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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
523/555

6.5.11


 到着を告げに出ていた、フリッツが戻る。


「すぐにお会いになっていただけるとのことです」

「向かおう」



「それじゃあ、私は、適当に時間潰してるわね」


 斜面を下り、ルシアと別れ、4人でテントへと向かう。

 テントの入り口で、アルベールが言った。


「タデクは、ここで待機だ」


 タデクが、左腰の長剣を抜いた。


 え、と思ったけど、剣を垂直に立てて、口元に近づけて動きを止める。

 そのあと、ゆっくりと、剣先を右下へと降ろした。


「ヤク、ルォスカージェシッ」

( Jak rozkażesz )


 アルベールの口元が歪む。

「頼むぞ、タデク」


 ポーランド語かな。

 なんて言ったんだろう。


「剣は、必要になるまでしまっておけ」


 タデクはアルベールを睨みつけたまま、剣を鞘に戻す。

 カチンと音を立てたあと、タンと革靴のカカトを鳴らした。


「中へ入ろう」

「うん」


 アルベールを先頭に、その後ろがわたし。

 フリッツが最後に、テントの中へ。


 中に入ると、幕に囲まれた小部屋。

 その傍らに、ドレスエプロンを着た若い女性が立っていた。


 アルベールが女性に言った。

「ウィルツ閣下と面談したい。いいかな?」

「中でお待ちです。どうぞ」


 女性が、右側の幕に手を差し込み、半分持ち上げる。

 中にも床はなく地面。

 中央に焦げ付いたような赤褐色の事務机。

 座っているのは、ひとりのおじさんだった。


 ヘルメットのようにかっちりとした黒髪。

 とんがった鼻の下には、ペタッと貼りつけたような紳士の口髭。


 目つきは穏やかだけど、残念ながら、優しそうには見えない。

 いちども生徒を褒めたことがない、教頭先生のようだった。


「失礼いたします。アルベールです」

「……まぁ座れ」

「はい」


 アルベールが……敬語……


「その前に、ご紹介させてください」


 おじさんの視線がわたしへ。

「そちらのご令嬢が? 例の?」


「はい。日本の皇室の分家にあたるご令嬢。この世界においてはフォリオ・ノーメルシのギルドマスターでおられる、ミキ姫殿下です」


 姫殿下……


 おちつけ。おちつけ、みき。

 挨拶の仕方くらい、わたしでも知っている。

 映画やアニメで見たし、幼い頃、ママの前でもやって見せたことがある。


 わたしは、スカートの両端をちょんと持ち上げる。

 剣が引っかかって邪魔だけど、そのまま、右脚を半歩後ろに引く。

 地面を眺めながら、両ひざを屈めた。


「みき……です」


 3つ数えて姿勢を戻した。

 おじさんは、足のつま先から頭まで。

 興味無さげな視線で、わたしの全身をなぞっていた。


 なんか、ちょっといやらしい……

 もう帰りたい。


 おじさんの視線が、わたしの右後ろへ。

「君は?」


「お初にお目にかかります。フリッツ・イーゼリンと言います。フォリオ・ノーメルシで、財務監査を拝命しております」


「ほう。ドイツ人かね?」

「スイス生まれの、ドイツ人でござます」

「スイスのどこだね?」

「幼少期をバーゼルで過ごしました」


 おじさんが、椅子から、立ち上がった。

 自分から聞いといて、そんなのどうでもいいと言いたげな顔。


「まぁ座りなさい」


 アルベールが反応した。

「失礼いたします」


 座れといっても、ソファーがひとつと、茶褐色のローテーブル。

 事務机と同じ色の木で縁取られた固そうなソファー。

 ぎゅうぎゅうに詰めれば、3人までなら座れそうだけど。


 アルベールが、目線だけでわたしに合図した。

 座るのはわたしと、アルベール。

 フリッツは、後ろに立った。


 座り心地は……いまいちだ。



 おじさんが、パンパンと手を2回叩く。

 入り口の幕が上がり、さきほどの女性が顔を見せた。


 おじさんは、手振りだけで何かを伝えると、幕が戻り女性は見えなくなった。

 のしのしと歩いて、事務机の前に出て、お尻だけ机にもたれかかる。


「私の国でも日本との交流は多い。近頃はあまりよくないが」


「は……はぁ」

「まさか、クインヒーナに勝利するとはな」


 クインヒーナ……?

 どこ……ダレ?

 わからないときは、わからないでいいんだよね?

 表情を変えないまま、アルベールに視線を投げた。

 アルベールの黒目が、クッとこっちに寄ってまた戻る。


 アルベールが言った。

「ええまったく。我が国が、ロシア、フランスと手を組んで、極東の小国に圧力をかけることになるなど。考えもしませんでした」


 ……ロシア、フランス、アルベールはいまはドイツ人。


 歴史の授業で聞いたことをほじくり返す。

 開くページは、西暦1900年前後。


 市場で串焼き(1894年8月)

 日清戦争?


 市場で求婚(1895年)

 三国干渉!


「えっと、たしか日本では……」

「うむ?」

「”にっしんせんそう”って、教科書に書いてあって」

「ほう。学校の教科書かね?」


「うん。勝因は、ドイツ帝国から得た軍事交流だったって、教科書に書いてあったような?」


「ではなにか、我が国が鍛えたら強くなりすぎて、ヨーロッパ全土が慌てているということか。ッハハハ。確かにな。そのとおりだ。ッハハハハハハ!」


「恐れ入りますが閣下、姫殿下はあまり閣下の時代のことを知りません」

「そうだな。では知りたいならいつでも来なさい。歴史の教科書ではなく、実際に起きている事実を教えてあげよう」


「うん……ありがとう、ございます……」


 それは、知りたいような、どうでもいいような。

 っていうか、このおじさんとふたりで会うなんて、絶対にイヤ。



「失礼いたします」


 女性が部屋に入ってきた。

 手にはお盆。


 緑色のボトルと、グラスが3つ。

 

「ご令嬢は、リースリングの白ワインはお好きかな?」



「え、あ……えっと……」

 


 ごめんなさい。呑めません。




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