6.5.11
到着を告げに出ていた、フリッツが戻る。
「すぐにお会いになっていただけるとのことです」
「向かおう」
「それじゃあ、私は、適当に時間潰してるわね」
斜面を下り、ルシアと別れ、4人でテントへと向かう。
テントの入り口で、アルベールが言った。
「タデクは、ここで待機だ」
タデクが、左腰の長剣を抜いた。
え、と思ったけど、剣を垂直に立てて、口元に近づけて動きを止める。
そのあと、ゆっくりと、剣先を右下へと降ろした。
「ヤク、ルォスカージェシッ」
( Jak rozkażesz )
アルベールの口元が歪む。
「頼むぞ、タデク」
ポーランド語かな。
なんて言ったんだろう。
「剣は、必要になるまでしまっておけ」
タデクはアルベールを睨みつけたまま、剣を鞘に戻す。
カチンと音を立てたあと、タンと革靴のカカトを鳴らした。
「中へ入ろう」
「うん」
アルベールを先頭に、その後ろがわたし。
フリッツが最後に、テントの中へ。
中に入ると、幕に囲まれた小部屋。
その傍らに、ドレスエプロンを着た若い女性が立っていた。
アルベールが女性に言った。
「ウィルツ閣下と面談したい。いいかな?」
「中でお待ちです。どうぞ」
女性が、右側の幕に手を差し込み、半分持ち上げる。
中にも床はなく地面。
中央に焦げ付いたような赤褐色の事務机。
座っているのは、ひとりのおじさんだった。
ヘルメットのようにかっちりとした黒髪。
とんがった鼻の下には、ペタッと貼りつけたような紳士の口髭。
目つきは穏やかだけど、残念ながら、優しそうには見えない。
いちども生徒を褒めたことがない、教頭先生のようだった。
「失礼いたします。アルベールです」
「……まぁ座れ」
「はい」
アルベールが……敬語……
「その前に、ご紹介させてください」
おじさんの視線がわたしへ。
「そちらのご令嬢が? 例の?」
「はい。日本の皇室の分家にあたるご令嬢。この世界においてはフォリオ・ノーメルシのギルドマスターでおられる、ミキ姫殿下です」
姫殿下……
おちつけ。おちつけ、みき。
挨拶の仕方くらい、わたしでも知っている。
映画やアニメで見たし、幼い頃、ママの前でもやって見せたことがある。
わたしは、スカートの両端をちょんと持ち上げる。
剣が引っかかって邪魔だけど、そのまま、右脚を半歩後ろに引く。
地面を眺めながら、両ひざを屈めた。
「みき……です」
3つ数えて姿勢を戻した。
おじさんは、足のつま先から頭まで。
興味無さげな視線で、わたしの全身をなぞっていた。
なんか、ちょっといやらしい……
もう帰りたい。
おじさんの視線が、わたしの右後ろへ。
「君は?」
「お初にお目にかかります。フリッツ・イーゼリンと言います。フォリオ・ノーメルシで、財務監査を拝命しております」
「ほう。ドイツ人かね?」
「スイス生まれの、ドイツ人でござます」
「スイスのどこだね?」
「幼少期をバーゼルで過ごしました」
おじさんが、椅子から、立ち上がった。
自分から聞いといて、そんなのどうでもいいと言いたげな顔。
「まぁ座りなさい」
アルベールが反応した。
「失礼いたします」
座れといっても、ソファーがひとつと、茶褐色のローテーブル。
事務机と同じ色の木で縁取られた固そうなソファー。
ぎゅうぎゅうに詰めれば、3人までなら座れそうだけど。
アルベールが、目線だけでわたしに合図した。
座るのはわたしと、アルベール。
フリッツは、後ろに立った。
座り心地は……いまいちだ。
おじさんが、パンパンと手を2回叩く。
入り口の幕が上がり、さきほどの女性が顔を見せた。
おじさんは、手振りだけで何かを伝えると、幕が戻り女性は見えなくなった。
のしのしと歩いて、事務机の前に出て、お尻だけ机にもたれかかる。
「私の国でも日本との交流は多い。近頃はあまりよくないが」
「は……はぁ」
「まさか、クインヒーナに勝利するとはな」
クインヒーナ……?
どこ……ダレ?
わからないときは、わからないでいいんだよね?
表情を変えないまま、アルベールに視線を投げた。
アルベールの黒目が、クッとこっちに寄ってまた戻る。
アルベールが言った。
「ええまったく。我が国が、ロシア、フランスと手を組んで、極東の小国に圧力をかけることになるなど。考えもしませんでした」
……ロシア、フランス、アルベールはいまはドイツ人。
歴史の授業で聞いたことをほじくり返す。
開くページは、西暦1900年前後。
市場で串焼き(1894年8月)
日清戦争?
市場で求婚(1895年)
三国干渉!
「えっと、たしか日本では……」
「うむ?」
「”にっしんせんそう”って、教科書に書いてあって」
「ほう。学校の教科書かね?」
「うん。勝因は、ドイツ帝国から得た軍事交流だったって、教科書に書いてあったような?」
「ではなにか、我が国が鍛えたら強くなりすぎて、ヨーロッパ全土が慌てているということか。ッハハハ。確かにな。そのとおりだ。ッハハハハハハ!」
「恐れ入りますが閣下、姫殿下はあまり閣下の時代のことを知りません」
「そうだな。では知りたいならいつでも来なさい。歴史の教科書ではなく、実際に起きている事実を教えてあげよう」
「うん……ありがとう、ございます……」
それは、知りたいような、どうでもいいような。
っていうか、このおじさんとふたりで会うなんて、絶対にイヤ。
「失礼いたします」
女性が部屋に入ってきた。
手にはお盆。
緑色のボトルと、グラスが3つ。
「ご令嬢は、リースリングの白ワインはお好きかな?」
「え、あ……えっと……」
ごめんなさい。呑めません。




