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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
524/555

6.5.12 - グラスは3つ


 おじさんがポンとコルクを抜く。

 そして、トポトポと、グラスにワインを注ぐ。


 透明感のあるセピア色の液体。

 ワイン臭に混じる、若々しいリンゴの匂い。

 青りんごのような香りがする。


 グラスは3つ。

 2つは、わたしと、アルベールの前。

 もうひとつは、事務机の上。

 最後に、そのグラスにワインを注いで、事務机によりかかりながら、おじさんがグラスを持ち上げた。


「ツム、ヴォール」

( Zum Wohl )


 最初におじさんが、口をつける。


「ツム、ヴォール」

 そのあとから、アルベール。



 香りだけは呑めそうだ。

 ひとくちだけでいい。

 おそるおそる、口に近づける。

 爽やかな青リンゴの香り。

 そこまでは、ジュースな気がする。


 でも舌にのせると、やっぱりワインだった。

 しかもこれ、リンゴじゃない。

 辛い……染みる……

 そして咽る。


 やっぱりムリ。


 でも、わたしは令嬢。お姫様。

 自由にしていいんだよね。

 このワインの扱いも、いつもどおりでいいんだよね。


「フリッツ」

「はい、姫殿下」


 マドモワゼルじゃなかった。


「フリッツも、呑む?」

 少し詰まってからの、フリッツの返答。

「……よろしいのですか?」


「とっても、美味しいよ」


 味わかんないから、たぶんだけどね。


「それでは、失礼いたします。閣下、頂戴いたします」

「ッフフ。好きにしたまえ」


 フリッツにグラスを渡した。

 手のひらにグラスを乗せたまま、また直立に戻る。


 アルベールが言った。

「閣下。ミキ姫殿下の時代の日本では、二十歳を過ぎるまで、アルコールの摂取を禁じられています」


「ほう。喉が渇いたら、なにを呑むんだ?」

「水か、アルコールの入っていない、サイダーかネクターでしょうか」

「そうか。なら次は、ご令嬢のために取り寄せておこう」

「恐れ入ります」


 ふぅ。部屋が静かになった。

 なにしにここに来たんだっけ。


 アルベールが口を開く。


「閣下。ギルドへの出資の件ですが」

「そうだな。そのハナシだったな。いくら必要なんだ」


「ひとまず、1千万ジェノ」

「さすがにそれはムリだ、アルベール」


 いっせんまん?

 えっと、1ジェノって10円くらいだよね。

 だとしたら……


 1億……円?



「まぁしかし、令嬢もお出でになっていただいた。そうだな、ひとまず1カ月分の事業費なら出してやろう」


 アルベールが斜め後ろを向く。

「フリッツ」

「はい。ざっと500万ジェノもあれば、充分かと」


 おじさんが、鼻から息を出してから言った。

「宮殿でも建てるつもりか、アルベール」

「ご令嬢の御住居とその店舗です。最低限の体裁は整えたいつもりです」


「……ご令嬢に、ひとつお伺いしたい」

「はい」

「いずれ知恵へ旅立たれるとのことだが、ご両親はご健在なのか?」


 これはウソじゃない。たぶん……


「うん。父上も、母上も、知恵にいる」

「そうか。知恵には入れてもらえそうか?」


「うーん、行ってみないとわからないけど……知ってるヒトに会えれば」

「ふむ……」


 おじさんは、机に寄りかかったまま、地面を向いて考え込んだ。

 しばらくすると、顔を上げて、わたしの目をのぞき込む。


「200万ジェノ。最初に出せるのは、それが限界だ。だだし……」


 そのあと、アルベールに視線を向ける。


「口約束だけではダメだ。そうだな……試食をさせろ。場所はこのテントだ。できるか?」


 アルベールは、おじさんに視線を向けたまま言った。

「フリッツ」

「はい。それでは閣下にお尋ねします。ご予約は何名といたしましょうか」


「……3人だ」

「かしこまりました。厨房はございますでしょうか?」

「焚火しかないが、可能か?」

「問題ございません。準備に4日ほどいただいてもかまいませんでしょうか?」


「いいだろう。では5日後としよう。場所はこのテントだ」


「かしこまりました。もう2~3、お伺いさせていだきます」

「なんだ?」

「お客様の中に、アレルギー等はございますでしょうか……」


 フリッツもすごいなぁ。

 物怖じしない。

 フリッツが、おじさんに質問し、おじさんもそれに応えている。

 普通に、レストランの予約の受付をしている。


「5日後のディナーのご予約、確かに承りました。なにかございましたら、いつでもお知らせください」

「ああ。わかった。よろしくたのむよ」



 話しが、終わった。

 思っていたよりも、あっさりと?


 帰り際。


「ああ、そうだ、ご令嬢」

「はい?」

「5日後の夜、ご令嬢をディナーに招待したい。いかがかな?」


 どういうわけか。

 わたしは、すぐに反応した。


 顔を傾けながら、スカートの両端を摘まんで、腰を屈める。

 わたしは、笑顔が得意。

 ベストアングルも把握している。

 毎朝、練習してるからね。


「はい。喜んで」


 おじさんも、わたしの笑顔を見て、目を細めてにっこりと微笑んだ。

 教頭先生の作り笑い。

 悪い気はしない。


 でも、怒られないように、細心の注意を払う。

 みきは、それも得意。


 みきは、誰でも、どの先生にも好かれる、いい子だからね。



 楽勝だ。




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