ちぎったパンを両手で差し出した。
手までベトベトになっている。
「ありがとうシチリ」
ふたりのママは、それを受け取り、口のなかに入れる。
「ほんとに甘っ……なんの蜜かしらこれ?」
「みつぅ?」
「パンも、フワフワねぇ」
「ふわふわぁ?」
なんだか、わたし。
ちょっと泣きそうになりながら、その光景を眺めていた。
シチリちゃんと、ニシカタくんの幸せそうな顔。
ママたちの驚いた顔。
持ってきてよかった。
わたしも。
わたしのママに、食べてほしい。
どんな顔をするのかな……




