6.5.17
タデクに文句を言われながら、ルシアが戻った。
「なんだよ……今日はオレ、忙しいんだよ」
「ちょっとだけよ。ねぇ、ピーエル、ちょっといいかしら?」
「うん……なに?」
「なんだアイツは……生きてるのか死んでるのか、どっちだ?」
「タデク、画家先生になんてこと言うのよ。とりあえずここに立って。ミキの右後ろよ」
「ああ?」
「そう、そこ。オッケ。ピーエル」
「うん?」
「この絵に描くのは、3人よ」
「ええ……ええええ……」
「なによ、またできないって言うの?」
「言ったよね……ボク、人物描くの苦手って」
「ヒトじゃないわ」
「でも、どうもみても、ヒトだよあれ……しかも怖い……」
「これから描くのはね、ヒトじゃないわ。わからないと嘆いている家族の光。さぁ、乗り越えなさい!」
「……家族……ひかり……」
ルシアは、わたしの左後ろに立った。
「やっぱり、フォリオ・ノーメルシは、この3人じゃない? ミキ?」
「うん、そうだね」
「タデクは……いいわ、その無表情で」
「なんなんだ。もう戻っていいか?」
「だめよ。あなたも騎士の端くれ、貴族の末裔なら、肖像画くらい残しなさい」
「肖像画?」
「とにかく、5分くらいでいいから、我慢して」
「……座っててもいいのか」
「だめよ。あそこにいる、ネクラなピエールの動きを観察してて」
「だから、ダレなんだよアイツは」
「画家のピエールだって言ってるでしょ。きっと将来、大物になるわ」
「大物……ねぇ。なんだあの目つきは。へんなハッパでも燃やしちまったのか」
「あの……」
「なに、ピエール。どうしたの?」
「後ろのふたりの視線は、ボクじゃなくて……彼女に」
「だってさ、タデク。家族らしくして」
「酔っ払いの姉に、魔女の妹かよ。次男は苦労が絶えないな」
「あとで、美味しいワイン持ってきてあげるから」
「なら次は、甘くないやつにしてれ」
「あら、甘いの苦手なの?」
「苦手っていうか……めったに口にしないから、舌がおいつかん」
「へぇ」
「で、嬢ちゃんはさっきからどこ見てるんだ」
「うん。雲みててって言われた」
「雲?」
「あ……ソレ! 最高! 描けそう!」
普通の声音だけど、今日聞いた中では、ピエールのいちばんの大声。
「……なんなんだアイツは。殴っていいか?」
「そんなことしたら、お姉ちゃん、ガチで怒るからね」
「へいへい……すいませんでした」
それから、数分後。
もういいというので、姿勢を崩した。
タデクはこれから、メモリアに泊まり込むからと言って、その場を離れた。
野鳥を捕まえに行くらしい。
わたしと、ルシアは、ピーエルの絵を見せてもらう。
炭を擦っただけの線画だった。
まだ、これからのようだ。
わたしが見ても、なんにもわかんない。
「もう座らなくていいの?」
「ボクはね……奇跡が使える。ふたつ」
「へー。どんな?」
「描いている絵の最高の瞬間を……呼び起せる。いつでも」
「ふーん」
写真みたいに、見えてるってことかな。
「あとひとつは?」
「絵の具」
「絵の具……って?」
「花や植物、木でも石でもいい。水をその色に変えることができる。青が欲しかったら、ソラ沈めれば青になる」
「へー。なんか、ステキ」
「この世界にいれば……ボクは何時間でも絵が描ける」
「ふーん」
「マドモワゼル?」
「うん?」
フリッツが立っていた。
「ヒメリュウ・ポテトの試食会の準備が整いつつあります。お時間のほうはいかがでございましょか」
「あ、うん。ピーエル、もういいの」
「うん……あとは、ボクだけで描ける」
「描き終わるのはいつ?」
「いつまであるの……時間」
「うーん……」
「ほう、いまだ下絵のようですが、コレはなかなか……」
「え、わかるのフリッツ?」
「この段階ではまだ、評価は下せませんが、描こうとしている人物がダレなのか……輪郭しかありませんが、妙な説得力を感じます」
「ッフッフッフ。さすがフリッツね。この才能に気がつくとは」
ルシアのあからさまな演技っぽい笑い。
「まだ評価を下せるとは、申し上げておりませんが」
「ピエール」
「うん?」
「お腹空いてる?」
「……いまは、絵を描きたい」
「そう。あとでなにかもってくるわね」
「……」
ピエールがイーゼルに向かい、木炭を掴んだ手を動かしている。
わたしたちは、その場を離れた。
「何者ですか? あの男は?」
「昨日、評議会の外れで拾った、画家よ」
「ほう」
「お店にも、必要でしょ? 絵画」
「それはまぁ。傑作限定となりますが」
「私にはわかるの。ピエールは虚無の底に沈んだ天才。いずれ傑作を生み出すわ」
「なるほど。では私も、楽しみにしておきましょう」
ふーん……
どんな絵を描いてくれるのかな。
あ、椅子忘れた。
「フリッツ」
「ウィ、マドモワゼル?」
「椅子、とってくる」
「……私がお運びしますので、マドモワゼルは、どうかお先に」
……ゴメン。
ほんとにゴメン……




