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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
502/558

6.4.04


 夕方。


 わたしは、バイトをしていた。

 しかも中世の酒場で。


 ところが予想通り、お客さんはまったく来なかった。


 なのでバイトというよりも研修。

 わたしは仕事をおそわっていた。

 先輩はガロムちゃん。

 料理を覚えるためと言われて、ときどき味見もさせてもらえる。


 そして、残念なことも発覚した。

 わたしは、3つも年下のガロムちゃんより、筋力がなかったのだ。

 ガロムちゃんは、水の入った木のジョッキを片手に3コ。

 両手で6コも持ち運ぶことができた。

 わたしは1コ。両手で2コ。

 こぼさず、素早く運べるのは、それだけだった。



 それにしても、お客さんが来ないなぁ……

 はやく、いらっしゃいませって、言ってみたい。


 まぁね。

 オオカミが徘徊しているかもしれない村を歩くなんて、しないよね普通。



 それでも、陽が落ちたころ。

 ついに、閉めっぱなしのドアが開いた。


「こんばんわ」

 最初のお客さん。


 肩までヨレ気味の黒髪の女性。

 すこし白髪が混じっているが、老けて見えるわけでもない。

 顔だけみると、丸っこい感じのマダム。

 しかし、その装いは、かなりくたびれた旅人。


 ガロムちゃんが身に着けているのに似た、裏返した毛皮のベスト。

 その上から、色の抜けたマントを羽織っている。

 シャツは亜麻布。ズボンは年季の入った革。

 左腰に幅広の剣を吊り、右腰には水筒。

 その腰ベルトのお腹と背中にも、どっしりとした革のポーチを付けていた。


 どう見ても、旅人の姿だ。

 そして、ものすごくケモノくさい。


 ガロムちゃんが、満面の笑みで言った。

「いらっしゃい、ダストス!」

 そして、全身ケモノ臭の女性にハグを求める。

 女性は、ガロムちゃんをギュッと抱きしめてから言った。

「こんばんは、ガロム。エールとなにか食べ物ちょうだい」

「はーい。ダストスひとり?」

「あとふたり来るわ。だからエールも料理も3人前ね」

「はいはーい。みき、運ぶの手伝って」

「あ、は、はい」


 ダストス……

 男のヒトだとばかり思っていた。

 いらっしゃいませを言いそびれた。


 エールは、ガロムちゃんが片手で3本。

 そして、もう片方の手に、ボウル。

 わたしは、ボウルをふたつ運ぶ。

 ボウルの中身は、肉の油とブロック肉が浮いた、こげ茶色のシチュー。

 なんだろうこれ。

 見た目の色に反して、香ばしいトマトとオリーブの香り。


 先にガロムちゃんが、テーブルにジョッキとボウルを降ろす。

 わたしも、それに習い、ボウルをテーブルに置く。


「あらぁ、新しい店員さん?」

 ダストスがわたしに言った。


「あの、いらっしゃいませ。みきです」

 わたしはペコリとお辞儀。

 なんか……鼻とか、唇のカタチとか……

 どこかで見たような。


「あらそう。かわいらしい店員さんね。アタシはダストス。よろしくね」


 ガロムが言った。

「今日から働いてるんだよ。あたしの弟子」

「へぇ。すごいじゃない。ちゃんと教えてるのガロム?」

「うーん……みきは非力で、あと、どんくさくて使えない」

「ッフフ。教えるってのは大変なのよ。いい機会だから、ガロムも学びなさいね」


 あ、わかった……

 ガロムちゃんだ。

 ダストスと呼ばれた女のヒト。

 ガロムちゃんにどことなく雰囲気が似ている。

 もしかして、マスターの妹?

 それか、ナギサさんの姉とか?


 でも、マスターにも、ナギサさんにもぜんぜん似てない。

 っていうか、赤ちゃんのスバナはマスターに似てるけど、ガロムちゃんは、酒場の夫婦とは最初から似てない。

 

 これはなんだか……

 サスペンスの匂いが……



 まぁいっか。

 深く考えるのはヤメよう。

 きっと、複雑な事情だ。

 そうに違いない。



 また、酒場のドアが開く。

 入ってきたのは旅人の格好をした中年男性がふたり。

 腰には手斧とナイフ。

 マントの上から、弓と矢筒を背負っている。

 

 ふたりとも、ヒゲがもじゃもじゃだ。

 そして、ますます獣くさい。


「おかしらぁ。馬車は井戸のとこに止めときました」

「そう。ありがと。頼んでおいたわよ。食べましょう」

「ありがてぇ。いただきやす」


 男達がテーブルに近づく。

「マスター、いただきやーす」

 座る前に、厨房の方にも声をかけた。

「おぅ。おかわりもあるからな」


 ダストスが、おかしらと呼ばれているのが気になるけど。

 気のいいヒト達だ。



 でも、この3人が入っただけで。

 お店の中は獣臭さでいっぱいだった。



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