6.1.07 - みどり色
アロハが言った。
「みきちゃん、食べましょ。そろそろ柔らかくなってるわよ」
「うん」
湯気が漏れるコップの上に乗せられた黒パン。
さっきまで、カチカチに見えたのに、触れると、ふにゃふにゃになっていた。
かじると、スッキリとした清涼感が口の中に広がっていく。
ハーブティーの湯気で蒸されて、フニャフニャになったパン。
とっても美味しい。
「美味しい!」
「でしょうー。朝から、あったかいパンが食べられるなんて、最高の幸せだわ」
あっというまに、パンは消えた。
お腹の中に、ログアウトしたのかと思った。
それから、ハーブティー。
おいしい。
この酒場。ぜんぶ美味しい!
「どうだ。うめぇか」
開けっ放しの扉から、また大男がでてきた。
ほんとに大きいなぁ。
「すごくおいしい!」
「はっは、そうか。次はたんまりカネ持って来いよ。そしたら、もっとウマイもんを、好きなだけ食わしてやる」
「うん!」
って、お金。持ってないけど。
それにしても、近くに立つと、見上げるのはほとんど真上。
身長2メートル以上あると思う。
「で、お嬢ちゃんが、ケースケを探しに来たってホントか?」
「うん」
「そのケースケが、お嬢ちゃんのパパなのか?」
「うん。そうだよ」
「……」
大男が、ジロジロと、わたしを見る。
「ちょっと、お父さん。みきちゃんが、怖がるでしょ」
大男の後ろに、ガロムが戻っていた。
ふたり並ぶと、そのアンバランスが際立つ。
巨人と、かわいらしい妖精さん。
その巨人が、顎の薄いヒゲをジョリジョリとこすりながら言った。
「いやまぁ……言われてみると、目元なんかはソックリだな」
「え、知ってるの?」
「知ってるけど、ケイスケって言ったら、オメェ……25年前の……」
アロハが言った。
「25年前にこの村にいたの? みきちゃんのパパ」
「ああ、いたよ。たしかにいた。しかし、普通の人間じゃねぇ」
「うん?」
「ケイスケはな、わたしびとだ」
「わたしびと? なにそれ?」
「まぁ、25年前だし、最後に見たのは23年前だ。その後に生まれたおまえ達じゃ知らねぇよな。教えてねぇし」
「この村に住んでたの?」
「ああ、住んでた。家もまだ残ってる。おやしろだ」
「おやしろ?」
「みき……と言ったか。あんたは、ケイスケ、つまりわたしびとの娘なのか?」
わたしびと。
おにいちゃんから、聞いたことある。
カタセ村のかつての英雄。
パパがこの村で、そう呼ばれていたって。
だから、わたしは、自信をもって答えた。
「うん、そうだよ。わたしは田心啓介の娘。田心未希」
「……なら、嬢ちゃん、あれ持ってるか?」
「うん?」
「お札だ。それを見せてくれたら、信じる。信じてやる」
「お札?」
「ケイスケは左手に、英雄のお札を持っていた。なんだか不思議な幽霊のオモチャみたいなやつだ」
……ああ、ログインデバイスのこと?
「もしかしてこれ? わたしは右手だけど」
右手を開いて、真ん中を3回叩く。
ぼやっとした光が現れて、それが消えると、ログインデバイスが出現する。
「おいおい……ウソだろ……っ」
「わわっ。なにそれ。奇妙な箱っ」
「ヤダっ、みきちゃんて、やっぱり何者? お貴族様なの?」
「お貴族様なんてチンケなものじゃねぇよ、アロハ」
「じゃあ、なによ?」
「みきの嬢ちゃん、あんたは、ホントにわたしびとの娘か?」
「うん」
なんだか……ちょっと怖くなってきた……
と、思ったら、大男の顔が、くしゃっと笑った。
「そうか……よく来た。よく来てくれた。
ミキと言ったか。
ミキの嬢ちゃんは、この村全員の娘だ。
俺たちは待ってた。ずっとまってたんだ。
25年のあいだ。わたしびと様が再びこの村に来てくださるのをよ」
なんだか、大男のマスターの顔から、いまにも涙がこぼれ落ちそう。
「……えっと」
どうしたらいいの……この空気。
「おい、ガロム、ナギサ呼んで来い」
「え、お母さん? 仕事中だと思うけどいいの?」
「いいから、呼んで来い。鍋はしばらくおまえが見てろ」
「はーい」
「おかーさーん」
ガロムがお店の中へ戻る。
その足音と入れ替わりで、ドアの奥に、年配の女性。
え……
『 INSTALL - Collected memories 』
文字が、緑色になった。
だれ?
いったい、ダレと、ダレが……
「なによもう、まだ仕込みの途中よ」
扉から出てきたのは、大男と同世代に見える女性。
若くはないけど、年寄りでもない。
「緊急事態だ」
「なんなのよ……」
「見てくれ、ナギサ。わたしびと様の娘さんだってよ」
「はぁ……?」
ナギサと呼ばれた女性が、わたしの顔を覗き込む。
よく見ると、全体の印象のわりに顔の皺が多くて、お肌もカサカサ。
そりゃそうか。スキンケアなんてできないよね。
「似てるけど……騙されてるんじゃないの?」
「でも、見てみろ、右手」
「あら、まぁ。これってお札?」
会話をさえぎって悪いんだけど、それより……
そんなことより……!
「あの……!」
「うん?」
「記憶の回廊が呼び出せるの!」
「ええ?」
ここが、パパの世界なら。
パパが通ったメモリアなら。
会える。
パパに会える。会える!
会えるの!
今すぐに!
「私それ、知ってるわよ。記憶の回廊だっけ?」
アロ……ハ……?
「って、まだ、物心つく前だから、知らないんだけどね。
スピカの街でね、私は、お母さんに抱かれていて。
そのとき、わたしびと様が開けた扉を見ていたんだって。
それがたしか……記憶の回廊」
わたしは、文字に触れた。
すぐに別の文字に切り替わる。
『 Summon a Gate 』
文字は赤色。
「ごめんなさい、みきね、わたしね、行かなきゃ!」
「え、どこへ?」
「みんなありがとう。わたし、パパに会って来る。ほんとにありがとう」
わたしは駆け出した。
酒場のテラス席。
その端っこ。
広さは充分。
「アロハさん、ごめんね。ほんとうにありがとう。あとで戻ってくるから。行ってくるね」
「え、ええ……って、どうしたの?」
『 Summon a Gate 』
わたしは、緑色の文字に触れた。
カタセ村の朝は、まだ始まったばかり。
アロハと、黒パンを食べて。
酒場の旦那さんと、奥さんと。
アロハの記憶を借りて。
わたしは、パパに、会いに行く。
ゲートが出現したのは、1メートル手前。
わたしの身長よりも少し大きな、淡く光る虹色の膜。
その向こうで、ぽかんと口を開ける3人の顔。
長方形に切り取られた、巨大なシャボン玉の膜。
それがゆっくりと、こちらに使づいてくる。
もう、あと数秒。
なのに、もっと早く来てと。
わたしは、そう思った。
パパに会える。
いますぐ会いに行く!
目を閉じた。
「え、ちょ、ちょっとみきちゃん……――」
アロハの声が、霧散した。
あとがき#アロハ
あん?
なんじゃオマエは。
ああ?
聞こえんわ?
ババァの耳、甘く見んな。
ええっ、いまいつかって?
しらんわ、そんなもん。
ここ開いて、自分で調べろ。
3.5.02
https://ncode.syosetu.com/n7435lr/51/
じゃあな。
また来いよ。




