6.1.06
強烈なニワトリの鳴き声。
わたしは、その声で、びっくりして飛び起きた。
たまらず耳をふさいだ。
鳴き声が終わって周囲を見渡すと、昇ったばかりの朝陽が、家畜小屋の中に差し込んでいた。
上半身を起こして、マントにくっついている、枯れ葉や土を叩き落とす。
すると、ニワトリが、鳴き声を上げてバザバサと走り回り、ヤギとロバが、並んで片目をわたしに向けた。
驚かせたみたい。
「ごめんね」
頭に手をあてて、髪をかるく撫でながら、立ち上がった。
地面にパサっと、布タオルがずり落ちる。
拾ってたたむ。
それから、家畜小屋を出て、太陽が差し込む方に目を向けた。
視界に映るのは、朝陽で色づく森。その手前に広がる畑。
建物はほんの数軒。
ほんとに閑散とした村。
わたしは、右手を3回叩く。
ログインデバイスを出現させる。
『ELAPSED 00:13』
まだ、たったの13分。
「え……っ、あれ?」
赤色の文字。
『 INSTALL - Collected memories 』
(インストール ― 収集した記憶)
記憶の回廊を生み出すコマンドが表示されていた。
赤色だから、押せないけど、記憶の回廊を知る人物が、近くに?
後ろから、勢いよく扉が開く音。
驚いて、手を下に向けると、ログインデバイスは消えた。
大きなカゴを抱えた、40代の女の人。
この家のお母さん、ユイだった。
「……おはようございます。みきさん……でしたね?」
なんだか、ちょっと……怖い。
いじわるそうな目を、わたしに向けている。
「あ、の……おはようございます。昨日はありがとうございました」
わたしは、お辞儀した。
でも、もしかしたらとユイが……?
記憶の回廊を知っているかもと、私は顔を上げた。
「あの……」
でも、ユイは、もうそこにいなかった。
代わりに、扉の奥から、20代のふたりの男性。
ハセと、イナムラのご兄弟。
「やぁ、おはよう、みきちゃん。よく眠れたかい……って、家畜小屋だもんなぁ」
ハセがそういうと、1歩わたしに近づいて、口元に手のひらを添えながら、小声で言った。
「母さんがうるさくてよ。ごめんな」
「うーうん、よく眠れたよ。どうもありがとう」
「おお、そか。ならかったよ」
「お仕事にいくの?」
「おぅ。俺とイナムラは、これから畑だ。
みきちゃんは、アロハといっしょに、酒場へ行ってみな。親父さんのこと、なにかわかるといいな」
「うん。ありがとう」
「じゃあな」
そう言うと、ハセが、背中を向けて歩いていく。
イナムラも、微笑みながら小さく頭を下げて、その後を追いかけていった。
途中でイナムラが、振り返って、またわたしと目があう。
驚いたような顔をしながら、前を向き直して、行ってしまった。
イナムラはたぶん、おにいちゃんと同じくらいの年かなぁ。
「おはよう、みきちゃん」
扉のほうから、女性の声。
視線を戻すと、灰色のローブを着た、魔女みたいな女性。
でも、とってもやさしい、アロハ。
「おはようございます」
わたしはまた、お辞儀した。
「ちょっとまってて。ニワトリの餌だけあげちゃうから」
アロハの足音は、布が擦れるような音。
足元を見ると、亜麻布のような生地の靴下みたいなのを履いている。
泥だらけで、擦り切れていて、とても靴とは呼べないもの。
村の生活は、きっと大変なんだろう。
わたしなんかには、想像もできないくらいの毎日の重労働。
今日と明日のご飯のために、休まずに働かないといけないんだと思う。
迷子のわたしなんかに、構ってる暇なんてない。
「みきも、お手伝いする」
「っフフ。そう。ありがとう」
アロハが、家畜小屋の隅っこの棚から、ボウルを取り出した。
それと、パツンパツンの布袋を開けて、粉みたいなものをよそう。
「じゃあ、みきちゃん、これお願い。ニワトリの足元に撒いてあげて。わたしは軽く小屋の掃除しちゃうから」
「うん」
これ、なんだろう。
いろんな種類の、ゴマみたいな芽?
白い骨粉のようなものも混ざってる。
なんだかわからないけど、ニワトリのところへ持っていて撒くと、4羽のニワトリは、おいしそうに食べていた。
その間に、アロハは、家畜小屋の掃除。
時間かかるかと思ったけど、5分もしないうちに、アロハが終了を告げた。
「じゃあ、いきましょう。みきちゃん」
「うん」
借りた布タオルを返して、アロハと、家を離れた。
その後ろをついていく。
家を離れて、しばらくすると、アロハが立ち止まって、振り向いた。
「みきちゃん、お腹空いてるでしょ」
「うん。少し」
本当は、めちゃくちゃお腹空いてる。
「みて、これ」
アロハが、右手を上げて、その手を広げた。
コイン?
鉄みたいな色のコインが1枚。
横を向いた女の人の顔。
「酒場についたら、なにか食べましょう」
「うん!」
それから、歩いて10分くらい。
アロハが「酒場」だと紹介した建物は、入り口が他より少し大きいだけの民家だった。
ドアは開いている。
ポーチとドアの間に、テラス席がある。
丸太を切ったベンチと、ヴィンテージ感のある長方形のテーブル。
それが4セット置かれている。
このベンチ……見たことあるような。
なわけないか。気のせいだね。
「マスター、いる?」
「おぅ、ちょっとまってろ」
図太い男の声。
しばらくすると、がっしりとした体格の長身の大男が、エプロン姿で、ドアの中から姿を見せた。
エプロンを付けた巨人。
「なんだよ、アロハか。どうした」
「なによそれ、お客として来たのよ。朝ごはん食べさせて」
「いいけど、カネあんのかよ。もうツケは効かねぇぞ」
「あるわよ。はい。2人分なんだけどいい?」
「1枚じゃねぇか……まぁいいか。座って待ってろ」
あのコインに、どのくらいの価値があるんだろう。
お金のことは聞かなかったから、よくわからない。
「ここのパンはね、とっても美味しいのよ。って言っても、朝出てくるのは昨日の残り物なんだけどね」
「ほかにお店はある?」
「お店? 鍛冶職の人がいるけど、お店はここだけよ。それと王都から嫁いできた薬剤師もいるんだけど……」
「うん? 薬剤師?」
「まだ、村の人には受け入れられてなくてね。魔女だなんだと煙たがられてるわ」
「そうなんだ」
アロハ以外にも、魔女いるんだ。
「どうしたの? なにかほしいの?」
「あ、ちがう。聞いてみただけ」
おにいちゃんから聞いていたのは、50年後のカタセ村。
この村には、まだ、酒場しかないんだね。
「アロハ、おまたせ」
「あら、ガロムちゃん、おはよう」
顔を向けると、女の子だった。
まだ若い。中学生くらいかな。
たぶん、13歳かそのくらい。
クルクルとした、ちょっと癖毛で黒髪の女の子。
灰色のチュニックの上に裏返した毛皮のベスト。
茶色と灰色の格子模様のスカートを穿いている。
全体的に、すごく、かわいい。
驚いたたのは、ガロムの背中。
小さな赤ちゃんを背負っていた。
おもわず、声が漏れる。
「わぁ、かわいい」
「えへへ、かわいいでしょ。この子は歳の離れた弟。たぶん、このお店の2代目になる予定なんだよ」
目がくりくりで、ずんぐりした男の子。
ずいぶん大きいけど、2歳くらいかな?
「いま、何歳?」
「あと5カ月で1歳」
「へぇー……」
って……
ちょっと大きすぎるような……
なんか、パンダの赤ちゃんみたい。
「はい、朝ご飯。もう少し置いたほうがいいよ」
ガロムがテーブルに、木のコップをふたつおいた。
コップの上には、四角くスライスされた、固そうな、こげ茶色のパン。
その隙間から、湯気が立ち昇っている。
良い香り。
コップの中はハーブティ。
「で、こちらの新しいお客さんは?」
「あ、みきです、えっと……」
どう自己紹介しようかと、言葉に詰まっていると、アロハが言った。
「昨日ね、この村を探して、林で迷子になってたのよ」
「ふーん、こんな村になんの用?」
「カタセ村にいた、パパを探しに……」
「パパ? なんて人?」
「ケイスケって言うんだけど」
「ケイスケ……なんか聞いたことあるような……」
「え?」
「うーん……なんだっけ。お父さんに聞いてみるね。じゃ、ごゆっくり」
「ありがと、ガロムちゃん」
ガロムが、立ち去っていく。
背中を向けると、背負われていた赤ちゃんと目があった。
くりくりの目。
かわいい……
のだけど……やっぱりパンダの赤ちゃんみたい。
大きい。
「お父さーん」
「おぅ、どうした」
え……
お店の中から聞こえたのは、あの大男の声。
あのエプロンを付けた巨人が、ガロムのお父さん?
ガロムとは、どこも似てないと思うんだけど……
でも、あかちゃんは、ものすごく説得力ある。




