6.5.04 - ヒメリュウ・ポテト
レクサムとコンフィ。
ガラガラとカラの台車を引いている。
どっちかが引いて、どっちかが後ろから押している。
乗っていくかと聞かれたけど、断った。
歩いて、そのあとを追う。
後ろ姿もそっくりだった。
見分けがつくヒトなんて、いるんだろうか。
歩いたのは、10分くらい。
農道の左右に、2軒の平屋と2軒の納屋。
向きが違うだけで、見た目はほぼ同じ家だ。
他に建物はなく、周囲は広い耕作地だった。
「んで? まずなにをしたいんだ?」
「畑を見る」
「みてどうすんだよ」
わたしは魔法で、ジャガイモを生み出したことがある。
でも、そのジャガイモは、現実世界のジャガイモとは違う。
じめっとした場所じゃないと、育ちにくいのだ。
「とにかく見る」
「そうか。どっちからいく?」
わたしは、野菜畑の方から順に確認した。
畑の近くには、細い小川が流れている。
下流には麦畑。
果樹園は、小川から離れた遠くの斜面。
それ以外は平地。
農園として、普通に好条件が揃っていた。
「いい場所だね」
「そうだろう。人手はすくねぇが、水はたくさんある。虫がついてダメになることも多いが、虫も作物も、生き物はとにかく良く育つ」
小川の先に、十数本の小さな雑木林が見えた。
そこに近づき、覆われた落葉をどけると、湿り気のある土壌。
そしてわたしは、目的のお花そのものを見つけた。
ヒメリュウキンカ。
タンポポに似た黄色い花が咲き、スペードのような葉をたくさん茂らせている。
「ねぇねぇ、革の手袋ある?」
「あ?」
兄弟のひとりが、納屋から革手袋を持ってきた。
臭い。けど我慢。
まず革手袋をはめる。
「このお花はね、直接肌に触れないようにしてね」
「おぅ。なんだ、毒でもあんのか?」
「うん。でも食べると美味しいよ」
「え、食う? 美味しいって……毒あんのにか?」
「お花とか、葉は食べちゃダメだよ。食べるのはコッチ」
「ああ?」
ためしに1本、引っこ抜いてみる。
その姿を見ると、完璧!
ヒメリュウキンカの根は、デンプンでできたミニチュアのジャガイモ。
というか、カタチはサツマイモ。
「ねぇ、ふたりとも!」
「あん?」
「新しい野菜、育ててみない?」
「どんな?」
「ヒメリュウ・ポテト」
って、わたしが勝手に命名した。
「ヒメ? なんだって?」
「どうやって、育てんだよ」
「とくになんにもしないよ。お花や葉の大きさで時期を判断して、引っこ抜くだけ」
ヒメリュウキンカは、強い毒性のおかげで、病害に強い。
湿気を好むから、悪天候にも強い。
「なんだよそりゃ……で、手に持ってるそれを育てるのか?」
「いまから作るから、ちょっと待って」
「作る?」
少し離れたところに穴を掘り、引っこ抜いたヒメリュウキンカを、植えなおした。
そして、両手をかざして、目を閉じる。
土の中のヒメリュウキンカの塊根は、小指くらいの大きさしかない。
それを、こぶし大にする。
イメージするのは、わたしが知ってるジャガイモのカタチ。
大きさ、匂い、手に持ったときの感触。
ジャガイモを作るわけじゃない。
ヒメリュウキンカの塊根を、ジャガイモに似たカタチに変える。
しばらくすると、植えなおした周囲の土が、モコモコっと浮き上がる。
ヒメリュウキンカをまた引っこ抜くと……
根っこの塊根が、ソフトボールくらいの大きさに変わっていた。
それがゴロゴロと、3コついている。
「うぉ、なんだそりゃ? なにししたんだよヒメ様!」
「えへへー。こんどはね、お台所借りたい。料理するから」
「料理って、それを食うのか?」
「うん、おいしいよ」
「じゃあ、俺んちの台所でいいか」
「うん、鍋とね、ザルある?」
「ザル?」
「木で編んだカゴとかでもいいよ」
「ああ、それならある」
わたしは、家に招待され、台所を借りた。
兄弟も後ろで見ている。
畑仕事はやらなくていいのかなぁ。
川から汲んできた鍋で沸騰させる。
そのあいだに、ジャガイモになった塊根を、革手袋をした手で、念入りに洗う。
それを、枝で編んだカゴにいれて、沸騰する鍋の上に置く。
これでもう、革手袋はいらないから外す。
うん。手が臭い。
あとで洗う……
「これであとは、ふかすだけ」
「ふかす?」
「ここまで、革手袋はぜったいにしてね」
「お、おう。しかし、そんな毒々しいイモなんて喰って、大丈夫なのかよ」
「それは、食べてのお楽しみだね。鍋の蓋ある?」
「あるぜ。これでいいか」
「うん」
鍋の蓋を、そのまま上に載せる。
「つまようじみたいなのあるかな。フォークでもいいけど」
「つまようじ……聞いたことあるな?」
「あれじゃねぇか、ワタシダの木で作るハリみたいなやつ」
「ああ、あれか。あるぞ。ちょっとまってろ」
残った兄弟に尋ねた。
「ワタシダの木?」
「二十数年前に、わたしびと様が、村の近所の森の中に植えた木だ。頑丈な木でよ。葉は薬になるし、枝もいろんな用途に使える」
「ふーん」
「ああ、そのカゴもそうだぜ」
「え?」
「持ってきたぞ。女房が縫い物につかってるやつだが」
「もう、なによ。あらまぁ……もしかして、わたしびと様のおひめ様……?」
薄汚れたドレスエプロンを纏った黒髪の女性。
優しそうな女のヒトだった。
それより、その足元。
「か……か……」
「か?」
「かわいいー!」
「ああ、シチリのことかい。そうだろ。カワイイだろ。ッハハハ」
お人形さんみたいな女の子が、スカートの端を掴んでいた。
「うわぁ、シチリちゃんていうの?」
女の子が小さくうなずく。
わたしは、シチリちゃんに近づいてしゃがんだ。
「いま、いくつ?」
「……ごさい」
「そっかー、わたしは、みき。よろしくね、シチリちゃん」
「……みき?」
「うん。みきだよ。えへへへ」
シチリちゃんが、スカートの後ろに隠れる。
超、かわいい……
「なぁ、ヒメ様……なんか、いい匂いしてきたぞ」
「あ、そうだった」
わたしは、ますます、やる気が出た。
シチリちゃんにも、食べさせてあげよう。
てか、なんで姫様なの。
どう見ても、お姫様はシチリちゃんでしょ。
「つまようじは?」
「これでいいか?」
雑に削られたような、つまようじ。
先っちょは尖がってるけど、根元は丸まっている。
「うん」
この枝ってもしかして……
クロモジの木?
わたしびとが植えた、ワタシダの木、それがクロモジの木。
知りたいことが増えたけど、それよりいまは、こっち。
わたしは蒸したジャガイモに、尖ったクロモジの枝を突き刺した。
表面も中もグズグズ。
お豆腐に箸を差したような感触。
普通のジャガイモとは違い、これは、ヒメリュウキンカの塊根を引き延ばしたようなイモ。
だから、ジャガイモと比べてスカスカなんだけど、蒸すとスポンジケーキのようにホクホクになる。
部屋の中は蒸したデンプン。つまりジャガイモの匂いで充満していた。
兄弟から、生唾を飲み込む音が聞こえる。
ただし……
ヒメリュウキンカには、ジャガイモの芽よりも危険な毒がある。
「皮は、ぜんぶ剥いたほうがいいよ」
「お、おう?」
だから念のため、皮はぜんぶ剥く。
時間はかからない。
黒文字の枝で表面を撫でるだけでいい。
皮だけがフニフニと剥がれ落ちていく。
塊根にも毒はあるが、加熱するだけで消滅する。
だから、これで完成。
「お皿かボウルある?」
「これでいいかしら?」
奥さんが持ってきてくれた。
適当に切り分けた、ヒメリュウ・ポテトのカタマリ。
見た目は、完全にジャガイモ。
それを、ボウルによそい、みんなの前に出した。
「さきに、みきが食べてみるね」
念のため、毒見をする。
ひとかけら摘まんで、ふぅふぃと息を吹きかける。
そして口にいれた。
ジャガイモ……モドキだ。
ムースのように柔らかな食感。
爽やかでピリッとした青い香り。
少量の本ワサビを混ぜた、とろろに近い。
そして奥の方に残る、ジャガイモに似た泥っぽさ。
おいしい。
純粋なポテトの味ではないし、塩もなにも振ってないけど。
これだけでも、充分に美味しい。
「大丈夫だった。みんな食べてみて。シチリちゃんも。栄養満点だよ」
兄弟と奥さんが、マッシュポテトのようなジャガイモの切れ端を摘まんで、口に運ぶ。
「ん……んー! うまい!」
「なんだこりゃ!」
「おいしいわぁ」
「ママぁ、シチリも」
「っフフ、まってね」
奥さんが、ひとつ摘まんで、少し冷ましてから、シチリちゃんの口へ。
わたしは尋ねた。
「シチリちゃん、おいしい?」
シチリちゃんの顔が、きゅーっと萎んで笑った。
コクリとうなずくと、また、奥さんの足の後ろに隠れてしまった。
かわいい……!
周囲は、ジャガイモ・モドキでわいていた。
わたしは、シチリちゃんの存在に圧倒されていた。




