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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
501/562

6.4.03


 村人は、オオカミの追跡はしないらしい。


 そのかわり男達は、昼間なのに松明を掲げながら、周囲の見回りを始めた。

 森には入らずに、村の中だけを巡回している。


 わたしは、マスターに連れられて、酒場に戻った。


 店に入りドアを閉める。

 いつも開けっ放しの酒場のドアも、今日は閉めっぱなしだ。


「嬢ちゃんは、腹減ってるのか?」

「うーん、よくわかんないし、お金も、もってない」

「いいよ。昼飯の途中だったから、いっしょに食っとけ」


 やり取りを聞いていた、ガロムが言った。

「あ、ごめん、お父さん。あたしとお母さんは、先に食べちゃった」


「まぁったく……まぁいい。店の準備始めてくれ」

「でもさぁ、お客さん来るのかなぁ今日」

「夕方、ダストスたちが来るはずだ」

「え、そうなの。じゃあたくさん呑むし、たくさん食べるね」


「みきの嬢ちゃんは、座って待ってな」

「うん。ありがとう」


 マスターとガロムが部屋を出ていく。

 店内にも細長いベンチが置かれたテーブルが4つ。

 わたしは、入り口に近いベンチに腰を下ろした。


 しばらくすると、マスターがふたつのボウルを運んで戻る。

 テーブルにボウルを置いて、わたしの向かいに座った。


 黄褐色の味噌汁みたいな見た目のシチュー。

 昨日のピザと野菜炒めを、レンジでチンしたような匂い。


 あんなものを見たあとだから、食欲がなかったはずだけど……

 口にいれたら、なんでこんなにと思うほど美味しい。

 大麦の重厚感と、ジェノベーゼのようなサッパリとした後味。

 お肉は入ってないけど、キャベツとカブ。それとネギが沢山入っていた。 


 食べてると、ガロムが木のコップをお盆に載せて運んでくる。

 液体の匂いはエールだ。


「それで、どうだったの、お父さん?」


「いずれ知ることになるから言っとくが、ユイが死んだ」

「ええ……っ」


「ダストスを呼ぶのろしをあげた。店にきたらオオカミの追跡と討伐を依頼する。あいつらもヒマじゃねぇだろうが、他に頼れる連中もいねぇしよ」


「そうだね。でも危ないよねぇ」

「はぐれオオカミだったらしいが、まだ群れかどうかもわからねぇから、村人だけじゃ対処しきれねぇ」


 マスターに尋ねた。

「ダストスって?」


「ダストスは、ウチのお得意さんだ」

「ふーん」


 どんなヒトだろう。

 もしかして、盗賊のお得意さん。だったりして。


 カラのお盆を抱えるガロムちゃんが言った。

「それにしても、ハセたち可哀そうだね」

「そうだなぁ。やっと嫁さんが来てくれて、これからってときによ」


「でもさぁ……ここだけのハナシ、アロハはホッとしてるんじゃない?」

「酒場の店員が、めったなこと言うんじゃねぇよ」

「だってさぁ。村の子供にも好かれるアロハが、いつもユイにいじめられてたんだよ。みてて辛かったよ」


 たしかに……

 ユイさんは、わたしにも冷徹だった。

 アロハさん達にも厳しかった。

「ユイさんて、ずっとこの村の住人だったの?」


 マスターが答えた。

「そうだ。ユイはな、25年前、この土地に移り住んだ最初の7人のひとりだ」

「ふーん」


「俺とナギサ、ユイと両親の3人。それと息子を3人残して死んじまったが、農民の夫婦がいてな。その7人が、この村の最初の居住者だ」


「そっかぁ……」

「あの頃はユイも、ガロムや嬢ちゃんと同じくらいの歳だった。泥と汗まみれでよ。村の最初の畑を耕していたのを思い出すよ」


 そっかぁ。

 表情には出さないけど、マスターも寂しいのかな。

 いっしょに、この村を作ってきたんだから。

 ユイさんが厳しかったのは、そんな時代を知ってるからなのかな。


「どうしてここに住み始めたの?」

「まぁ単純に土壌が良かった。近くに小川もあるし、大きな川もある。森は離れてるが、林があちこちにある。移り住むにはちょうどいい場所だったんだよ」


 パパが作ったわけじゃないんだね。


「ここに住む前は、どうしてたの?」

「ここの前か……知りたいか?」

「パパと関係あること?」

「大いに関係ある。わたしびと様がいなけりゃ、俺たちは全員死んでただろう。ここに村を作って生き延びたのは、わたしびと様のおかげだ」


「知りたい……」

 パパがなにをして、この村の住民の運命を変えたのか。

 それを知っておきたい。


「いいだろう。嬢ちゃんの父親が、どれだけ素晴らしい御仁だったか。嬢ちゃんも知っておくべきだ」


「うん」


「だが、このハナシはあとだ」

「えーっ」


「店の準備しなきゃいけねぇんだよ。話し込んでる時間は、もうネェ」

「あ、そっか。ごめんなさい」


 マスターが、立ち上がる。

「ガロム、外の準備はやらなくていい。ナギサにも伝えてくれ」

「はーい」

 

「ねぇ、マスター」

「あん」

「みきも、お店のお手伝いしていい?」

「手伝い?」


「お手伝いだから、お給料はいらないよ」

「……なら皿洗いを手伝ってくれるか?」


 マスターが、ほんのり口元をゆがめる。

 笑っているのか、迷惑なのか。

 よくわからない表情だった。


「うん!」


 わたしは、アルバイトをしたことがない。

 レストランの仕事も、酒場の仕事もやったことがない。

 お父さんとお母さんに、アルバイトしたいなんて言えない。


 だから、この世界で経験しようと思った。



 アルベールや、フリッツに、邪魔だと言われないようにね。



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