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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
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6.2.08 - 中世の朝食


 ルシアが言った。

「とりあえず、朝ごはん食べましょうか。なにか貰ってくるわ」


「貰ってくるって、どこで?」

「メモリアよ」


「ルシアのメモリアって、すごいね。まだ3日目とかなのに、もうそんなに馴染んでるの?」

「ログインデバイスを見せたら、雑だけどみんな親切にしてくれるわ。オレサマだとか呼ばれてね」


「オレサマ?」

「前のプレイヤーのことかしらね。街の人達がそう呼んでくるのよ。どうい意味かしら。オレサマって」


 ルシアは、ドイツ語で喋っている。

 でも「オレサマ」の部分だけ、日本語っぽい。


「とにかく、貰ってくるわね。わたしはもうペコペコよ」

「うん、ありがとう」


 ルシアが、虹色に輝いて消えた。

 ここはルシアの家。ルシアの敷地だから、ルシアはメモリアへ行ける。


 わたしもあとで、メモリアに行かなきゃね。

 アロハや、酒場のマスターにお礼しなきゃ。



「なぁミキ」

「えっ?」


 タデクだ。

 いつの間にか、右手からログインデバイスを出現させていた。

 にしても、ドキッとする。

 おにいちゃんに呼ばれたみたい。


「これは、なんなんだ。ルシアはどうやって消えたんだ」

「えっとね、メモリアに行ったんだけど」


「メモリアって、ボロ小屋のあった森か」

「うん。みきやルシアは、タデクのメモリアには行けないけど、タデクも噴水広場まで戻れば、デバイスを使って自分のメモリアに行けるよ」


「自分の? 人によって、メモリアの場所が違うのか」

「違うよ。みきのメモリアにあるのはカタセ村。タデクのメモリアはボロ小屋? ルシアはどんなところか知らない」


「よくわからんが……オレもあとで食糧を探しにいってみるか。森ならなにかあるだろう」


「でも、大丈夫? そんな格好で」

「ついでに、なにか武器がないか探してこよう。なければ板でも枝でも、なんでも使うよ」


「板って……みきの剣、貸す?」

 どうせ、わたし使えないし……


「それは断る。その剣はミキ専用のようだ。剣がそう語っている」

「え、そうなの?」

「オレには、その剣は相応しくない。剣もミキの傍で、ミキの命を守りたいと言ってるよ」

「そなの?」


 超能力?

 でもタデクは、亜麻布1枚で、なんにも持ってない。


「タデクは騎士なの?」


「オレか。オレはなんだろうな。

 剣と槍は子供の頃から教わったが。

 戦場ではなんの役にもたたなかった。

 仲間はみんな死んだ。

 生き残ったのは、オレみたいなダメな奴だけだ。

 いい奴はみんな死んだ。

 銃で殺された。もう剣は役立たずなんだ。

 なのに祖国は、剣の伝統と哲学にすがり続けている。

 その結果、オレの家系は露頭に迷い、同胞と共に国も失った」


 難しい話だ。

 よくわからない。


「ガーディアンはどうやって退けたの?」

「ガーディアン?」

「記憶の回廊にいなかった?」

「もしかして、噴水広場に出る前の、虚ろなプロイセンのことか」

「プロイセン? うーん、たぶんそうかな」

「あの男なら、素手で絞め殺した」

「えぇ……」



「おまたせー」

 返答に困っていたら、いいタイミングでルシアが戻った。

 こげ茶色の、レンガのようなパンがはみ出た、バスケットを抱えている。

 右手にも、オリーブ色のボトルを持っている。


「はやっ」

「んふふ。私、宿の厨房の隣で行き来してるからね、スグよ」


 ルシアがバスケットを降ろし、ボトルはタデクに投げる。

 それから、コルク抜きをタデクに見せながら言った。

「これいる?」

「不要だ。指で開けられる」

「いいわねぇ、男のヒトは。ちょっともう1回行くから、先に食べてて。私のパンは残すこと。いい?」

「わかったよ」


 でもルシアの口の周りに、パン屑とゴマみたいなのが付いている。

 ルシアは、転がっているカラのボトル。昨日のワインのボトルを拾うと、また虹色に輝き、わたしに手を振りながら消えた。


「っはぁ」

 タデクが、ため息を吐きながら、やれやれと言いたげに、地面をみながら顔ゆする。


「いったい、ここはなんなんだ。どこなんだ」

「あはは。またそこから?」

「さっぱりわからん」

「すぐ慣れると思うよ」


 おにいちゃんも、そうだったし。


「パン食べよ、タデク」

「そうだな。わけのわからないことを考えてもしょうがない」


 タデクが、ボトルを掴み上げ、コルクを指でつまんでポンっと、引っこ抜く。

 そして、鼻を近づけた。


「薄いエールだが、少し違うな。なんだこれは。果物か?」

「またお酒?」

「いや、これは違うな」


 タデクが、ボトルの注ぎ口をわたしに向けた。

 匂いを嗅ぐと、パンを焼く前の酵母の香り。それと、甘いような酸っぱいような。


「ミキ、すまんが、鍋を洗ってもらっていいか。オレは火を起こす」

「うん」


 引っ張ったマントのすそ越しに、鍋を掴む。

 そんなに熱くなかった。

 それを持って小川へ。


 顔は全然違うけど。

 タデクは、コミュ力強化版の、おにいちゃんという印象。

 なんだか、楽しいかも。


 鍋を洗って、焚火に戻ると、タデクが薪をくべていた。

 タデクが鍋を受け取り、それを石炉の上に置く。


 そして、ボトルの液体を、ドボドボと鍋に零した。

 少しだけ残したらしく、それを瓶のままラッパのみ。


「ッカぁ、マズっ、いやうまいっ……やっぱマズい」


 やがて、煮立つ鍋から立ち昇ったのは……

 準備中のパン屋さんから香る、芳純な果物の匂い。


「これ、リンゴパンの匂い!」

「リンゴ? なら、エールに混ぜたのはシードルか」


 シードル。

 ヨーロッパのリンゴ酒だっけ?

 やっぱお酒じゃん。


「ミキ、ナイフ持ってただろ、貸してくれ」

「うん」


 キッチンナイフを受け取ったタデクは、カチカチのライ麦パンを雑に斬り落とし、鍋にの中に浮かべていった。


 シードル入りのエールで煮込む、ライ麦パンの朝食。

 匂いはほとんどパン屋だけど、ほんのり香るリンゴの匂い。


 さっきまで、木材かレンガのようだったライ麦パンが、煮立つエールを吸い込んでいく。

 できそこないのグラタンのような見た目になっていた。


「コップ洗ってくるね」

「まぁそのままでもいいが、頼むよ、ミキ」


 ヤバっ。

 タデクさん、おにいちゃんなんかよりも、めっちゃ使える……

 料理もできちゃう。

 なんだか、ますますウキウキしてきた。


 洗ったコップをタデクに渡す。

 すると、ぐずぐずになったライ麦パンのカケラを、ナイフで掬ってコップの中によそっていく。


「ほれ、美味そうだぞ」


 そのコップと、キッチンナイフの刃の先端をつまんで、わたしに向けた。


 コップを受け取り、ナイフの柄を掴む。

 ナイフをスプーン替わりに、ふぅふぅと息を吹きかけながら、コップに満たされたグズグズのライ麦パンを掬う。


 うーん……

 匂いはいいけど、なんか変な後味。

 仄かなリンゴの甘みと酸味。それとどっしりしたパンの風味。

 それはいいんだけど、なんだろコレ……

 味全体を占めるのは、賞味期限切れのいろんなパンをかき集めて、同時に食べたような雑味。


 でも、知ってる。

 これが、中世ヨーロッパの味。


 だから最初に浮かぶのはいつも同じ。

 エールを垂らした、ライ麦パンじゃなくて。

 お醤油を垂らした、お豆腐が食べたい。



 ふと我に戻ると、正面でタデクも、食べていた。

 葉のついた枝で掬って、枝の太いほうでコップの中のパンを拾っている。


 器用だ。



 早く、スプーンを手に入れよう。




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