6.1.08 - 記憶で溢れた回廊
パパ……
わたしは駆けだした。
パパ、パパっ……
すぐにわかった。
あれがパパだ。
上も、右も、左も、真っ暗な廊下。
床だけが青い場所。
ひとつだけ揺らめく小さな白い灯り。
あの光の場所。あれがパパだ。
わたしは走った。全力で。
息があがっても、転びそうになっても。
でも、転ばないように。いますぐそこに行きたいから。
動かせるいちばん早い勢いで、足を前に運び続けた。
光が大きくなって。
人影が見えて。
その場所へ向かって走った。
上半身に真っ白な衣。
腰から下は紺色の袴。
そんな姿のパパ、見たことない。覚えてないけど。
あれは、パパ。
みきのパパ。
パパ。
パパぁ……
パパぁぁ……
人影に、飛び込んで。
顔も見ずに、ほほをうずめた。
パパの匂い。
遠い日に失った、パパの温もり。
やさしくて、なんでもできて、なんでも知ってて。
怖いものを、ぜんぶ追い払ってくれたパパ。
これは、パパ。
絶対に、みきのパパ!
ねぇパパ。聞いて。
わたしはね、あの日のまんまなの。
ずっと蓋をして、思い出さないようにしたの。
いつでも思い出せるのに、思い出さないように。
だって、思い出したら、生きていけないよぅ。
息もできないし、ご飯も食べられない。
笑うことなんて、できるわけない。
ねぇ、パパ……
おしえて……
みき、どうしたらいいの?
どうすればいいの?
どうしたら、あの世界で生きていけるの?
ねぇ、おしえて?
どうして……
なんでも知ってるパパが、なにも答えてくれない。
顔を離したら、涙でぐしょぐしょ。
胸元から、見上げると、パパもわたしを見下ろしていた。
パパの顔。パパの目。
わたしが悪いことをすると、悲しい顔で叱ってくれたパパ。
いまは、なにも答えてくれないパパ。
それでもいい。怒っていても、悲しんでいても。
そんなことはどうでもいい。
どんなパパでも、わたしは大好き。
また、胸に顔をうずめる。
パパ……
ねぇパパ。聞いて。
わたしね、みきね、いまね。
小学校卒業して。
中学校も卒業して。
高校生になってね。
たくさん勉強して。
お友達もたくさんできたんだよ。
オシャレも覚えて。
英語も覚えた。
それでね、それでね……
もしかしたら、好きなヒトもいてね。
それからね。
おにいちゃんが、誕生日にプレゼントくれてね。
それとね、えっとね……
ごめんね。
パパの服が、涙と鼻水で、ぐずぐずになっちゃった。
みきが洗濯してあげるからね。
ママのお手伝いで、ママといっしょに、パパのシャツを洗濯してあげるからね。
だからいまは泣くぅ。
泣きまくるぅ。
だって、パパは、泣き止むまで、傍にいてくるから。
みきの傍にいてくれるから!
……やだ
やだよ、やだやだ……
やだ、やだやだやだ。
消えないで……パパ。
まだ消えないで。
お願い、お願いだから……
パパ、やだぁぁ。
消えないで。
やだよお……
前につんのめって、おでこを地面にぶつけた。
パパの感触が消えた。
微かな温もりも、ほっぺや鼻先にあった感触も、消えてしまった。
残ったのは、真っ暗な地面と、そこにぶつけたおでこの痛み。
涙が止まらない。
おでこが痛い。胸の中が苦しい。
パパが立っていた場所で、うずくまったまま。
パパが消えて、ひとりぼっちで泣くだけ。
他のことは、なにも考えたくない。
たったいま触れたパパの感触、温もり。
吹きだしてしまった、無数の思い出。
いまは、そのひとつひとつを思い浮かべる。
思い出しても、苦しいだけなのに。
思い浮かべて、すべてに浸る。
だから、ずっと泣く。
このままここで、干からびるかも。
もう、立ち上がれないかも。
それでもいいと思った。
だから、ずっと、ずっと。
わたしは泣いた。




