6.4.02 - 分岐点 →次へ
酒場に辿り着く。
珍しくドアが閉まっている。
叩くと、ドアが動いたのは数センチ。
赤ちゃんのスバナを背負ったガロムと奥さんのナギサが、隙間からわたしを覗き見ていた。
「あっ、みき。すぐに戸を閉めるから、入って!」
「え、どうしたの? なにかあったの?」
わたしを店の中へ招き入れると、ガロムはすぐにドアを閉めた。
「オオカミが出たんだって」
「えっ、どこに?」
「あたしは見てないんだけど、アロハさんとこの畑だって」
「えっ、アロハさんたちは大丈夫なの?」
「わかんない。いま、お父さんが様子見に行ってる」
わたしが行っても、邪魔かもしれないのに。
思ってしまった。
「みきも……行かなきゃ。アロハさんの家のほうだよね」
「えっ、危ないよ。ダメだよ」
わたしは、自分が通れる幅だけドアを開けて、酒場から出た。
ガロムちゃんがなんか言ってるけど、ドアを閉めて駆け出した。
アロハさん達の家へ。
わたしにできることなんて、なにもないかもしれない。
でも、わたしはプレイヤーなんだから。
村人の助けにならなきゃ。
最初の朝に、アロハさんと通った道。
その道を駆けていけば、アロハさんの家もすぐ近所。
大切なコインで朝食をごちそうしてくれたアロハさん。
まだなにも恩返しできてない。
どうか……どうか無事でいてほしい。
「アロハ! いるの?」
家について声をあげたけど、返事がない。
ハセとイナムラの名も呼んでみたが、ダレもいないようだ。
家畜小屋の動物は無事だった。
ニワトリがちょこちょこと歩き回っている。
ロバとヤギが、並んで視線を向けた。
あの朝と同じ、穏やかな家畜小屋だった。
畑ってどこだろう。
家の裏へ回ると、緩い斜面の遠くまで、畑が広がっていた。
植えているのはキャベツやカブ。
添木に支えられた、トマトみたいなのも実っていた。
その斜面を登りきったあたりに、人だかりが見える。
7~8人くらいの男性の姿。
酒場のマスターはすぐに見つけた。大男だからわかりやすい。
アロハの姿もそこに見える。
よかった。アロハは無事みたい。
あの様子だと、オオカミは、もう逃げたのかな。
わたしは、斜面の上へと駆けた。
近づくと、マスターの声。
「みきの嬢ちゃんじゃねぇか。あぶねぇぞ、戻れ」
その足元に、ふたりの男性がうずくまっている。
あれは、ハセとイナムラだ。
アロハはその背後から、ふたりの背中を見下ろしていた。
ハセとイナムラは、血を流して転がっている女性の手を握っていた。
女性はピクリとも動かない。
その女性の着ている服や体型。
あれは、ふたりの母親。
ユイだ。
ここは玉ねぎ畑かな。
球根から伸びる葉に、赤い液体が飛び散っている。
わたしは少し見ただけで、目を逸らしてしまった。
ユイは、死んでいた。
ちらっと見ただけでもわかるくらいに、あまりにも無残な姿。
なにが起きたか。みただけでわかる。
畑にオオカミが出て、作業をしていたユイが噛み殺されたんだろう。
「みきちゃん、あぶないわよ。家に入ってて」
わたしに声をかけたのはアロハ。
嗚咽を漏らすハセやイナムラとは違い、アロハの表情は普段とあまりかわらない。
ユイの傍らでうつむく、ハセが言った。
「1匹だけのはぐれオオカミだったんだけどよ。おれとイナムラは、腰を抜かしちまって、なんにもできなかった……すまねぇな、母ちゃん……」
酒場のマスターが、大きな手でハセの背中をトンと叩いた。
「おまえたちのせいじゃねぇよ」
「オオカミは?」
わたしが誰ともなく尋ねると、マスターが答えた。
「悲鳴を聞いて駆けつけたら、森の方へ逃げちまったよ。やけにデケぇオオカミだった。だが、このままにはしておけねぇ。次の被害がでるまえに、遠くへ追っ払うか討伐しちまわねぇとな」
そっか……そうだよね。
オオカミも殺されちゃうのかな。
しょうがないよね。本来はそういう生き物だから。
日本のオオカミだって、人間に駆除され続けて絶滅した。
「とにかく、嬢ちゃんは戻れ。ここはあぶねぇ」
「うん……」
リュウタなら、探せるかもしれないけど。
見つけたところで、そのオオカミは殺されちゃう。
ユイさんが殺されてしまったというのに。
いまのうちに、少しでも遠くに逃げてと、心のどこかで思ってしまう。
だめな「わたしびと」だなぁ、わたし……
ごめんね、ユイさん。
あとがき#イナムラ爺さん
だれだ、アンタ。
あん?
あの日のことを話せって?
嫌だね。
誰が好きこのんで、自分の母親が死んだ日のことなんか……
んまぁ、でもな……母さんが死んだのは、ちょうど500話目のことでな。
長い物語の中で、記念になる瞬間だったことは間違いねぇ。
あの日から、アロハも、それまで以上に明るくなったのも事実だ。
それだけのことだよ。




