6.5.03
フリッツが言った。
「いかがでございましたか」
斜め後ろには、ミシェルも立っている。
わたしたちは、朝食を食べ終えた。
ソースも、ぜんぶパンにつけて食べた。
だからどのお皿も、真っ白になっていた。
わたしには、言葉もない。
この朝食の感動と感謝が説明できる言葉なんて、わたしは知らない。
代わりに、ルシアが口を開いた。
「ミシェル。あなた、ほんとうにここでシェフをやるの?」
「は、はぁ……そのつもりですが……お口にあいませんでしたか?」
「ねぇ、フリッツ」
「はい」
「ミシェルのお給料は、ちゃんと払えるのかしら?」
「これは、彼にとっての研修でございます。個別のギャランティは必要ありません」
「あら、そう……なら合格よ」
「あっは。あははは……は」
ミシェルの作り笑い。
「ミキも、いいわよね?」
「うん……なんか、ごめんね、ミシェル?」
「い……いえあの……マドモワゼル。どうかおきになさらず。今朝はお口にあいましたでしょうか」
「うん、とっても美味しかった。ちゃんとした感想が言えなくて、ごめんねミシェル」
「ははは。あははは」
ピンと張っていた、ミシェルの両肩からチカラが抜けたのがわかる。
小太りミシェルの、ころころとした笑顔。
フレンチの料理人さんも、こんな感じで笑うんだね。
フリッツが、ヒジでミシェルを小突く。
ミシェルは、再び、姿勢を正した。
「ありがとうございます。それでは、ミシェルをシェフとする体制で、今後の計画をお話させていただきます」
ルシアが言った。
「計画って、まだあるの?」
「まだまだ、序の口のつま先ほどでございます」
「あら、頼もしいわね。それで?」
「ソムリエと、パティシエが合流しましたら、食材の仕入れ交渉と、メニュー開発を同時に進めます。それから…………」
フリッツが、説明を始めた。
パティシエって、ケーキとかも作ってくれるのかな。
うーん……
わたしには、途中からよくわからない。
ルシアとディルが、その話を熱心に聞き、そして質問もしていた。
わたしは、ただ聞いているフリ。
タデクは、歯に挟まったリーキの葉をむしりながら、ソラを眺めている。
これから、どうなっちゃうんだろ。
まぁどのみち。
知恵への旅が始まるまで、1年以上先だろう。
フリッツとミシェルのレストランを、楽しみにしておこうと思う。
話が終わる頃。
大工さん達がやってきて、レストランとギルドハウスの建築が始まった。
わたしは、邪魔になる前に、その場を離れた。
やることもないので、メモリアへ行く。
食材の仕入れくらいなら、わたしも手伝えるかな。
カタセ村のカブや、キャベツも、とってもおいしい。
仕入れ契約するには、どうすればいいんだろう。
酒場の小部屋に戻って、部屋から出た。
テラス席には、お客さんがふたり。
ガロムちゃんが、料理を運び、マスターは厨房。
ナギサは、仕入れに出かけているらしい。
食事をしているのはふたりの男性。
名前は知らないけど、顔は知っている。
昨日、村人全員と会ってるからね。
お客さんはわたしを見ると、開口一番。
「みき様、おはよう」
「えー、もうなにそれ。違う呼び方にして!」
「なんだよ、じゃあ、なんて呼んだらいいんだよ。わたしびと様か?」
「それもなんか違う」
「こまったなぁ。どうすりゃいいんだよ」
「ふたりは、なんて名前?」
「俺は、レクサム」
「俺は、コンフィ」
覚えにくい名前。
歳はたぶん、30代後半。
2人とも、顔がよく似ている。
どっちがどっちなのか、すぐ忘れる自信がある。
とりあえず、わたしも、あいてる椅子に座る。
「なんか、名前の種類がみんなと違うね」
「俺たちの親族は、もともとヴィルゴシータの出身でよ。もう、みんな死んじまったけどな」
「え、なんかごめん」
「かまわねぇよ。名前の種類が違うのは、その影響だ」
「ふーん。あ、もしかして、門を開けたヒト?」
「おお、よく知ってるな。開けたのはアニキだけどな。俺もこいつも、弟だ」
「ふーん。そうなんだ」
「で、何て呼んだらいい?」
2人は、かわるがわる喋っているけど。
どっちがダレだか、すでにわからない。
「みきでいいよ」
「みき様?」
「様はいらない」
「なんだ、みきでいいのか」
「うん」
「ありがたみが、これっぽっちもねぇんだが」
「ありがたくもないし」
「なんだか、しまらねぇなぁ……ヒメ様はどうだ?」
「えぇ、やだぁ」
「ふたりとも、仕事は?」
「俺も、こいつも、今は農夫だ」
「ふーん。兄弟で農夫かぁ」
「いっとくけど、俺もこいつも、別々の農園だぞ。結婚して子供もいるんだぜ」
「えー、どんな子?」
「俺んちは、男の子で、いま7歳」
「俺んちは、女の子で、5歳だ」
「わー、かわいいね」
「っへへぇ、そうだろ。目を離すと、すぐどっかいっちまうけどな」
「みきにも、こんど会わせて」
「おぅ、会ってくれるか。嬉しいなぁ。じゃあ遊びにこい」
「うん、おうちはどこらへん?」
「村の南西だ。俺もこいつも、向かい合わせで住んでるからよ」
「わかった……あ、そうだ」
「あん?」
「こんど作物を売ってくれたりする?」
「なんだよ急に。仕事の話か?」
「うん」
「まぁいいけど、買いたいってどのくらいだ?」
「うーん、まだわかんない。どんな作物があるの?」
「うちは、野菜だ。キャベツ、カブ、リーキ、最近トマトも始めた」
「うちは、穀物と豆と果物だ。大麦、オート麦。レンズ豆。それとリンゴと桃」
「桃あるんだ! ジャガイモは?」
「ジャガ、イモ? なんだそりゃ?」
「やっぱ、ないよね」
「聞いたことねぇなぁ」
「今日は、畑いくの?」
「おう。納品に来たついでにメシ食って、これから帰るとこだ」
「じゃあ、いっしょにいく」
「え?」
レクサムと、コンフィだっけ。
どっちがどっちなのか。もうわからないけど、いっしょに畑に行くことにした。
お昼ご飯食は、マスターからチーズの挟んだパンを貰う。
ごめんなさい。
また、タダでもらっちゃった。




