6.5.01 - ウィ、マドモワゼル!
アップルワインはなくなった。
ガロムちゃんが呑む分は、残らなかった。
度数が強いわけじゃないので、マスターもナギサも、酔っているわけじゃない。
わたしが呑んだのもコップ1杯。
酔っているという感じはない。
「嬢ちゃんは、この部屋でいいか?」
「うん」
案内されたのは、夕方にログアウトから目覚めた部屋だった。
この部屋は、この酒場の宿泊部屋でもあるらしい。
三方の壁際に、木枠の藁ベッドが3つ置かれている。
本来は、1泊、鉄コイン2枚だとか。
わたしはお金を持っていない。
眠くはないけど、藁のベッドに横になった。
ここでお手伝いしても、赤字を増やしているだけな気がする。
毎回、ご飯をごちそうになってばかり。
真っ暗な部屋で目を閉じる。
ガロムちゃんと、女子トークしたかったけど。ガロムちゃんは、もう寝っちゃった。
だめだ。
ログインしたのが夕方だから、ぜんぜん眠くない。
ベッドから立ち上がる。
デバイスの明かりを頼りに、部屋の真ん中へ。
エレメント・ノードへ行く。
噴水広場も夜だった。
とはいえ、まだ夜の10時か11時くらいかも。
ところどころに焚火の灯り。
ガヤガヤと話し声が聞こえ、唄声みたいなのも混じっている。
真っ暗なカタセ村と違って、ここは賑やかで明るい。
ルシアのテントへと向かう。
まだ家らしい家は、どこにもできていないけど、建築資材のようなものが、あちこちに積まれている。
あと1カ月もしたら、たくさんの家が建ち並ぶのだろうか。
わたしが向かう、ルシアのテントにも、木材が山積みにされていた。
焚火も灯っている。
片隅に置かれた、ヴィクトリア朝のテーブルの周りに、人影が見えていた。
座っているのは3人。
ルシアとフリッツ。
それと……だれだろう、あれ……
背中を向けて、座っている、中年男性っぽいヒト。
正面を向いていたフリッツが、わたしに気がついて席を立った。
「おかえりなさいませ、ギルドマイスター」
フリッツは背筋を伸ばし、マジシャンのようなフェルト帽のツバに手を触れる。
そして、スッと頭を傾けた。
マイスター。
いったい、ダレのことか。
わたしか。わたしのことか。
「ミキー。昨日はどこいってたのぉ? 私にナイショで無断外泊なんてヒドイわぁ」
「あっはは、ゴメン、ルシア」
「よいタイミングでいらしてくださいました、ギルドマイスター」
「うん?」
ギルドマイスターって呼ぶの……
やめてほしいんだけど、言っていいのかな。
わたしは、フリッツ促され、あいている椅子に座る。
左を見ると、知らないおじさんが座っている。
歳はたぶん、30代か40代。
顔つきは丸くないが、全体的に太り気味。
短髪で黒髪。鼻の脇にでっかいホクロ。
横から撫でたら、ポロって落っこちそう。
その男性が、椅子から立ち上がった。
着てる服は亜麻布1枚。初期装備だね。
背筋を伸ばし、左腕だけ、おなかの前に添えて軽い会釈。
佇まいだけが、異質だった。
ここは原っぱなのに、どこの王室だろうと思った。
男性もドイツ語で言った。
「ミシェル・デュポン。ミシェルとお呼びください。カールスルーエのホテルレストランで、スーシェフを務めております」
お辞儀をしようと席を立つと、フリッツの側からも椅子を引く音。
なんだろうと思ったけど、とにかく、ご挨拶。
「みきです。こんばんは」
わたしは、日本式で、深々と頭を下げた。
顔をあげてまた椅子に座る。
そのあとから、フリッツとミシェルも、椅子に腰を下ろした。
フリッツが口を開いた。
「ミシェルを、シェフとして推薦させていただきたく、連れてまいりました」
「は、い? えっと……」
そう言われても、わたしになにをどうしろと……?
とりあえず、目線でルシアに助けを求める。
するとルシアが、ウインクしながら、口を開く。
「ミシェルさんね、和食も少し知ってるらしいわよ」
「へーぇ、どんな?」
「あ、えっと……以前、働いていたレストランにですね、日本から修行に来ていた若者がいまして」
なんだか、ミシェルさん。
30代の中年に見えるけど。
ドイツ語のイントネーションが、子供っぽい。
「彼が持参していたカツオ節や抹茶。それと乾燥した柚子の皮に触れる機会があって。それでいろんなスープを作ってみたら、衝撃を受けたのです」
「へー、お醤油とか、お味噌とか。あとお豆腐とかは知ってる?」
「ごめんなさい、それはまだよく知りません。いつか日本へ行って食べてみたいです」
「そっかぁ。ミシェルさんの作るお豆腐も、食べてみたいなぁ」
「も……もちろんです、マイスター。ボクはいつでも、どんな場所でも、どんな食材でも。最高のお皿を出しする準備ができています」
ん……なんか、ちょっと、顔が引き攣ってるような。
ミシェルから視線を外し、フリッツを見た。
「ねぇ、フリッツ」
「ウィ、マドモワゼル?」
また、呼び方が変わってる……
まぁいいや。
「ミシェルさんは、どうしてここに来たの?」
「シェフを目指す彼の研修先として、こちらに出張命令を出しました」
「ああ……そういう……」
また、イエスかノーかを、言えばいいのかな。
フリッツさんの紹介なんだから、お料理が上手なのは間違いないんだろう。
そもそも、わたしが、技術や人格を判断するつもりはない。
だとしたら。
聞きたいことはひとつだけ。
「ミシェルさん」
「ウイ……マドモワゼル?」
だから、マドモワゼルって、ダレ……
「ほんとに、ここで、お料理作ってくれるの?」
「副支配人はボクに言いました。研修とはいえ、この異界の地で三ツ星を取れば、次のシェフに推薦してもいいと。だからボクは、そこに向かって最高の料理をお作りする。それだけです」
三ツ星って……
だれが審査するの……
わたしでも、騙されてるのがわかる。
「嫌々だったりしない?」
「食事を用意して、みんなに美味しいと言ってもらえる。そこに嫌なことなんて、ひとつもありませんよ、マドモワゼル」
「そっか。じゃあ、よろしくね。ミシェル」
ミシェルが、また立ち上がる。
「ウィ」
左手を胸にあてて、浅くお辞儀。
「……マドモワゼル」
なんだか、小太りなのに。
着てる服も、亜麻布1枚なのに。
どことなく妙な哀愁が漂っているその姿。
ちょっとカッコイイ……かも?
そんな風に、感じてしまった。




