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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
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6.5.07 - 品評会


 ミシェルが、鍋の蓋を開けると……


 ポテトの凄まじい香りが吹きだした。

 それとほんの少しのツンとした、ワサビに似た香り。


 不思議だ。

 農村の台所でも、酒場の厨房でも、おなじポテトを蒸したのに。

 同じ食材。調味料もお水だけなのに。

 香りが、まったく違う。



 ミシェルは、2本のフォークを使って、鍋のポテトを1つ掴み上げた。

 それをお皿に置いて、フォークで皮を剥がす。

 そして、ホロホロになったポテトの表面を、じっくりと観察。


 スプーンに持ち替え、先端でほんのひと掻き。

 最初に香りを確かめる。

 そのあと、口の中へいれて、じっくりと転がす。


「なるほど、これは……」

「いかがですか、フリッツ」

「支配人。これは素晴らしい食材かもしれません」

「ほう?」


 ミシェルは、後ろの棚からスプーンの束を、麻の布越しに掴む。

「どうぞ」

 最初にわたし。


「うん、ありがとう」


 自分で蒸したヒメリュウ・ポテトをさんざん食べたのに。

 これは、たぶん次元が違う。

 食べてみたい。


「支配人。クララも」


 フリッツとクララが、スプーンを受け取る。

 1個のポテトに、順番にスプーンを差していく。

 わたしもスプーンの先に載せて、口の中へ。


 食感がまるで違っていた。

 弾力性のある、プルンとしたムース。

 それを舌で潰すと、オイルのようなポテトの風味。

 じゅわっとした甘みが広がり、後からくるツンとしたワサビのような風味。


 最初にフリッツが言った。

「なるほど……クリームのような舌触りですが、辛みがありますね」


 ミシェル。

「ニョッキ、チップス、ソース。いろいろできそうです」


 クララからもひとこと。

「パンやガレットにもできそうですね」


 だれも美味しいとは言わないけど……

 これは、いい反応なのかな。


「どお? 使えそう?」

 ミシェルに尋ねた。


「はい。これは、仕入れ可能なのですか?」

「1か月後に最初の収穫があるけど、増やすのが先だから、安定供給は3ヶ月後くらいかなぁ」

「お店のオープンと同じですね。メニューに組み込めるか、考えてみましょう」

「あれ、2ヶ月後じゃないの?」


 フリッツが答えた。

「お店が完成するのは2カ月後ですが、1カ月間は準備期間に当てます」

「ふーん」


「支配人」

「ウイ?」

「残りの2つですが、試したいことがあるので、3日ほど時間を貰えませんか?」

「ええ。私はかまいませんが……」


 フリッツの視線が、わたしに向いた。


「みきも、構わないけど……大丈夫? ダメになっちゃわない?」

 ミシェルが答えた。

「問題ないです。このカルトッフェルをつかったランチを、3日後にご用意します」


 そして、クララ。

「では私は、ワインの選定をしてまいりましょう」


「ああ、その前に、ミシェル、それとクララ」

「ウィ、ムッシュ?」


「先に、服装をどうにかしてください。メモリアで手に入らないようであれば、こちらで手配いたしますが」


「……それでは、お願いいたします。支配人」

「ボクも、お願いします」


「わかりました。サイズだけ、後ほどお知らせください」

「ウィ、ムッシュ」



 フリッツは、ニフィル・ロード経験者なんだろうな。

 初日から、あんなスーツ着てるし。

 調理器具や食器も、フリッツが集めたのかな。



 ミシェルとクララは、初期装備。

 ってことは、ニフィル・ロード初参加。

 そのわりに、落ち着いてるというか、あきらめているというか。


 同じホテルで働いてるらしいけど、3人はどんな関係なんだろう……




 メモリアへ戻ると夕方だった。

 そして、眠い。

 もう24時間近く、まともに寝ていないかも。

 眠くなくて、暇を持て余していたのが、恨めしい。

 陽が沈むとすぐに、わたしは、おやしろのベッドで眠りについた。



 翌朝。

 メモリアに顔を出す。


 拠点へ行くと、最初に目についたのはミシェル。

 テーブルのところで作業をしている。


 どうやら、服を新調したらしい。

 無地だが、ベージュに近い白。

 襟のついたコックコート?

 だと思うけど、ボタンがついてない。

 ぱっと見は、病院の手術服のようだった。



「おはよう、ミシェル」


 テーブルの上には……パスタ麺?


「おはようございます。マドモワゼル」

「これは?」

「カルトッフェルをすり潰して、棒状に練りました」

「パスタ?」

「ハハハ、そうですね。見た目はパスタです」

「これをどうするの?」

「今日1日、太陽の下で乾燥させます」

「へー」


「明日、さらに細かく砕いて、粒状しようと思っています」

「ふーん……?」

「その状態であれば、半年から1年、環境次第ではさらに長期間の保存も可能になるはずです」

「え、ほんとに?」

「はい」

「すごーい」


 これは、村のひとにも、教えてあげよう。

 ヒメリュウ・ポテトは、収穫してから2~3日以内に蒸して食べることしか、わたしは知らなかった。


「すごいね、ミシェル」

「ッハハハ。食材を持ち込んだ、マドモワゼルにはおよびません」



「ミキー」

「あ、ルシア」

「朝ごはん食べた?」

「まだだけど」

「ミシェルがパン焼いてくれたから、いっしょに食べましょ」

「うん」


「じゃね。ありがとうミシェル」

「ウィ。マドモワゼル。よい1日を」



 ……ふぅ。

 マドモワゼルをやめてもらうには、どうしたらいいのか。



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