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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
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6.2.09 - 19世紀の騎士


 煮込まれている鍋のパンが、ズルズルになったころ。

 ルシアが、メモリアから戻った。


 右手にブーツ。

 左手にはズボン。それとなんだろ。マントかな。


 全体的にケモノ臭い。

 それをドサッと、タデクの横に落としてから言った。


「中古だけど、サイズ合うかしら」

「なんだよ。くれるのか」

「他にダレが着るのよ、こんな臭いもの」


 ズボンも、ブーツも使い古されている。

 マントはなんだか、みたことあるような。


「なら、ありがたく貰おう」


 オンボロだけど、使い古された色味。

 マントの留め具は真鍮。

 全体的に、いろんな工夫が散りばめられてそうな、端々の返し。

 マントの良し悪しはわからないけど、丁寧に作られた分厚いマントなのはわかる。


「ちょっとちょっと、タデク」

「なんだ」

「そこで脱ぐのはヤメて。テントの中で着替えて」

「なんでだよ。あんな狭いテントでか」

「可憐で麗しい姫がいるの。へんなもの出さないで」

「姫?」


 無表情のまま、タデクが視線だけこちらに向けた。


「そうだな。悪かった。ちょっとテント借りるぞ」


 タデクは、ズボンとマント。それとブーツを丸めて抱え、中腰でテントの中に入った。


「ルシア、どうしたのあれ?」

「メモリアの家にあったから、持ってきた。わたしには合わないし、臭いし」

「ふーん」


「造りは違うけど、ミキのマントも立派よね。ちょっと臭いけど」


 ルシアが焚火に腰を下ろす。

 鍋を覗きながら木のコップを拾う。

 それから、腰のポーチをまさぐると、なんと、スプーンを出した。


「ああ、スプーンだっ!」

「うん? なに? めずらしい?」

「みきも、スプーン欲しい」

「ああ、そっか。じゃあ次行ったとき、貰ってくるわね」


 喋りながら、鍋からグズグズのライ麦パンを掬って、コップによそう。

 そして、スプーンで口に運ぶ。


「うーん、まぁまぁ? ところで、エールはどうしたの? カラじゃない。もしかして、タデクが全部飲んだ?」


「鍋の中にぜんぶ入れちゃってたよ」

「ええっ」


「あれはエールじゃない。調味料だ。飲みたきゃ鍋から掬って飲め」


 タデクがテントから出た。

 シャツは亜麻布のままだけど。

 使い込まれてそうな革ズボン。それとマント。

 そして、泥がこびり付いた革のブーツ。


 なんだろう……

 ますます、おにいちゃん。

 大嶽総司っぽく見える。


「似合うじゃない。臭いけど」

「そんなに臭いか。このくらいなら普通だろう」

「現代人には、臭いのよそれは」

「現代人てなんだよ。まぁとにかく、ありがとうルシア。サマになった」

「そうね。なんだか、ソウジって呼びたくなるわ」

「ダレだそれは」

「いいのよ、忘れて」


「あ、臭いのはね、みきが消せるよ」

「うん? 消せるって?」


「タデク、ちょっとマント外して、ここに置いて」

「うん? 地面に置けばいいのか?」


 匂いの元は、なににしようかな。

 記憶の中の匂いだけでもいいんだけど。

 それだと、30分くらいで消えちゃうんだよな。


 夕べは、ハーブがあったけど。

 ぜんぶ使っちゃったし……


「なんにもないから、今回は消臭にするね」

「なにをするつもりだ」


 地面の上で、丸まっているマント。

 やっぱりみたことあるなぁ……


 おにいちゃんが、カウント24で羽織ってたマントにそっくり。

 おにいちゃんは、木の匂いをリクエストしてたっけ。


 これも同じでいいか。

 薪木の中に、乾燥した西洋松の枝があるから、これにしよ。



 わたしは目を閉じた。

 そして、お願いする。


 ――このマントの匂いを、西洋松の香りに変えて……


 わたしも、魔法を使うのがだいぶ上手になった。

 最初の頃は、10秒以上かかってたけど。

 いまは、いっしゅん。


「できたよ」


「ウソ……」

「おいおい、なんだよいまの……マントが歪んで見えたぞ」


「えへへ。魔法。匂いを変えるのは、みきの得意な魔法だよ」


 タデクが、マントを拾い上げた。

 匂いを嗅ぐと、驚いたように顔を背け、片足を引く。


「イエズス(ジーザス)……」


 タデクは、神の名をこぼしながら、胸の前で十字を切った。


 ルシアも、マントに鼻を近づけている。

「話では聞いてたけど、ホントにこんなことができるのね。すごいわね」


「ミキ、まさか、おまえ……魔女なのか?」

 タデクは顔を落としたまま言った。


「魔女?」


 あれ。どうしたんだろう。

 タデクがなんか怖いぞ。


 パチンと手を叩く音。

 ルシアが突然、手を叩いた。

 それからドイツ語で、タデクをまくし立てた。


「まってまって。違うのよタデク。いまのはね、神と子と精霊の奇跡。ミキは魔女じゃなくて天使なの。見ればわかるでしょ、こんなにかわいいのよ」


「……天使って。いや、ちょっと待ってくれ。頭を整理させてくれ」


「えっと……え?」



(ミキ、ちょっと)

 ルシアが、英語で手招きしている。

 顔を近づけて、ルシアの口元に耳を向けた。


(タデクは19世紀のクリスチャンだったわ、魔術と魔女は火あぶりよ)

(え、あ……そうか)

(だからね、魔法って言っちゃダメ。いまのは神の奇跡。オッケー?)

(うん、わかった)


「ふぅ」

 ルシアは、ため息をひとつ入れた。

 それからまた、ドイツ語で言葉を続けた。


「ミキ、神様の奇跡を借りられるなんてスゴイわ!」

「うん。奇跡。えへへ……」


 タデクが唾を飛ばす。

「いや、さっき魔法って言ったろ? 言ったよな?」

 ルシアが言い返す。

「あれは発音が似てるけど日本語。知らないの?」

「日本語? なんという意味だ」

「えーっと……たしか日本にいる弟子の名よ。私も知らないけど」

「弟子……?」


「ねぇミキ。私のベストもお願いしていいかしら。本当は耐えられないの。私のイメージ的にも、社会的にも」


「あはは。うん。同じ匂いでいい?」

「違う匂いにもできるの?」

「匂いの元があればできるよ。ブレンドしたりもできる」

「スゴイわね。私もできるようになるかしら?」

「どうだろ? みきは基礎みたいなこと、よく知らないから、わかんない」

「誰に聞けばわかるのかしら。神父さん? それとも司教さま?」


「いや、まて。ちょっと、まってくれ」

「うん?」

「ミキは天使なのか?」

「うーん……どうだろ?」

「魔女ではないのだな?」

「ちがうから、火あぶりになったりしないよ」


 タデクは、ソラを見上げて大声を上げた。


「この世界は、いったいどうなってるんだ!」


「あっはは。またそこから?」

「いいかげん慣れなさい、タデク。ハゲるわよ」


「……あとでオレの懺悔を聞いてもらっていいか」

「それは嫌。自分の中だけで解決して」


 そのあとわたしは、全員のすべての服の匂いを、西洋松の匂いに変えた。

 


 目を閉じると、爽やかな松林の中にいる気がする。

 



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