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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
512/558

6.4.14


 ナギサに引きずられて、ガロムちゃんが奥の部屋へと消えた。

 マスターは厨房へ行って、陶器のボトルを掴んで戻る。


 手にはコップが3つ。


「嬢ちゃんも呑めるか?」

「うーん……じゃあ、少しだけ」


 マスターが栓に指をかける。

 キュンと音を立てて、コルクが抜けた。


 香ってきたのは、ほのかなリンゴの匂い。


「マスター、そのワインて?」

「アップルワインだ。ヴァージンヴェール。しかも25年モノ」


 それ知ってる。

 おにいちゃんが、よくメモリアから運んできていたお酒。

 3本で、農民の年収くらいの価値だって言ってたような。


「ヴァージンヴェールって、すごく高いんじゃ……」

「値段なんて、もうつけられねぇな。もしかしたら、この村以上の価値だ」


 ナギサが戻った。

「あら……それ開けちゃうの?」


「今夜しかねぇだろ。半分はナギサのだ。いっしょに呑もう」

「え、ええ……」


 マスターが、コップにワインを注ぐ。

 トロトロと、何かが閉じ込められているかのような、どんよりとした琥珀色。

 溶けた金貨のような色味だった。


 注ぎ終わると、コップのヒトツをわたしの手元へ。

 もうひとつを、ナギサの手元へ。


 マスターが、コップを掲げた。

「ユイとカタセ村と、そしてすべてが始まったあの夜に」


 ナギサが、コップを寄せる。

 わたしもそれに習う。

 そして3人で、コップを打ち鳴らす。



 鼻に近づけると、キャラメリゼされたかのようなリンゴ。

 子供でも食べられそうな、ブランデー入りのりんご飴のようなの香り。


 コップを傾けると、トロトロのシロップが思い浮かぶ舌触り。

 酸味がとれた純粋でまろやかな甘み。

 直後に湧き上がる、咽るような重苦しさと、羽が生えたような苦味。

 口の中だけが、どこかへ弾き飛ばされてしまいそうだった。


 これがワイン……

 リンゴジュースでも、シードルでもない。

 たぶん、ワインですらない。



 ナギサが言った。

「なによこれ、言葉にできないわ」


「それでいい……安ぽい感想なんて、ひとつも聞きたくねぇ」


 マスターの言う通りだ。

 わたしはなにも言わず、もういちどコップを傾けた。



「このワインはな、あの晩、俺が店からくすねたんだ」

「……泥棒?」

「退職金ってやつだ」

「え、お店やめちゃったの?」


 その問いには答えず、啓介の話を再開した。


「ケイスケは、ダストスの話を聞いたあと、カタナを抜いたまま店の外に出た。そんで、群がってた兵士の連中に、左手のお札を見せたんだ」


 お札……ログインデバイス。


「ヴィルゴ王国では、わたしびとではなく、バイスタンダーと呼ばれていてな。ケイスケが現れる以前は、バイスタンダーがヴィルゴ王国の英雄だったんだ。スピカの街には、石像もあるんだぜ」


「ふーん……」


 バイスタンダーって。

 カウント21より前のプレイヤーかな。


「だから、ケイスケが見せたお札の効果は絶大だった。王国の連中にとっても、英雄の再来だからな。外の連中だけじゃねぇ。俺も、店にいた連中も、お札を見て呻き声をあげたよ」


「それからどうしたの?」

「外で、ケイスケと王国の連中とで、交渉が始まった」

「どんな?」

「交渉の詳しいやり取りは知らねぇ。知ってるのは結果だけだ」

「みんな、助かったの?」


「その場は、いちおうな。

 ケイスケの要求は3つ。

 ウガーラ族に対する弾圧の停止。

 立てこもるウガーラ族の解放。

 そして、族長とその妻の釈放だ」


「王国は、それを呑んだの?」


「条件付きでな。

 王国の要求は4つ。

 ウガーラ族の国外追放。

 関与した貴族も家族そろって国外へ追放。

 ケイスケは王国に留まるよう要求された。

 それと、今回の首謀者の捕縛と裁判。衛兵が4人殺されちまったからな」


「首謀者って、ダストス?」

「そうだ」

「ええ……ぜったい殺されちゃうよ」


「うむ。おそらく、ケイスケもそう思った。そこでケイスケも、逗留ではなく自分を捕縛しろと要求した」

「え、パパも捕まっちゃったの?」

「そうだ。ただ、それにも条件を付けた」

「なに?」

「解放するウガーラ族に、2名の人質を持たせることだ」

「人質?」

「ウソばっかりの国だったからなぁ。首謀者もバイスタンダーもいない状態で、ウガーラ族が生きて解放される保証なんて、どこにもねぇ。だから店のスタッフを2名、人質として連行することになったんだ」


「えー、かわいそう」

「それが、そうでもねぇんだ」

「どうして?」


「俺とナギサはな、じつは以前から駆け落ちするつもりでよ。なぁ?」

「ッフフフ……若かったわね、あの頃は」


「え?」

「ずっと前から、逃げるチャンスをうかがっててよ。

 いつか、どこか小さな村で、ふたりで酒場を始めよう……それが俺とナギサの夢だったんだ。フッハハハ」


「えーっ、でも、あぶないよね。人質もろとも殺されちゃう可能性だってあったでしょ?」


「そこも、ケイスケは計算づくだったみてぇでよ。捕まった牢屋から、その日の夜中に消えちまったんだってよ。なにかあれば、大臣を殺害するとかなんとかの脅迫文を残してな。ダッハハ」


 それは……エレメント・ノードに隠れたんだね……


「そんで俺たちは無事、このカタセ村に辿り着いたってわけさ」

「追放された貴族も?」


「そうだ。

 ユイはな、レストランで手引きした貴族の娘だ。

 それと城門を開けた男とその妻も、カタセ村の農夫になった。

 ウガーラ族は、カタセ村の自警団になるついでに、近くの森に潜伏した。まぁ、いよいよ盗賊みてぇになっちまったけどな」


「捕まったパパはどうなったの?」


「それがなぁ……結局、族長とその妻は処刑されちまってよ」

「えー、またウソついたの?」

「ああ、ケイスケも怒ったみてぇでよ」

「そりゃ怒るよね」

「どうやったのかは知らねぇが、ダストスといっしょに脱獄して、ふたりで、ひょっこりカタセ村に顔をだしたんだ」

「あはは。パパすごい」


「それからケイスケは、2度とヴィルゴ王国に支援しないと誓った。それどころか、いつか滅ぼしてやるとまで公言していた」


「そんなに怒ったの……」

 そんなにキレるパパ、わたしは、知らないよ。


「それで、王国も懲りたみてぇでな。英雄を騙して嫌われたあげく怒らせた。国民から見たら、どうみても国の方が悪の親玉だろ。なにやってんだってハナシだよ」


「それもそうだね」

「おかげでカタセ村や、ウガーラ族に追手を向けるようなこともなかった。ヴィルゴ王国としては、ケイスケと和解したがってるってハナシも聞く」


「ふーん……」


「どうする、嬢ちゃん。ヴィルゴ王国まで行ってみるかい? もしかしたら、英雄かお姫様の待遇で、歓迎してくれるかもしれねぇぞ?」


「絶対にヤダよぅ。怖すぎるし、みきはカタセ村がいい」

「ッハハ。そうか。そうだよな。俺といっしょだ。ッハハハ!」



 それにしても。

 ひどいなぁ、ヴィルゴ王国……



 でも、ちょっとまって。

 だとしたら、おにいちゃんもすごいな。

 穀物とか高級ワインとかを、巻き上げてたんだよね。


 ヴィルゴ王国から。

 しかも女王様を相手に。

 聖女から求婚までされたって言ってたし……



 よくそんなことできたなぁ……




あとがき#ルシアとソウジ


「ソウジ、明日には着くみたいよ」

「そうか……」

「やっと船酔いに慣れたのにね」

「おまえは、よく船の上で、ワインなんて呑めるな」

「フランス人にとって、ワインは水と同じよ」


「オレは、水も呑みたくないよ……」


「どうしたの、こんな真っ暗な海ばっか見て」

「ちょっと、大昔のことをな」

「昔って?」

「150年くらい前かな」

「はぁ? アナタ、まだ二十歳かそのくらいでしょ」


「あのリンゴワインなら、船酔いでも呑めるかもな」

「へー、どんなワイン?」


「名前は……忘れた……」


「ッフフ、味しか覚えてないの?」

「ワイン好きのルシアの感想も、聞いてみたい」

「あらぁ、私も呑んでみたいわ。どこの国のワイン?」


「どこの国……だったっけなぁ」



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