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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
カラフルな『あの世界』
475/588

6.2.05


 タデクは、なにも持っていなかった。

 亜麻布の薄着1枚で、足は裸足。


 わたしは、キッチンナイフをタデクに渡した。


「ダンケ(ありがとう)」

 タデクはナイフで、鍋の中の鶏肉を拾って頬張る。

 それを噛み砕いてる途中で、白菜を口に運ぶ。


 もしかして、下着も履いてないのかな……

 あんまり、見ないように注意しよ。


「ミキ」

「えっ……」


 いきなり呼び捨てで呼ばれて、ちょっとドキっとした。

 無表情な顔。なんにも考えてなさそうな仕草。

 声も顔も似てないけど、歳はおにいちゃんと同じくらい。


「ここは、いったい、どこなんだ」

 タデクは、ドイツ語で言った。

 なんだか投げ捨てるような感じの発音。


「どこって、ニフィル・ロードだよ?」


「ニフィル・ロード。なんだそれは」

「タデクもログインしてきたんでしょ?」


「ログイン? どこの言葉だ。どういう意味の言葉だ」

「うーんと……」


 タデクが、もぐもぐと咀嚼している。

 話しながら、汁が飛ぶ。


「味付けが雑だが、うまい」

「えへへ。食材を集めたのは、そこで寝てるヒトだけど」


「これは、アンディーブか。小さい頃に喰ったことがある。あの頃はニガいだけだったが、こんなにうまいんだな」


 白菜じゃなかったみたい。

 って、そもそもカタチも味も、白菜とは違う。

 アンディーブって言うんだね。


 タデクの視線が、わたしの左下に向く。

 腰から外したまま、地面に置いた剣を見ていた。


「その剣は、ミキのか」

「うん」

「ちょっと、見せてもらってもいいか?」


 いまさらだよね。

 警戒したところで、こんな強そうなヒトに襲われたら、逃げ切るのだってムリ。

 悲鳴を上げて、助けを求めるくらいしかできない。


 わたしは、鞘を掴んで、そのままタデクに渡す。

 タデクは、亜麻布の裾でゴリゴリと手を拭いてから、鞘の端を掴んだ。


「抜いてもいいか?」

「うん」


 焚火から離して、音もなくブルームシードを引き引き抜く。

 わずかな動作だけど、やたらとサマになっているように見えた。

 なんていうか……カッコいい?


「西のバックソードか。毎日手入れをしているのか」

「うん……毎日でもないけど」


 垂直にしたり、水平にしたりして、刃や、手元のヒルトを眺めまわしている。


「少し軽すぎるが、バランスがいい。使い手のこだわりも感じる。誰かからの贈り物か?」


「うん。イングランドの兵隊さんだった人」

「そうか。いい剣だ」


 タデクは、剣を鞘に納め、わたしに返した。


「ところで、さっきの話だが」

「さっきの話?」


 タデクは、喋りながら食事を続けている。

 鍋の中の、お肉も野菜も、どんどんなくなっていく。

 ルシアの分が、残らないかもしれない。

 再ログインだから別にいいか。


「ここは、どこだ?」


 どこだって言われてもなぁ。

 どこから説明したらいいんだろう。


 あ、そうだ。

 わたしは、右手を叩いて、ログインデバイスを出した。


 タデクは、少しビックリしたみたいで、上半身が、くっと持ち上がる。


「なんだよ、それ……」

「タデクも持ってると思うよ。右手か左手の真ん中を、3回叩いてみて」


 タデクは、口を動かしながら、ナイフを地面に突き刺した。

 両手を開いて、パンパンパンと、神社でお参りするみたいに叩く。


 ログインデバイスは、右手から出現した。


「これか……」

「うん。ログインするときも使ったでしょ」

「確かに似ている……しかし、こんな透かしたような物じゃなかったが」

「えっと、だれかに貰ったの?」


「ちょっと色々あってな。人助けをして、黒い石札のようなものを拾った。適当に触っていたら、奇妙な光に包まれた」


「それで?」

「それからも、色々あって、またこれを触っていたら、そこの噴水の前に立っていた」


「元の場所に、戻ることもできるよ」

「元の場所?」

「うん。ログインした場所」

「ログインて、それはどういう意味の言葉だ?」


 話しが進んでいるようで、進んでいない気が。


「えっと、元の場所に戻ってみる?」

「……いや、それはやめておこう」


「どうして?」

「ちょっと事情があってな」


「事情って、人助けしたんでしょ?」

「ああ、助けた。助けたが、まだ戻るのはやめておこう」

「そうなんだ」


 やっぱり、怪しいヒトなのかな。

 もしかして、親切強盗とか?


「タデクは、どこの国のヒト?」

「ポーランドだ。元々の家はルブリンの近くだが、ここに来る直前は、ボロベという小さな村にいた」


 あんまりよく知らない国。

 地名を言われてもぜんぜんわからない。


「ポーランド……」

「そうだ。いまは国としての体を成していないが、いつか必ず、祖国を取り戻す」


「祖国……?」


「ああ。祖国だ。それで、ミキ」

「うん」

「残すのはアンディーブだけでもいいか?」


 わたしが返答する前に、タデクは、最後の鶏肉をつまんだ。

 それを口に運び、くちゃくちゃと噛みながら、言葉を続けた。


「フフ。うん、大丈夫だよ。もう全部食べちゃって」


「ありがとう。これは美味い」

「えへへ。そんなに美味しいかなぁ?」


「それで、ミキ」

「うん?」



「ここはいったい、どこなんだ?」



 わたしも、同じようなことを思った。

 話しはいったい、どこまで進んだんだ。





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