6.2.06 - タデクとルシア
タデクは、鍋をカラにした。
全部食べてくれるのは嬉しいけど、ルシアの分が……
「ありがとう、ミキ。命が救われた」
大げさ。
タデクが立ち上がる。
もしかして、帰っちゃうのかな。
タデクがいなくなってからルシアが起きたら、これぜんぶ、わたしが食べたと思われる。
「あの」
「うん? なんだ」
「タデクは、これからどうするの?」
「さぁな。先のことなんて、なにもわからないし、どうでもいい」
「ログアウトもできないんでしょ?」
「ログアウトってのが、なんだかわからないが、元の場所に戻るってことか?」
「うん」
「ムリだな。あの場所にはまだ戻れない」
まだ、ハーブが少し残っている。
「タデク、お茶、飲む?」
「……ああ、もらおうか」
タデクがまた、腰を下ろした。
わたしは、川でいちど鍋を洗ってから、また水を汲みなおす。
それを沸かして、煮立つまで待つ。
その間も、タデクと話しを続けていた。
タデクが質問して、わたしが答える。
やっぱりタデクは、おにいちゃんに似てるなぁ。
ポーランド人版の大嶽総司。そんな感じ。
お湯が沸いて、すり潰したハーブを湯煎する。
あ、そういえば。
「コップがないんだった」
「そうか、困ったな。その辺の連中から借りてくるか」
タデクが立ち上がろうとしたところで、横から誰かが、わたしに覆いかぶさる。
「ミキー! 待っててくれたのねー!」
「ああ、もう、ルシアー」
「大丈夫? 寂しくなかった? 変なヒトに声かけられたりしてない?」
「うん、ああ、えっと」
フランス語でまくしたてるルシアに、タデクが、言った。
「……フランス語か。おまえはフランス人か?」
タデクのフランス語は、ヘタクソだった。
「あ、変なヒトだ……えーと、ボンソワァ?」
いままで気が付かなかったのかもしれないルシアが、タデクの顔を覗き込んでいた。
タデクも、しばらく、ルシアの顔を眺めていたが、タデクの方から目を逸らす。
やっぱりタデクは、おにいちゃんだ。
「えーと、ミキ。こちらの男性は? どなたかしら?」
「うーんと……」
どう紹介すれば……
「自分で名乗るよ。オレはタデウシュ。タデクと呼んでくれ」
タデクは、ドイツ語でそう言った。
「エーン……ム(Ähm...)」
ルシアが、ドイツ語の唸り声をあげる。
あるいはひと呼吸おいたのか。
そのあと根ほり葉ほりと、ドイツ語でタデクに質問を重ねていった。
そのほとんどは、わたしのときと同じ質問。
どこの国の、どこから来たのか。
タデクの受け答えは、わたしのときと同じだ。
そして、どういうわけか。
ルシアとタデクは、あっという間に意気投合してしまった。
「コップね。まかせて。ちょっと取って来るわ」
「え、ちょっと、ルシア……」
ルシアが虹色に輝き。
そして、消えた。
「おい、なんだよ、どこに行った」
「メモリアに行ったんだと思う」
「メモリア? まったく、不思議なところだな、ここは」
「タデクさんも、通ってきたと思うけど。噴水広場に辿り着く前の場所」
「ああ、もしかして、あのボロ小屋のことか」
「小屋?」
「そうだ。森に囲まれた、薄気味悪いボロ小屋でな」
「だれか住んでたの?」
「いや、誰もいなかった。食い物がないか、あちこち探したんだがな。壊れた家具や木片ばかりで、なにもないし、誰もいなかった」
それで、どうやって記憶の回廊が呼び出せたんだろう。
薄気味悪い小屋って、もしかして……
「おばけいた?」
「そんなもはいないよ。昼間だったしな。ただ、妙な感じはあったな」
「妙な感じって?」
「穴の開いた床や、崩れかけた天井の隙間から、ダレかに見られているような」
「コワ……っ」
絶対、おばけだ。
じゃあ、おばけの記憶でも、回廊は呼び出せるってこと……?
コワっ。
「おまたせー」
ルシアが戻った。
右手に、赤黒いボトル。左手には木のコップが3つ。
それを持ったまま、ドイツ語でタデクに言葉を掛ける。
「タデクは、ワイン呑めるわよね?」
「まともなワインなんて、しばらく呑んでないな」
「ふーん。いつもは、なにを呑んでるの?」
「ダメになったパンの搾り汁か、虫が湧いたベリーを潰したような、呑んだらハラを壊す酒ならたまに呑んだ。川の水のほうがまだ安全だったよ」
「なんだか……スゴイ生活だったのね。あ、ミキも呑む? 少しくらいならいいでしょ」
「うーん、みきはお茶でいい」
「あら、そう?」
ルシアは、持ってきたコップのひとつを、タデクへ手渡す。
「これも、持っててミキ」
「うん」
わたしには、コップをふたつ渡す。
そのあと、右の腰にある、短いナイフポーチのようなものに手を伸ばした。
そこから、スッと、レバー部品のようなものを抜く。
「ルシア、それなに?」
「私の旅の相棒、コルク抜き」
「はぁ?」
取っ手の先に、うねうねと、螺旋を巻いた細長い針。
言われると、たしかにコルク抜き。
もう、それ以外のものには見えない。
ルシアはそれをボトルのコルクに差し込む。
そして、キュポっと音をたてて、コルクを抜く。
「う~ん……なんのワインかな。甘そうだけど、ものすごく渋そうだわ」
タデクが言った。
「なんの飲み物かもわからないで持ってきたのか。大丈夫なのかそれは」
「大丈夫よ。親切な人達だから」
「毒は入ってないだろうな?」
「疑り深いわねぇ。ダレに似たのよ。入っててもアルコールが消毒するんだから、気にしなくていいわよ」
タデクの心配など気にすることもなく、ルシアがコップにワインを注いでいく。
ルシアとタデクはワイン。
わたしは、沸かしたお湯を掬った。
「それじゃあ、ミキとの再会。それと、得体のしれないタデクとの出会いを祝して」
焚火の上で、木のコップを打ち鳴らした。
ルシアが、ワインを口に含む。
目じりも鼻も、口元も、ギュッと渋い顔を作る。
「ンっ! ン~~!」
顔をプルプルと揺らしながら、のどぼとけを揺らしている。
そしてまたコップを煽る。
ルシアの様子を観察していた、タデクも、コップを口に寄せて傾ける。
もぐもぐと、ゼリーでも食べているように口を動かしてから、タデクもそれを飲み込んだ。
「ホーソンの実だな。どこかの自家製の味のようだが、なかなか旨い。まともなワインだ」
わたしはお茶を飲む。
だいぶ味は薄いけど……飲める。
ルシアは、タデクへの質問を再開していた。
しばらく薄目で、その光景を眺めていた。
なにを話しているのか、頭に入ってこない。
チラチラと揺れる焚火を眺めていると、どんどん眠たくなっていく。
こんな野原で。
ルシアがいるとはいえ、知らない男の人がいる前で。
わたしは、うとうととしていた。
もう、目が……
開かない……
……




