6.5.08 - Aライン
ルシアと朝食。
今朝も、サクサクのライ麦パン。
溶けたバターが、絶妙な甘さで染み込んでいる。
「そんなの気にしなくていいわよ」
「えー、でもぉ」
「あのヒトたちにとってはね、それも誇り高い仕事なの」
「みきを、マドモワゼルって呼ぶことが?」
「そうよ。だから、呼ばせてあげて」
「意味わかんないよぉ」
「ミキ」
後ろから、男のヒトの声。
「うん?」
「あらぁ、アルベール。久しぶりね」
振り向くと、アルベールが立っている。
左手に木製の鞘に収まった西洋剣を掴んでいた。
「評議会へ行く。支度しろ。私とフリッツも同行する」
「えぇ……それも、みきのお仕事?」
「無論だ。週1のギルドマスターの仕事だ」
ルシアが質問した。
「要件はなによ」
「出資を頼みにいく」
「出資って、お金ないの?」
「いまの段階では、ゼロだ」
「あらまぁ」
「このままでは、建設者への賃金が支払えない」
「とんでもない見切り発車ね」
「おまえたち、ほんとうになにも知らないのだな」
「え?」
「まだ、どこのギルドもカネはない。流通していないのだからな」
「もしかして、ややこしそうな話?」
「いや、単純だ。経済の最初の流通は、いくつかのギルドへの出資から始まる」
「えっと? どういうこと?」
「最初に出資を得たギルドは、経済というエンジンを動かす最初の油田になりえるということだ。わかるか?」
「まったくわからないんだけど……私もいっしょに行くのよね?」
「いや、ルシアは来なくていい」
「ええ、どうしてよ。ミキが心配だわ」
「そんな汚い恰好で来るな」
「ちょっ……」
「フリッツ」
「ウィ、ムッシュ」
アルベールの背後に、フリッツと、ソムリエのクララの姿。
フリッツは、ブラウン色のブーツを両手で支え、クララは、紺色と、水色の生地の服のようなものを抱えている。
クララの服装も、亜麻布初期装備を卒業していた。
白いブラウスの上に、折り目のある黒いスーツを纏っている。
腰から下はズボンではなく、ひざ下までのペンシルスカート。
後ろ髪は、紫の花柄ブローチの下でまとめられていた。
いつものことで慣れたけど。
いったいどこで、そんな服を仕立ててくるのか。
どこからどうみても、普通のビジネスコーデだ。
「ミキ」
アルベールが言った。
「うん?」
「着替えだ」
「は、い?」
フリッツが小川の方へ右手を伸ばす。
「マドモワゼル、あちらへ。クララ、お願いしますね」
「ウィ、ムッシュ」
促されるままに、小川を渡る。
いつのまにか、板の橋が架けられ、歩いて渡れるようになっていた。
レストラン予定地の左隣の敷地に、小ぶりだが、歩いて入れる高さの四角いテントができていた。
すぐ横では、数人のタンクトップのムキマッチョが、建築資材を運んでいる。
勝手についてきたルシアも含めて、4人でテントへ入る。
広さはタタミ2~3畳。
フリッツはブーツを地面に置くとテントから出た。
残ったクララが、ルシアを呼んだ。
「ルシア様」
「なによ」
「恐れ入りますが、着替えをお手伝いください」
「え、ええ、もっ、もちろんよ! ここでは私が、ミキのお姉ちゃんなんだから!」
テントの中は、わたしと、クララ。ルシアの3人。
3人でも狭い。
「……失礼いたします」
クララが、マントの留め具を外し、隅っこに置いてあったカゴに、たたんで入れる。
気がついたら、わたしは……
わたしよりも、ルシアが目を丸くした。
「え、ちょっと……私、ダレも入れないように見張ってるから!」
「え……ええ、お願いしますね、ルシア様」
わたしは着替えをさせられた。
下着はないので肌着。
まずは紺色の、クラシカルなロングドレス。
首の根元まで詰まったハイネック。
控え目なレースタックがあしらわれた、長袖のAライン。
足首まであるスカートの裾は、フリルになっている。
大正時代のご令嬢……みたいだけど……
かわいい。
わたしは、マネキンのように、それを着せられた。
サイズはピッタリ。
最後にドレスと同じ紺色で、目立たないソードベルト巻く。
その左腰に、バックソードを吊る。
水色のショートケープ。
ボタンのない、ショートケープボレロ。
カシミアのような手触り。
留め具は、アンティーク調の金色のブローチ
そのボレロを、ドレスの上に羽織る。
これも……かわいい!
革製の編み上げショートブーツ。
色はダークブラウン。
靴底は、固い革を重ねたような弾力。
くるぶしの上あたりで、短い紐を結ぶ。
クララはヘアスタイルもいじってくれた。
サイドの髪を少しだけまとめてハーフアップ。
後ろ頭に、ダークブルーのリボンの髪留め。
「マドモワゼル」
「はい」
「肩のチカラを抜いて、背筋を伸ばしてください」
「は……はい」
「左腰に剣を佩いておりますので、右手を下にして、お腹の前で軽く組んでください」
「えと、こうですか?」
「左ヒジがヒルトに当たらないように、もう少し右寄りに、こう……」
「こう?」
「はい!」
クララが、わたしから2歩下がる。
「とてもステキですよ。マドモワゼル」
「えっと……あの」
カガミ、カガミは……?
わたしは……自分で、見ることができない!
クララは斜めに向きを変え、左手を広げてテントの外に向けた。
ウソでしょ。
この格好で……
クララが顔を傾けて、微笑みかけている。
それがクララのベストアングル。かわいい……
テントの外に出た。
ルシアが両手のひらで口元を隠し、驚いている。
アルベールも立っていた。
「ふむ。いいだろう」
その後ろにフリッツ。
「少々、色が暗すぎましたか」
「いや、これでいい。上出来だ」
なんだかチョット……イラっとする反応……
それは押し込めて、アルベールに尋ねた。
「あの、これって」
「それは、今日の戦闘服だ。だが汚すなよ」
「戦闘服?」
「君は、喋らなくていい。ずっと笑っていろ」
「う……うん」
「言葉遣いは……まぁいいか。変に気取らず、いつも通りにしていればいい」
「わかったけど……」
「フリッツ、時間はまだあるか」
「そろそろ、向かったほうがよろしいかと」
「なら行こう。歩きながら説明する。タデクはどこだ」
「あっちで、大工と談笑してたわよ」
「あいつも同行させろ。護衛だ」
「じゃあ、呼んでくるわね」
ルシアは、タデクを呼びに行った。
ヒラヒラでふわふわのドレス。
これが戦闘服って……?
そういえば、アルベールも剣を持っている。
いったい、なにと戦うっていうの。




