6.4.06 - ウガーラ語
酒場のテラスを抜けて通りに出ると、真っ暗だった。
ところどころに、民家のオレンジ色の筋が見えるだけ。
「ダストス、松明はまだつけないでね」
「え? なにする気?」
メモリアは星はあるが、月がない。
だから、夜は真っ暗。
足元も手も見えないし、酒場を離れると、ダストスがどこにいるのかもわからない。
わたしはその暗闇で目を閉じた。
カウント24ではさんざん使ったけど、カウント22では今回が初めて。
たぶん10回くらいまでなら、使っても大丈夫。
これが最初の1回目。
目を開けた。
「なにこれ……アタシの目、どうなっちゃったの?」
「あっしもですぜ、おかしら。なんだよこりゃ」
「おおう。おれも見えるぞ。さっきまで真っ暗だったのに」
もう、この魔法で驚かれるのにも慣れた。
カタセ村の景色が、薄暗いセピア色になっていた。
「これなら、松明よりも見やすいでしょ」
松明の灯りで見えるのはせいぜい数メートルだが。
ナイトビジョンなら、何キロも見渡せる。
「お嬢ちゃんがやったの? こんなこと、お嬢ちゃん何者?」
「えへへ。まだちゃんと自己紹介してなかったね」
まずお辞儀。
頭を上げてから、ダストスに言った。
「わたしは、みき。わたしびと様だった啓介の娘だよ」
「え……」
「うそだろ」
「あ? なんかいいやしたか?」
ダストスは、固まった。
男のひとりは驚いた顔。
もうひとりは、まだ、周囲の景色に見とれていた。
「嬢ちゃん、ほんとかよそれ」
「で、でもさ、こんなことができるの、わたしびと様だけよ」
「ダストス達は、パパのこと知ってるの?」
「もちろんよ。だってアタシ、求婚したのよ、24年前」
「えっ、ウソ。パパに?」
「断られたけどね。アッハハハ」
「あの頃から、尖ってやしたねぇ、おかしらは。空気すら読まなかった」
「そんなことないわよ……」
「へぇ、すいやせん」
「でも、こんな可愛らしい娘さんがいたんじゃねぇ。しょうがないわね」
「えへへ」
「それで、ミキ。この魔法は、どのくらい効果が続くの?」
「うーん、6時間くらいかなぁ」
「ロク・ジカン?」
「あ、えっと……たぶんあの星が、山に隠れるくらいまでかな」
「そう……じゃあ、朝になる前には、元にもどるのね」
「うん。日の出の前に元に戻るから、その前に灯りを用意したほうがいいよ」
「わかったわ。それで、他にどんなことができるの?」
「オオカミの幻を呼べるよ。大抵のオオカミはそれで追っ払えると思う」
「すごいわね。他には?」
「うーん、あとは匂いを変えたり、歩くのが楽になったり、池を温泉にしたり」
「……わかった。ありがと。その腰の剣は? 使い方は知ってるの?」
「これは、剣じゃなくて杖なの」
「あらそう。どう見ても、剣のようだけど」
「気絶してもいいなら、もっとすごいことができるかもしれないけど……」
「それは危険そうねぇ。ヤメておきましょう。それで、ミキの家はどっち?」
「あっちだよ」
わたしが、おやしろの方角を指さす。
「あら……もしかしておやしろ?」
「うん。知ってる?」
ダストスが、笑った。
「もちろんよ。だってあれ建てる石材運んだの、アタシたちよ」
「ええっ! うっそー! えっと……ダストスっていま何歳?」
「それは秘密よ……」
ダストスがムッとした表情に変わった。
「あ、ごめんなさい」
「いいわよ。ほら、あんたたちも、わたしびと嬢に、自己紹介しなさい」
「へぇ。あっしは、ジンゲといいやす。お見知りおきを、お嬢さん」
「おれは、グック。よろしくな嬢ちゃん」
ジンゲと、グック
うーん……覚えやすそうで、すぐ忘れそうな名前。
「変わった名前」
「よくいわれやす。あっしらの名前の起源は、ウガーラ語なんです」
自分のことを「あっし」というジンゲは、アタマつるっぱげ。
ヒゲはモサッと生えてるけど、全部白ヒゲ。うさんくさいサンタクロースみたい。
「ウガーラ語?」
「さすがの嬢ちゃんも知らねぇか。まぁおれ達もよく知らねぇんだけどよ。ッカカカ」
「あははっ。なにそれ」
言葉遣いが悪いグック。
目立つのは、右目のアイパッチ。
頭髪はもじゃっとした癖毛で白髪交じり。
左頬には切り傷があり、なんだか歳を取った海賊みたい。
「ウーラ、アラワーガ、ポダガ、ミキ」
白ヒゲサンタのジンゲがなんか言った。
「……え、なに?」
海賊アイパッチのグックが、答えるように言い返した。
「ハビガラ、デーマ、デンダァーゴ」
「え、え?」
ダストスが強い口調でその会話に混ざる。
「ジンゲ、ボバラディハ、ミキ、シェゴバァ!」
これがウガーラ語?
なんかだか、突然、揉めているようにも見えるんだけど……
アイパッチのグックが、ダストスに言った。
「バカはほっといて、そろそろ行こうぜ、おかしら」
日本語に戻った。
「……そうね。あら、まだ酒場の前から1歩も進んでなかったわ」
「にしても、夜だってのに、道がよく見える」
「松明なしで、夜道を歩くなんて、初めでですねぇ、おかしら」
「そうね。持たなくて済むから、楽でいいわ」
3人が歩き始めた。
わたしはその後を追う。
なんだか、すごく人当たりのいいヒト達。
でも、いろいろと、不思議なヒト達だ。




