6.4.04
夕方。
わたしは、バイトをしていた。
しかも中世の酒場で。
ところが予想通り、お客さんはまったく来なかった。
なのでバイトというよりも研修。
わたしは仕事をおそわっていた。
先輩はガロムちゃん。
料理を覚えるためと言われて、ときどき味見もさせてもらえる。
そして、残念なことも発覚した。
わたしは、3つも年下のガロムちゃんより、筋力がなかったのだ。
ガロムちゃんは、水の入った木のジョッキを片手に3コ。
両手で6コも持ち運ぶことができた。
わたしは1コ。両手で2コ。
こぼさず、素早く運べるのは、それだけだった。
それにしても、お客さんが来ないなぁ……
はやく、いらっしゃいませって、言ってみたい。
まぁね。
オオカミが徘徊しているかもしれない村を歩くなんて、しないよね普通。
それでも、陽が落ちたころ。
ついに、閉めっぱなしのドアが開いた。
「こんばんわ」
最初のお客さん。
肩までヨレ気味の黒髪の女性。
すこし白髪が混じっているが、老けて見えるわけでもない。
顔だけみると、丸っこい感じのマダム。
しかし、その装いは、かなりくたびれた旅人。
ガロムちゃんが身に着けているのに似た、裏返した毛皮のベスト。
その上から、色の抜けたマントを羽織っている。
シャツは亜麻布。ズボンは年季の入った革。
左腰に幅広の剣を吊り、右腰には水筒。
その腰ベルトのお腹と背中にも、どっしりとした革のポーチを付けていた。
どう見ても、旅人の姿だ。
そして、ものすごくケモノくさい。
ガロムちゃんが、満面の笑みで言った。
「いらっしゃい、ダストス!」
そして、全身ケモノ臭の女性にハグを求める。
女性は、ガロムちゃんをギュッと抱きしめてから言った。
「こんばんは、ガロム。エールとなにか食べ物ちょうだい」
「はーい。ダストスひとり?」
「あとふたり来るわ。だからエールも料理も3人前ね」
「はいはーい。みき、運ぶの手伝って」
「あ、は、はい」
ダストス……
男のヒトだとばかり思っていた。
いらっしゃいませを言いそびれた。
エールは、ガロムちゃんが片手で3本。
そして、もう片方の手に、ボウル。
わたしは、ボウルをふたつ運ぶ。
ボウルの中身は、肉の油とブロック肉が浮いた、こげ茶色のシチュー。
なんだろうこれ。
見た目の色に反して、香ばしいトマトとオリーブの香り。
先にガロムちゃんが、テーブルにジョッキとボウルを降ろす。
わたしも、それに習い、ボウルをテーブルに置く。
「あらぁ、新しい店員さん?」
ダストスがわたしに言った。
「あの、いらっしゃいませ。みきです」
わたしはペコリとお辞儀。
なんか……鼻とか、唇のカタチとか……
どこかで見たような。
「あらそう。かわいらしい店員さんね。アタシはダストス。よろしくね」
ガロムが言った。
「今日から働いてるんだよ。あたしの弟子」
「へぇ。すごいじゃない。ちゃんと教えてるのガロム?」
「うーん……みきは非力で、あと、どんくさくて使えない」
「ッフフ。教えるってのは大変なのよ。いい機会だから、ガロムも学びなさいね」
あ、わかった……
ガロムちゃんだ。
ダストスと呼ばれた女のヒト。
ガロムちゃんにどことなく雰囲気が似ている。
もしかして、マスターの妹?
それか、ナギサさんの姉とか?
でも、マスターにも、ナギサさんにもぜんぜん似てない。
っていうか、赤ちゃんのスバナはマスターに似てるけど、ガロムちゃんは、酒場の夫婦とは最初から似てない。
これはなんだか……
サスペンスの匂いが……
まぁいっか。
深く考えるのはヤメよう。
きっと、複雑な事情だ。
そうに違いない。
また、酒場のドアが開く。
入ってきたのは旅人の格好をした中年男性がふたり。
腰には手斧とナイフ。
マントの上から、弓と矢筒を背負っている。
ふたりとも、ヒゲがもじゃもじゃだ。
そして、ますます獣くさい。
「おかしらぁ。馬車は井戸のとこに止めときました」
「そう。ありがと。頼んでおいたわよ。食べましょう」
「ありがてぇ。いただきやす」
男達がテーブルに近づく。
「マスター、いただきやーす」
座る前に、厨房の方にも声をかけた。
「おぅ。おかわりもあるからな」
ダストスが、おかしらと呼ばれているのが気になるけど。
気のいいヒト達だ。
でも、この3人が入っただけで。
お店の中は獣臭さでいっぱいだった。




