6.2.05
タデクは、なにも持っていなかった。
亜麻布の薄着1枚で、足は裸足。
わたしは、キッチンナイフをタデクに渡した。
「ダンケ(ありがとう)」
タデクはナイフで、鍋の中の鶏肉を拾って頬張る。
それを噛み砕いてる途中で、白菜を口に運ぶ。
もしかして、下着も履いてないのかな……
あんまり、見ないように注意しよ。
「ミキ」
「えっ……」
いきなり呼び捨てで呼ばれて、ちょっとドキっとした。
無表情な顔。なんにも考えてなさそうな仕草。
声も顔も似てないけど、歳はおにいちゃんと同じくらい。
「ここは、いったい、どこなんだ」
タデクは、ドイツ語で言った。
なんだか投げ捨てるような感じの発音。
「どこって、ニフィル・ロードだよ?」
「ニフィル・ロード。なんだそれは」
「タデクもログインしてきたんでしょ?」
「ログイン? どこの言葉だ。どういう意味の言葉だ」
「うーんと……」
タデクが、もぐもぐと咀嚼している。
話しながら、汁が飛ぶ。
「味付けが雑だが、うまい」
「えへへ。食材を集めたのは、そこで寝てるヒトだけど」
「これは、アンディーブか。小さい頃に喰ったことがある。あの頃はニガいだけだったが、こんなにうまいんだな」
白菜じゃなかったみたい。
って、そもそもカタチも味も、白菜とは違う。
アンディーブって言うんだね。
タデクの視線が、わたしの左下に向く。
腰から外したまま、地面に置いた剣を見ていた。
「その剣は、ミキのか」
「うん」
「ちょっと、見せてもらってもいいか?」
いまさらだよね。
警戒したところで、こんな強そうなヒトに襲われたら、逃げ切るのだってムリ。
悲鳴を上げて、助けを求めるくらいしかできない。
わたしは、鞘を掴んで、そのままタデクに渡す。
タデクは、亜麻布の裾でゴリゴリと手を拭いてから、鞘の端を掴んだ。
「抜いてもいいか?」
「うん」
焚火から離して、音もなくブルームシードを引き引き抜く。
わずかな動作だけど、やたらとサマになっているように見えた。
なんていうか……カッコいい?
「西のバックソードか。毎日手入れをしているのか」
「うん……毎日でもないけど」
垂直にしたり、水平にしたりして、刃や、手元のヒルトを眺めまわしている。
「少し軽すぎるが、バランスがいい。使い手のこだわりも感じる。誰かからの贈り物か?」
「うん。イングランドの兵隊さんだった人」
「そうか。いい剣だ」
タデクは、剣を鞘に納め、わたしに返した。
「ところで、さっきの話だが」
「さっきの話?」
タデクは、喋りながら食事を続けている。
鍋の中の、お肉も野菜も、どんどんなくなっていく。
ルシアの分が、残らないかもしれない。
再ログインだから別にいいか。
「ここは、どこだ?」
どこだって言われてもなぁ。
どこから説明したらいいんだろう。
あ、そうだ。
わたしは、右手を叩いて、ログインデバイスを出した。
タデクは、少しビックリしたみたいで、上半身が、くっと持ち上がる。
「なんだよ、それ……」
「タデクも持ってると思うよ。右手か左手の真ん中を、3回叩いてみて」
タデクは、口を動かしながら、ナイフを地面に突き刺した。
両手を開いて、パンパンパンと、神社でお参りするみたいに叩く。
ログインデバイスは、右手から出現した。
「これか……」
「うん。ログインするときも使ったでしょ」
「確かに似ている……しかし、こんな透かしたような物じゃなかったが」
「えっと、だれかに貰ったの?」
「ちょっと色々あってな。人助けをして、黒い石札のようなものを拾った。適当に触っていたら、奇妙な光に包まれた」
「それで?」
「それからも、色々あって、またこれを触っていたら、そこの噴水の前に立っていた」
「元の場所に、戻ることもできるよ」
「元の場所?」
「うん。ログインした場所」
「ログインて、それはどういう意味の言葉だ?」
話しが進んでいるようで、進んでいない気が。
「えっと、元の場所に戻ってみる?」
「……いや、それはやめておこう」
「どうして?」
「ちょっと事情があってな」
「事情って、人助けしたんでしょ?」
「ああ、助けた。助けたが、まだ戻るのはやめておこう」
「そうなんだ」
やっぱり、怪しいヒトなのかな。
もしかして、親切強盗とか?
「タデクは、どこの国のヒト?」
「ポーランドだ。元々の家はルブリンの近くだが、ここに来る直前は、ボロベという小さな村にいた」
あんまりよく知らない国。
地名を言われてもぜんぜんわからない。
「ポーランド……」
「そうだ。いまは国としての体を成していないが、いつか必ず、祖国を取り戻す」
「祖国……?」
「ああ。祖国だ。それで、ミキ」
「うん」
「残すのはアンディーブだけでもいいか?」
わたしが返答する前に、タデクは、最後の鶏肉をつまんだ。
それを口に運び、くちゃくちゃと噛みながら、言葉を続けた。
「フフ。うん、大丈夫だよ。もう全部食べちゃって」
「ありがとう。これは美味い」
「えへへ。そんなに美味しいかなぁ?」
「それで、ミキ」
「うん?」
「ここはいったい、どこなんだ?」
わたしも、同じようなことを思った。
話しはいったい、どこまで進んだんだ。




