6.4.10 - 村じゅうの花
翌朝。
アロハの家へと足を運んだ。
なんの役にもたたないかもしれないけれど。
家族を失う悲しみは、わたしも知っている。
なにもできなくとも、ただ傍にいるだけでいい。
わたしにとって、それは、おにいちゃんだった。
おにいちゃんがあのとき、なにを言ったのか。
なにをしてくれたのか。
それは、なんにも覚えてない。
記憶にあるのは、ただ、ずっと傍にいてくれたこと。
ひとりで閉じこもりたかったのに、しつこくわたしの傍にいた。
なんとなく覚えているのは、甘いお菓子の味。
なにを食べたのか。どうやって食べたのか。
それはぜんぶ、忘れてしまったけど。
あの甘さに、ほんの僅かな安らぎを感じていた。
いまでも、それだけは、覚えている。
向かう途中で、アロハを見つけた。
手にカゴを提げて、ハセとふたりで歩いていた。
ハセの表情は、雨に打たれた野犬のように萎れている。
その横を、アロハが俯きながら歩いている。
「アロハ、ハセ」
「みきちゃん」
「やぁ、みき。おはよう」
「どこか行くの?」
「うん。お花を摘みに」
「みきもいっしょに行ってもいい?」
「もちろん。いっしょに行きましょ」
アロハが見せたのは、たぶん作り笑い。
ガロムちゃんが、へんなこと言ってたけど、そんな風には見えないよ。
向かったのは、森の外縁。
南向きの陽当たりのいい場所で、たくさんお花が咲いている。
「摘むのは、どんなお花?」
「ローズマリーとタイム。それとカタバミ」
「みきもお手伝いするね」
「ありがとう。どんなお花かわかる?」
「うん」
「森には入るんじゃねぇぞ」
「うん」
ローズマリーは、追憶と記憶。
タイムは、魂の安らぎと、故人への感謝。
きっと、お墓に添える花。
カタバミはなんだろ?
ふと……唄の歌詞とメロディーが浮かぶ。
だれが唄っていたのか。
記憶にこびりついている歌。
曖昧な記憶だけど。
わたしは、唄いながら、花を摘んだ。
"Oh, the summer time is coming,"
(ああ、夏がくるんだね)
"And the trees are sweetly blooming,"
(木々から甘い香りがしてくるよ)
"And the wild mountain thyme"
(野山のタイムが咲き始めるんだ)
"grows around the blooming heather."
(ヒースはすでに咲き乱れている)
アロハが言った。
「うっふふ……みきちゃん、おばあちゃんと同じくらい、唄へたくそね」
「え、知ってる? この唄?」
「知ってるわ。実家のおばあちゃんとね、ハーブを摘みに行くとき、よく歌っていたわ」
「じゃあ、いっしょに唄える?」
「ええ。だって、そういう唄でしょ、この唄……」
"Will you go, lassie, go?"
(いっしょに行くかい、愛しい君?)
"And we'll all go together"
(さぁ、みんなで摘みに行こう)
"To pull wild mountain thyme"
(野山のタイムを摘みに行こう)
"All around the blooming heather,"
(ヒースが咲き乱れる場所へ)
"Will you go lassie, go?"
(いっしょに行こうよ? 愛しい君)
―― Wild Mountain Thyme (ケルト民謡)
ハセが言った。
「エングル語かい? どんな唄なんだい?」
「愛しい人と、野山の花をぜんぶ摘みにいこう。そんな唄よ」
「そんなに摘んだら、ハゲ山になっちまうな」
「そうね……きっと、ユイさん怒るわ」
「……ああ。ほどほどにしとこう」
それでも。
3人で摘んだローズマリーとタイムは、カゴいっぱいになっていた。
帰りも、そのままふたりについていく。
前を歩くアロハのカゴから、風に吹かれたローズマリーの香り。
おもわず、言葉が漏れた。
「いい香り……」
「そうね。ユイさん、喜んでくれるかな」
「喜ぶにきまってるさ……」
「でも、ハーブなんて近づけないでって、私、何度も怒られたわ」
「それはな、昔を思い出すからなんだってよ」
「昔?」
「街で生活してた頃のことだろう。おれたちが生まれる前だから知らねぇけどな」
「そう……やっぱり、怒られそう」
「心配ねぇよ、もう、我慢する必要もねぇんだ」
わたしが、ハセに尋ねた。
「我慢?」
「……子供の頃、母さんがどんな生活をしていたのか。
結局おしえてくれなかったけどよ。
ハーブの香りに囲まれるような生活から、ある日突然、泥と家畜の糞に囲まれる生活になっちまったんだ。
それ以前の、幼い頃のことなんか、思い出したくもなかっただろう」
「そっか……」
「でも、もう関係ねぇ。
おれたちの世話も、カタセ村の世話も。
ぜんぶ終わったんだ。
ひょっとしたら、もう帰っちまったかもしれねぇ。
ハーブに囲まれた、幼い頃の故郷へよ」
ずっと……我慢……
だとしたら、ユイさんは「わたしびと」を恨んでいたのかな。
恨みの矛先は、家族や村ではなく、わたしびと。
「でもよ、母さんはいつだって、俺たちや村のことを、いちばんに考えていた」
「そっかぁ……」
「最近は口うるさいばっかで、みんなに嫌われてたけどよ。でもそれが、母親ってもんなのかもな」
「あ、カタバミもあったよ」
「どこ」
「ほら、あれ。道の端っこ」
「あらホント。これも摘んでいきましょう」
「うん」
「みきも摘んでいい?」
「ぜひそうしてあげて。きっとユイさんも、喜ぶわ」
喜んで……くれるのかな……?
カタバミを摘んでから。
アロハとハセは、家には向かわなかった。
村の西の外れへと歩いていく。
歩く先には、大勢の村人が、わらわらと動き回っていた。
地面から突き出た四角い石が、ポコポコと並んでいる。
あれはきっと、墓碑。
だとすると、ここは……
カタセ村の、墓地。
Wild Mountain Thyme (Official Lyric Video)
https://www.youtube.com/watch?v=5TGufy2nNEA




