6.5.06
わたしは亜麻布を借りた。
「経過を見たいから、何日かしたら、また来るね」
「おう。よろしく頼む。いつでもいいぞ」
レクサムなのか、コンフィなのか。
どちらかわからないけど、もういいや。
確率は2分の1だ。
「ニシカタくん、シチリちゃん、またね」
こっちは、完璧に覚えた。
わたしが手を振ると、ふたりも遠慮がちに手を振る。
4個のヒメリュウ・ポテトを、亜麻布で包んでお土産にした。
歩いて、酒場へ向かう。
このポテトは、扱いがやや複雑だ。
だから、まずは酒場のマスターへ。
亜麻布を開いて、肌に触れないように1個をテーブルの上に載せた。
「なんだこりゃ……根っこ? か?」
「ヒメリュウ・ポテト。素手で触るとかぶれるから、触るときは手袋してね」
「手袋なんて、うちにはねぇぞ」
「エプロンの端でも布でも、なんでもいいよ」
マスターは、いろんな角度からポテトを眺めた。
鼻を近づけて匂いも嗅ぐ。
土の匂いしかしないと思うけど。
「それでね、これを栽培することになったから」
「ほう? 食べられるってことでいいんだな?」
「うん。ふかす食べ方しかしらないけど、やってみるから、調理場貸して」
「おぅ……まぁ、かまわねぇが。嬢ちゃん、料理できんのか?」
調理場へ行き、鍋とカゴを借りて、ポテトをふかす。
ガロムちゃんと、シチリも、途中から見ていた。
1個だから、ひとくちぶんくらいしかないけど、酒場でも試食会。
「まぁ、なぁにこれ。昔食べた、クリームみたい」
「ふわふわぁ」
「変わった食感だが、このままでも旨いし、他とも相性がよさそうだ」
「1カ月後に最初の収穫があるから、覚えておいてね」
「ほぅ。どこの畑だ?」
「えーと……レクサムコンフィ?」
「あいつらか。うちの畑では、栽培できないのか」
「じめっとした場所じゃないとダメで、あと毒があるから、人通りがある場所もダメ」
「毒があるのにこんなにうめぇのか。あとでハラ壊したりしねぇのか」
「うん。だから頭の片隅に入れておいて」
「わかった。まぁ、収穫してからだな。1個じゃなにもわかんねぇ」
「みきは、またちょっと出かけてくるね」
「おう。わたしびとの仕事か? 気をつけてな」
「うん」
「あん? どこ行くんだ。出口は逆だぞ?」
「こっちでいいよ。行ってくるね」
「いってらっしゃーい」
ガロムちゃんと手を振り合う。
ポテトは残り3個。
また宿泊部屋を借りて、噴水広場へ移動した。
時間は、まだ昼下がり。
拠点までの道すがらも、拠点の周りも。
トンテンカンコンと、木槌を打ち鳴らす音。
テーブルに座っていたのは、フリッツとミシェル。
それと……また、新しいヒト……
頭の真後ろに革紐が垂れている。
結んだ黒髪を、肩を少し過ぎたあたりまで垂らしていた。
女性だね?
「これはこれは、マドモワゼル。そちらのお荷物は?」
フリッツは、いつも噴水広場を向いて座っている。
立ち上がると、亜麻布の荷物を受け取ろうと歩み寄った。
続いてミシェルも立ちあがる。
「これはね、ヒメリュウ・ポテトなんだけど、えっと?」
少し遅れて、女性も立ち上がり、こちらを振り向いた。
やはり、初期装備の亜麻布。
わたしも最初は、ソレだったけど、まだ9歳だった。
大人の女性の初期装備姿はなんだか……セクシィ……
ミシェルと女性が、ほぼ同時に、頭を傾ける。
「それでは、ソムリエが合流いたしましたので、先に紹介させてください」
「……は、い」
ああ、またこれか……
あと何回、これをやるんだろう。
わたしはただの、女子高生なの。
「お初にお目にかかります。クララ・ミュラーと申します。カールスルーエのホテルで、お飲み物の管理を任されております」
クララ。
名前がかわいい。
なんか、フリッツやミシェルと比べたら、まだとっつきやすそう。
「あ、みきです。こんにちわ。えっと、クララ?」
「ウィ、マドモワゼル」
クララが、微かに傾けた顔を向けて、にっこりと笑顔を作った。
カワイイ。そして美人。この角度がベストアングルなのかも。
でもやっぱり、わたしは、マドモワゼルなんだ。
もう、泣きたい。
「まかないになってしまいますが、ブランチのご用意をいたしましょうか」
「あ、うーうん、違うの。ミシェルさんにね、これを見てほしくて」
テーブルの上で、亜麻布を広げる。
3人が覗き込む。
最初にフリッツが口を開く。
「これは珍しいですね。カルトッフェル(ポテト)……でしょうか?」
「支配人。カルトッフェルが、珍しいのですか?」
「ええ。ニフィル・ロードでは、見かけたことがありません」
「あのね、ちょっと違うの。だから素手では触らないでね」
「違うとは?」
メモリアと同じ説明を、ドイツ語で3人に語った。
ミシェルが言った。
「とりあえず、食べてみましょう。エチュベでいいですか?」
「えちゅべ?」
「鍋で蒸します」
「じゃあ、えちゅべで」
「ウィ、マドモワゼル」
ミシェルは、黒々とした重そうな鍋を軽々と持ち上げ、焚火コンロの上にドスンと乗せた。
チカラのある小太りシェフだった。
それから、麻の布でヒメリュウ・ポテトを掴み、ひとつずつ吟味していく。
「ナイフは入れないほうがいいですか?」
「加熱前に、地肌に触れるとかぶれるかもしれないから、今日は、そのままで」
「ウィ、マドモワゼル」
3個のポテトを、そのまま鍋の中へ。
それから、陶器の瓶を持ち出し、中の液体をスプーンに満たす。
「これは、お水です」
お水を、おおさじで2杯。
鍋の中に振りまいた。
鍋に蓋をする。
蓋も重そうだ。
そして火入れ。
「2~30分ほどお待ちください」
焚火の火は調整できないからだろうか。
ミシェルは薄い板を使って、鉄板を位置を高めに調整した。
まもなく、ホクホクとした、マッシュポテトの香り。
いい匂い。
近くで作業をしている大工さんも、周囲のプレイヤーも、鼻を向けてくる。
3個しかないから、みんなの分はない。




