6.4.03
村人は、オオカミの追跡はしないらしい。
そのかわり男達は、昼間なのに松明を掲げながら、周囲の見回りを始めた。
森には入らずに、村の中だけを巡回している。
わたしは、マスターに連れられて、酒場に戻った。
店に入りドアを閉める。
いつも開けっ放しの酒場のドアも、今日は閉めっぱなしだ。
「嬢ちゃんは、腹減ってるのか?」
「うーん、よくわかんないし、お金も、もってない」
「いいよ。昼飯の途中だったから、いっしょに食っとけ」
やり取りを聞いていた、ガロムが言った。
「あ、ごめん、お父さん。あたしとお母さんは、先に食べちゃった」
「まぁったく……まぁいい。店の準備始めてくれ」
「でもさぁ、お客さん来るのかなぁ今日」
「夕方、ダストスたちが来るはずだ」
「え、そうなの。じゃあたくさん呑むし、たくさん食べるね」
「みきの嬢ちゃんは、座って待ってな」
「うん。ありがとう」
マスターとガロムが部屋を出ていく。
店内にも細長いベンチが置かれたテーブルが4つ。
わたしは、入り口に近いベンチに腰を下ろした。
しばらくすると、マスターがふたつのボウルを運んで戻る。
テーブルにボウルを置いて、わたしの向かいに座った。
黄褐色の味噌汁みたいな見た目のシチュー。
昨日のピザと野菜炒めを、レンジでチンしたような匂い。
あんなものを見たあとだから、食欲がなかったはずだけど……
口にいれたら、なんでこんなにと思うほど美味しい。
大麦の重厚感と、ジェノベーゼのようなサッパリとした後味。
お肉は入ってないけど、キャベツとカブ。それとネギが沢山入っていた。
食べてると、ガロムが木のコップをお盆に載せて運んでくる。
液体の匂いはエールだ。
「それで、どうだったの、お父さん?」
「いずれ知ることになるから言っとくが、ユイが死んだ」
「ええ……っ」
「ダストスを呼ぶのろしをあげた。店にきたらオオカミの追跡と討伐を依頼する。あいつらもヒマじゃねぇだろうが、他に頼れる連中もいねぇしよ」
「そうだね。でも危ないよねぇ」
「はぐれオオカミだったらしいが、まだ群れかどうかもわからねぇから、村人だけじゃ対処しきれねぇ」
マスターに尋ねた。
「ダストスって?」
「ダストスは、ウチのお得意さんだ」
「ふーん」
どんなヒトだろう。
もしかして、盗賊のお得意さん。だったりして。
カラのお盆を抱えるガロムちゃんが言った。
「それにしても、ハセたち可哀そうだね」
「そうだなぁ。やっと嫁さんが来てくれて、これからってときによ」
「でもさぁ……ここだけのハナシ、アロハはホッとしてるんじゃない?」
「酒場の店員が、めったなこと言うんじゃねぇよ」
「だってさぁ。村の子供にも好かれるアロハが、いつもユイにいじめられてたんだよ。みてて辛かったよ」
たしかに……
ユイさんは、わたしにも冷徹だった。
アロハさん達にも厳しかった。
「ユイさんて、ずっとこの村の住人だったの?」
マスターが答えた。
「そうだ。ユイはな、25年前、この土地に移り住んだ最初の7人のひとりだ」
「ふーん」
「俺とナギサ、ユイと両親の3人。それと息子を3人残して死んじまったが、農民の夫婦がいてな。その7人が、この村の最初の居住者だ」
「そっかぁ……」
「あの頃はユイも、ガロムや嬢ちゃんと同じくらいの歳だった。泥と汗まみれでよ。村の最初の畑を耕していたのを思い出すよ」
そっかぁ。
表情には出さないけど、マスターも寂しいのかな。
いっしょに、この村を作ってきたんだから。
ユイさんが厳しかったのは、そんな時代を知ってるからなのかな。
「どうしてここに住み始めたの?」
「まぁ単純に土壌が良かった。近くに小川もあるし、大きな川もある。森は離れてるが、林があちこちにある。移り住むにはちょうどいい場所だったんだよ」
パパが作ったわけじゃないんだね。
「ここに住む前は、どうしてたの?」
「ここの前か……知りたいか?」
「パパと関係あること?」
「大いに関係ある。わたしびと様がいなけりゃ、俺たちは全員死んでただろう。ここに村を作って生き延びたのは、わたしびと様のおかげだ」
「知りたい……」
パパがなにをして、この村の住民の運命を変えたのか。
それを知っておきたい。
「いいだろう。嬢ちゃんの父親が、どれだけ素晴らしい御仁だったか。嬢ちゃんも知っておくべきだ」
「うん」
「だが、このハナシはあとだ」
「えーっ」
「店の準備しなきゃいけねぇんだよ。話し込んでる時間は、もうネェ」
「あ、そっか。ごめんなさい」
マスターが、立ち上がる。
「ガロム、外の準備はやらなくていい。ナギサにも伝えてくれ」
「はーい」
「ねぇ、マスター」
「あん」
「みきも、お店のお手伝いしていい?」
「手伝い?」
「お手伝いだから、お給料はいらないよ」
「……なら皿洗いを手伝ってくれるか?」
マスターが、ほんのり口元をゆがめる。
笑っているのか、迷惑なのか。
よくわからない表情だった。
「うん!」
わたしは、アルバイトをしたことがない。
レストランの仕事も、酒場の仕事もやったことがない。
お父さんとお母さんに、アルバイトしたいなんて言えない。
だから、この世界で経験しようと思った。
アルベールや、フリッツに、邪魔だと言われないようにね。




