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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
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6.3.14 - ホテリエの男


 翌日。

 カウント22、7日目。


 アルベールは「少し出かける」と言い捨てて、どこかへ行ってしまった。


 タデクは木材を集めて来いと言われ、斧を片手にメモリアへ。

 ルシアも建築工具などの調達で、メモリアへ行ってしまった。


 わたしは、なにも用事をもらえなかった。

 それならばと、午前中のうちに、おやしろへ布団を干しにいく。


 おやしろに着くと、まずは布団とマットレスを外に運び出す。

 マットレスは重すぎたが、引きずりながらもどうにか運び出した。

 床に落ちていた棒きれで、バンバンと叩いてほこりを巻き上げる。

 あとは、陽の光の下でしばらく放置。


 ふと、お水を手に入れる方法を思いつく。

 川も井戸もないと思ってたけど、あっちにイイのあるじゃんね。


 わたしはデバイスを出してバケツを持つ。

 そのまま記憶の回廊を渡って噴水広場へ。


 簡単だった。

 ほとんど歩かずにお水を汲む手段を手に入れた。


 エレメント・ノードから運んだ水を使って、念願の拭き掃除を始める。

 午前中だけで3割くらい終わったかも。


 お腹が空いたので、お昼過ぎにルシアのテントへ戻った。

 するとその周辺は、建築現場の資材置き場のようになっていた。


 おそらくタデクが運び込んでいると思われる丸太。

 それを切るための作業台。

 ルシアが調達してきたらしき、ノコギリやハンマー。

 小さな台車もある。


 そして、おどろいたのは、その片隅にあるテーブル。

 光沢のある木目の円形テーブルが原っぱに置かれていた。


 高級家具屋さんで見たようなテーブル。

 その上には、陶器のポットとティーカップが4つ。

 ヴィクトリア朝様式というやつかもしれない。

 そしてエレガント……という言葉しか出てこない曲線美のテーブルチェアも4つ。


 すでに椅子には3人座っている。

 向かいにアルベール。

 その右にルシア、左にディル。

 タデクはいない。


 そして、アルベールの後ろに、見たことのないおじさんが立っている。

 このおじさん、服の色は地味なのに、めっちゃ目立つ。


 黒いフェルト帽。濃いグレーのスーツ。

 胸元には水色のネクタイが垂れ下がっている。

 この世界で、ネクタイを締めているヒトを、わたしは初めて見た。

 そのおじさんが、原っぱの上で両手を前に組んで、背筋をピンと張っている。

 なんだか、王様でも待っているかのような佇まい。


 

「おかえりー、ミキー」

「戻ったか。遅いぞ」

「おかえりなさい。ミキさん」


「う、うん……ただいま」


 なんか。

 家族が、増えた感。

 アルベールお父さん。

 ディルおねえちゃん。

 それと知らないおじさん。



 アルベールは、顎だけくいっと後ろのおじさんに向けた。

「さっそくだが、ギルドマスターに彼を紹介しよう。仕事熱心で、人当たりもいい男だ」


「えっと……あ、はい」

 座ったままのアルベールの口調は、次のお見合い相手を紹介するかのようだ。


 後ろのおじさんが、右手でフェルト帽のツバに触れる。

 そして、スッと顔だけ斜めに傾けてすぐに戻す。

「フリッツ・イーゼリンです。カールスルーエのホテルで副支配人をしております」


 おじさんは、ドイツ語でそう言った。

 なんて、耳心地の良いドイツ語だろう。

 深夜に聞く、ラジオドラマの語り部のようなトーン。


「はぁ……」

 わたしから出た言葉は、それだけ。


 フリッツは、テーブルに歩み寄って椅子を引いた。

 視線をわたしに合わせると、椅子から手を離し、左手をふわっとひらいて席へと促した。


 思い出したのは、高校入学のお祝いで連れて行ってもらったフレンチのお店。

 あの夜、わたしはプリンセスだった。


 そしていまこの瞬間。

 真後ろには、ルシアのオンボロテント。

 すぐ横には、山積みされた建築資材。

 あたりは完全な原っぱで、すぐ近くから小川のせせらぎ。


 フリッツは、わたしが座るまで、椅子を抑えていてくれた。

 腰をおろす瞬間に、ちょうどよい位置に椅子を合わせてくれる。


 わたしはまた、束の間の夢心地を感じてしまった。


「どうしたの? ミキ?」

「うん、あ、あ、はい……」


 ルシアは平然としている。

 フランス人の美女は、こういうのにも慣れてるんだろうか。

 ディルはというと、ヴィクトリア朝のテーブルの木目をひたすら眺めている。

 なにか、文字でもみつけたのだろうか。


 フリッツが、陶器のティーポットからお茶を注ぐ。

 入浴剤みたいなラベンダーの香り。


 その匂いに気を取られている隙に、フリッツは、アルベールの左後ろに戻っていた。


 視界の右下にいたルシアに尋ねた。

「このテーブルと椅子は?」

「フリッツさんが持ってきてくれたのよ。ステキよね」


 フリッツが言った。

「お気に召していただけましたでしょうか」


「えっと、ホテル? 副支配人? なにがどうなってるの?」

「ね。私もね、笑いがこみあげてくるのに、ひたすら耐えてるのよ」

「笑いって……フリッツさんは、どうしてここに?」


 アルベールが口を開く。

 自分だけ大きく椅子を引いて、組んだ長い脚の膝が、テーブルの端から覗いている。


「彼を、財務監査に推薦したい。面接してくれ」

「ええっ……」

「ね。なんかもう、笑うしかないわよねミキ」


 えーと。

 なにも追いつかない。


 ディルが言った。

「そんなこと、急に言われましても、こまりますわよね、ミキさん」


 ルシアが、アルベールに視線を送る。

「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど」

「なんだ」


「フリッツを入れたら6人なんだけど、アルベールも入ってくれるのよね?」

「もちろんだ。私は役職無しでいい」


「あら、そうなのね」

「干渉無し、ノルマも制約もなし。そして役職もなし。待遇に関しては理想のギルドだ」

「なにもしたくない宣言かしら」

「立ち上げに関しては、全面的に協力しよう」

「で、ギルドホーム建てたり、私の家を家畜小屋にするわけね」


「生活環境の構築だ。まさかずっとテントと焚火だけの生活をするつもりか?」

「それはイヤだけど、すでに私の家は資材置き場で、寝る場所なんてないわよ」


「うむ。土地に関してだが、フリッツにひとつ良案があるらしい」

「あら、家畜小屋や資材置き場よりも、いいお部屋になるの?」


「フリッツ」

「はい。それではご説明させてただきます」


 やっぱり、綺麗な発音。

 ずっと喋ってくれていてもいい。


「アルベール様と、私の土地をつなげて、レストランを経営なさってはいかがでしょうか」


 ……え


 わたしの思考は止まった。

 ルシアが冗談半分で聞き返した。


「あら。ステキね。フレンチかしら。それともイタリアン?」

「当然、フレンチでございます」


 え、ちょっと。



 ちょっとまって。



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