6.3.04
ルシアを先頭に、噴水広場を遠目に見ながら東へ向かう。
進む先は、噴水広場の北東。
タデクはわたしのうしろ。
おにいちゃんもそうだったけど、うしろにいると、護衛って感じする。
15分くらい歩いた場所のテントの前で、ルシアが歩みを止めた。
ルシアのテントよりも、3倍くらい大きなテント。
見た目は、ごわっとした麻の布が垂れ下がった円すい型。
いかにもな中世テントだ。
周囲には、焚火もある。
その焚火の鍋は、支柱とフックで吊り下げられていた。
あれなら、調理もしやすそうだね。
近くに水源がないくらいで、生活環境は、ルシアのテントと比べると倍くらい良さそうに見える。
「ディラ、いるー?」
ルシアが、ドイツ語で問いかけた。
「どちらさまかしら?」
返答もドイツ語。
綺麗な声。
テントから顔を出したのは、絶世とは言わないまでも、それに近い美女。
クリーム色のワンピースを纏った長身。
海の底みたいな、瑠璃色の目。
陽の光で焦げ付いたような、濃い栗色のストレートヘア。
髪よりも薄いけど、日焼けか地肌かよくわからない、浅黒の肌。
とにかく美女だ。
「アッサラーム、ルシア。あら、昨日おっしゃってたお友達かしら。なにか御用?」
あっさらーむ?
そこ以外は丁寧なドイツ語。
なんか、お嬢様っぽい。
「まず紹介するわね。彼女は、モレディラ」
女性は、右手を自分の胸元に添えて、膝を曲げながら頭を揺らす。
とっても優雅で、やわらかい。
「モレディラ・クンドゥラジュと申します」
曲げていた膝を、ふわっと戻しながらそう言った。
「ミキです」
「タデウシュ。タデクと呼んでくれ」
モレディラはまず、タデクの名前にくいついた。
「タデウシュ……失礼ですが、フルネームは?」
「タデウシュ・トマシュ・ポトツキ」
「まぁ……ポトツキの守護者タデウシュ。さぞ高名な騎士の家系とお見受けします。お会いできて光栄ですわ。翼の騎士、タデク様」
「……そんなたいそうな者じゃない。お嬢さんこそ何者だい」
「オスマン帝国のしがない靴屋の娘ですが、歴史に興味がありますの」
「200年前はイェニチェリの世話になったらしいな」
「フッサーリアこそ、わたくしの憧れですのよ」
タデクと、モレディラの話がはずんでいる……
わたしには、まるでわからない。
「ねぇ、ルシア、会話の意味わかる?」
「イェニチェリもフッサーリアも、歴史で名が知れた精鋭騎士だったくらいは、私も知ってるわよ」
「ふーん」
もっと、歴史を勉強すればよかった……かも。
「どうか、ディラとお呼びください」
ディラは、数分でお茶の用意をしてくれた。
わたしたちは、焚火を囲んで話をすることになった。
朝の歯磨きみたいな味のする、スッキリとしたお茶。
世界には、いろんなお茶があるんだね。
ディラはまず、自分のことを話した。
ニフィル・ロードにこもる理由は、古文の解読をするためという、極めて個人的なものだった。
100倍圧縮の世界なので、都合がいいらしい。
「わたくしは、筆写の精霊術がつかえますのよ」
「筆写?」
「どんな魔法?」
「また魔法かよ……おまえも魔女なのかディラ?」
タデクだけ、ひきつった顔。
「えっ、……っと」
「ああ、いいのよ。気にしないで。タデクはまだ、慣れてないだけだから」
「お見せしいたしましょうか」
「うん、見たい」
ディラは、文章が書かれいてると認識し、記憶したものであれば、どこにでも転写できるらしい。
ディラが目を閉じると、足元の地面が歪む。
そして、十数秒後。
焚火の真横の地面に、ずらずらと象形文字のようなものが浮かび上がった。
文字というよりも、商店街の歩道にありそうな模様。
タデクは、腰を引いたが、ルシアは興味を持ったようだ。
「これは、なに?」
「ロンドンの実業家が修理に出した、旅行カバンの模様ですわ。わたくしの実家は、革製品の修理業も営んでおりますの。お立ち寄りの際はどうぞ御贔屓に」
「カバン?」
「流行のオシャレカバン……?」
「カバンの持ち主は、なんだかわからなかったらしいのですけれど、これを見たとき、わたくしは飛び上がりましたわ」
「これ、文字なの?」
「その模様は、古代メソポタミアのバビロニア語。書かれているのは世界最古の小説のひとつ、ギルガメシュ叙事詩の複写だと考えられます」
……なんか聞いたことある。
まゆさんとか好きそう。
「それってどういうこと?」
「わたくしは、これは盗掘された石板を模写したものであると考えています。解読が終われば、失われたはずの叙事詩の断片が、歴史に加わることになる……かもしれません」
「つまり、ディラが見つけなかったら、大昔の英雄譚の何ページかが欠けたままだったってことね」
「はい。その通りです。わたくしは、修理よりも先に、この図柄の模写を作って記憶しました。いまはこれをニフィル・ロードで解読している最中なのです」
「100倍圧縮の世界で、古文の解読?」
「この世界は本当に便利ですわ。最初はどうやって解読中の古文書を、この世界に持ち込もうかと考えておりましたのですけど、こうやって精霊術で転写してしまえばよいのですわ」
ああ、なるほど。
それはたしかに便利だ……
わたしも、こんどやってみようかな。その魔法。
「じゃあ、ディラさんは、古文書の解読のためにこの世界にログインしてるの?」
「フフッ、その通りです。古文の解読は時間がかかるので、この世界は本当に都合がよいのです」
うん……わかる。
わたしも、語学と数学の勉強は、ほぼこっちでやってるし……
100倍の時間が使えるからね。
急に親近感がわいて、わたしが質問した。
「ディラは、カウント22で、何度目?」
「カウント20からですので、今回で3回目ですね」
ベテラン!
って、わたしも、23、24、22で、3度目か……
ディラの見た目は二十代前半だけど。
おばあちゃんみたいな貫禄を感じる。




